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8 もう手放せない ※残念王子目線



 それから、僕は、ほんの少しだけ真面目に勉強をするようになった。

 彼女の拗ねた顔をまた見たかったから、ちゃんと宿題をきちんとこなして、それを彼女に見せつけてから、遊びに誘うようにしたのだ。


 彼女は、僕の期待どおりにぷりぷりしながら、僕の誘いを断っていた。

 こんなのはダメだ、やっていることは小学生以下だと分かっているのに、彼女が近くにいると止められない……。


「ほら、終わったよ。外に行こう、可愛いフィリー」

「絶対に嫌です」

「僕はこうして、フィリーを眺めているだけでも楽しいけどね」

「私は不真面目な人は嫌いです」

「だからこうして、宿題も終わらせたのに」


 そう言って、宿題の紙束をペロペロ持ち上げると、彼女は涙目になってこちらを睨みつけてきた。


「本当に、嫌い……」

「ごめん。そろそろやめる。悪かったよ」


 彼女から本気で負のオーラが出始めていたので、僕は両手のひらを見せて降参の姿勢をとる。


「ラファエル君は、物覚えがいいんだから、もっと先の勉強に進んで、学者でも目指したらどうですか?」


 実際はもっと勉強進度が進んでいるし、これ以上勉強進度が進むと、王太子まっしぐらだから避けたいのだけれど、それを言う訳にはいかない。


「それは絶対に無理だね。僕は物覚えがいいだけだから」

「……? それって十分凄いことなのでは?」


 彼女は首を傾げる。そう思うのも、無理はないんだけどね。


「凄くない。物を覚えているだけなら、機械と変わらないよ。本を見ながら読み上げることと、暗記したものを読み上げることは、何も変わらない。生み出した結果は同じだ」


 僕だって、物覚えがいい自分のことを凄いと思っていた時期があった。だけど、そんなことはないのだ。

 だって、僕の物覚えがよくても、ご飯は出てこないし、飢えている貧民に仕事はいかないし、外国や魔物の侵略から身を守れる訳ではないじゃないか。目の前にある実際にやるべきことは、物覚えがいいだけでは解決しないのだ。


 この世界に来てから、僕は自分が大した人間じゃないことを思い知っていた。でもそれを、なんと言ったら、当たり障りなく伝えられるだろう。


「フィリーはさ、音楽の授業とか、絵画の授業とか受けてるだろう?」

「……まあ、嗜む程度には」

「僕はさ、ああいうのがさっぱりだめなんだ」

「この間、バイオリンで流行の難曲を引きこなしてたくせに」


 拗ねたように言う彼女に、僕は苦笑する。


「誰かの作った曲を、機械みたいに弾くことはできるよ。耳コピもある程度は得意だ。だけどさ、僕は何も、僕だけのものを生み出せないんだよ。だから、作曲はできない。オリジナリティに溢れる絵画を書くことはできない。何も思いつかないんだ。凄い人たちの、コピーしかできない」


 そう言って、僕は宿題を眺めた。前世でも今世でも、小さい頃からやってきた、机の上での勉強。


「こういうドリル……練習帳みたいなのは、昔からずっと得意でさ。でも、僕に必要とされているのは、本当はそういうことじゃない」


 両親が、教師達が、この家の主人である宰相閣下だって、皆が僕に期待しているのは、僕がその能力を使って、この国を良くすることだ。

 期待されているのは、僕が、優秀な能力を見せびらかすことじゃないのだ。その先を望まれている。


「その場の時勢を読んで、臨機応変に対応することが求められている。優秀な脳を使って、新しい何かを作り出すことを期待されている。……僕には荷が重い」


 最後は、胸が詰まるようで、声が小さくなってしまった。

 彼女に、こんな弱音を吐くつもりはなかった。16年生きた前世と合わせて、合計28年は生きているはずなのに、12歳の女の子に何を言ってしまっているんだろう。体が幼いから、精神年齢も引きずられているのかもしれない。


 恥ずかしくなって彼女の方を見ると、彼女はなんでもないことを聞いたような素振りで紅茶を飲んでいた。


 僕は、意識しすぎだったみたいだ。一人で慌てて、こっそり様子を伺って。本当に、こんな小心者の自分は、王になんか向いてない。

 そう思って紅茶に口をつけると、彼女から思いも寄らない言葉が飛び出した。


「ラファエル様は、王様向きなんですね」


 紅茶を吹き出してしまった。


「ちょっと、汚い」

「ゲホゲホ、……いきなり、何を言い出すんだ」


 なんだ、なんなんだ。読心術か!? え、僕の正体を知ってるとか!?

