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62 逃走


フィルシェリー目線。時間は現在に戻ります。




 風を切るようにニコラス卿は、エルの部屋とその隠し部屋があった王宮の東の塔から、屋根伝いに移動していく。


 抱え上げられた私は、不安定なその動きに冷や汗をかきながら問いかけた。


「ニコラス卿、どこに行くんです!?」

「決めかねてる。地上はまだ黒い(もや)と魔物が多くて降りられないんだよな。フィリーが奴を振ったおかげで、量は大分減ったみたいだが……」


 地上を見ると確かに、黒い靄の量はそこまで多くない。避けようと思えば避けられる程度の量で、一時は王宮を埋め尽くしていたとは思えないほどの減り様だ。それに、魔物もこれ以上増えている様子はない。

 王宮兵士達も、意識のある者の数が少ないから苦戦しているものの、この状況ならなんとか持ち堪えられそうだ。


「ニコラス卿、真っ直ぐ南へ進んで」

「どうする気だ」

「このまま、王都ホテルの屋根伝いに、王都公園向かいの魔法省の本庁舎へ行きましょう」

「転移魔法陣か?」

「そう!」


 せっかくマクマホン卿から離れられたのだから、このまま転移魔法で遠くに行ってしまうのがいいだろう。


 転移魔法は最上級魔法の1つに数えられる、大量の魔力消費を要する大魔法だ。使用するには通常、国家登録済みの施設に設置された、転移魔法陣を使う必要がある。


 マクマホン卿は先程、学園から王宮への移動のためにそれらしき魔法を使っていたけれども、普通ではあり得ないことだ。

 そして、マクマホン卿は今、弱体化しているようなので、もう一度転移魔法を使うことはおそらく難しいだろう。


 だから、転移魔法陣で遠くに転移し、転移先で魔法路を封じてしまえば、少なくとも今日のところは、マクマホン卿から逃げ切ることができる。


「一番近い転移魔法陣があるのは、国王の間の真下だが……」

「あそこは戦況が悪いらしいって、ソルレッタさんが気絶する前に」

「言ってたな。他の小精霊からの念話で聞いたんだったか。――分かった。魔法省へ行こう」


 ニコラス卿の言葉に、私は頷く。


 今、私達の近くにある転移魔法陣は、2ヶ所。


 1ヶ所目は、国王の間から行ける隠し部屋にある転移魔法陣。

 そして2ヶ所目は、王宮前にある王都公園の向こうに建つ、魔法省本庁舎最上階の転移魔法陣だ。


 前者は隠し部屋にあるので分かると思うけれども、王族と極一部の王宮魔術師しか知らない極秘の魔法陣だ。

 今回、エルの婚約者の私と、王弟の息子であるニコラス卿だけならということで、例外的にその存在を教えてもらっていた。しかしながら、どうやら使うのは難しそうだ。


 ニコラス卿が、私を抱えたまま南に向かいつつ、私に問いかける。


「転移先はバジョット伯爵領だったよな?」

「ええ、そう! 国王陛下とバージル卿が、連絡をとって準備してくれているはずだから」


 転移先については、事前の打合せの中でも、かなり時間を割いて検討した。


 いくら遠くに逃げる必要があっても、マクマホン卿を引き寄せてしまう私が、他国に避難する訳にはいかないのだ。そんなことをしたら、取り返しのつかない国際問題に発展してしまう。

 では国内ならどこでもいいのかというと、そういう訳ではない。例えば辺境伯領に私が逃げ込んで、万が一、辺境伯領の防衛線がマクマホン卿の攻撃によって自壊してしまったら、他国から攻め入られる隙ができてしまう。


 逃げるべきは、王都からそこそこ遠く、転移魔法陣による転移以外の方法での移動が困難で、国内で、警備の固い、国境から遠い場所。


 そこで白羽の矢が立ったのが、屈強な兵士を多く輩出している、バジョット伯爵領だったのだ。


「分かった――おわっ」

「きゃぁっ!?」


 上空から鋭い羽が弓のように飛んできて、慌ててニコラス卿はそれを避ける。

 何事かと思って空を見上げると、私達の真上に、羽のある爬虫類のような皮膚の魔物が3匹、こちらを鋭く見据えながら羽ばたいていた。


「げっ。プテロダクティルトゥス!」

「プテロ……、プテ……え?」

「あの魔物、闇魔法の姿くらませが効かないんだ。奴も考えたなぁ」

「関心してる場合ですか!?」


 呑気な反応をみせるニコラス卿に、私は真っ青になって叫ぶ。


 非力な私達の最大の武器は、ニコラス卿の使う闇魔法《姿くらませ》の効果で、()()()()()()()()()()ということなのだ。


 現にマクマホン卿は私達を見失ったらしく、マクマホン卿を残してきた隠し部屋辺りから黒い靄が吹き出しているけれども、靄がこちらに来る気配がない。かといって、先程のように、王宮一面を黒い靄で覆う程の魔力は残っていないようだ。


 この空飛ぶ魔物さえ邪魔しなければ、このままマクマホン卿に見つからずに、なんとか転移魔法陣まで辿り着くことができそうなのに!


 移動をニコラス卿に任せている私は、空を見上げて警戒していると、プテロ……ええと、長い名前の空飛ぶ魔物の近くに、刃物のような黒い羽の形をした物質が浮かび上がってきた。

 この魔物、羽毛もないのにどうやって羽を飛ばしたのかと思っていたら、セラフィナ先輩のように闇魔法を使って、闇物質を造って打ち込んできていたらしい。魔物なのに、魔法を使うなんてずるい!


「フィリー、出番だ」

「分かってます!」


 分かっている。分かってはいるのだ。

 けれども、上空から飛んでくる黒い羽を、ニコラス卿が自重を操りながら凄い速さで避けているので、揺れが三半規管に直撃してしまって、私は吐き気を催していた。そしてそもそも、こんな不安定な足場では、狙いを定めるのも難しい。