 王というワードにびっくりしてむせていると、優しい彼女は背中をさすってくれた。


「ラファエル君は王様向きだって言ったんです。それを自分で分かってないのが残念ですけど」

「……残念な僕に、教えてくれる? その心は?」

「心?」

「いや、その。ええと、その理由は?」


 つい、身を乗り出してまじまじと彼女を見つめてしまう。すると彼女は、こんな簡単なことなのに、と言わんばかりの怪訝な顔で答えてくれた。


「ラファエル様は、物覚えがいい。だから、周りの人の意見や功績、主張を、しっかり覚えていられるでしょう?」

「それは、そうだ」

「そして、それを大して凄いことだと思っていない」

「うん」

「何かを生み出したり、発想力や工夫で勝負しようという気が、はなからない」

「……まあ、そうだ」


 そこまで言われると抵抗があるけど、まあそうだ。


「だから、何かを生み出す人たちを、凄い人だと思ってくれる。張り合おうとすることもない。それでいて、工夫して頑張った功績を、ちゃんと覚えて、理解してくれる。ついでにそれを、必要な時に思い出してくれたら、完璧。――ね、兵隊には向かないけど、王様には向いてそうでしょう?」


 ぽかんとして彼女を見つめる僕をチラリと見た後、彼女は続けた。


「まあだから、ラファエル様がどこの貴族かは知らないですけど、領地経営とか、人の上に立つ仕事は向いてるんじゃないですか? 自分で全部やろうとする人より、できないから助けてって皆の力を頼ってくれる人の方が、私はいい領主だなって思いますよ」


 最後のは父様からの受け売りなんですけどね、と付け加えて、彼女は自分の宿題に視線を戻した。

 彼女はもう、僕のことは見ていなかった。


 僕は、彼女の言葉を、何回も自分の中で繰り返していた。


 僕は転生してから、不安で不安で仕方がなかった。

 国の王子なんて立場は、僕には過分だと、ずっと逃げようとしていた。やり遂げるビジョンが、全く浮かばなかった。


 そんな僕の気持ちを知らないはずの彼女は、何の気無しに僕の不安を打ち砕いてしまった。


 そうか、頼ればいいのか。皆のことをちゃんと覚えて、適材適所に配置すればいい。

 丸投げだと傀儡政権になってしまうかもしれないから、そうだ、色んなことの模範解答と、あからさまな悪手だけ覚えておいて、あとは配置した人材を生かして、任せてしまえばいいのだ。

 全部を、自分でやる必要はないんだ……。


 僕は初めて、この新しい人生を歩んでいく道筋が見えたような気がした。泣きたいくらいの安心感と共に、それを与えてくれた彼女を見る。



 僕は、僕だけの力では僕の人生の指標を見つけることができなかった。彼女が今、指し示してくれたから、彼女の力があったから、僕は救われたのだ。早速だけど、僕は、彼女の力を頼りたい。

 いや、違う。それは言い訳だ。

 僕は彼女を誰にも渡したくない。何としても、僕だけのものにしたい……。


『12歳の時に無理矢理婚約させられててさ。ずっと婚約解消したがってたんだけど――』


 前世の妹、由里の声が思い浮かぶ。


 今までの様子を見る限り、彼女は僕のことをまだ嫌いだと思う。全然仲良くなれていない。でも、彼女を取られたくない、今すぐ手に入れておかないと不安で仕方がない……。


 僕は、方針を変えることにした。

 彼女の同意が得られるまでなんて、待っていられない。無理矢理でもいいから、彼女と婚約できるように動くことにした。


 本当に、自分でも馬鹿なことをしていると思う。


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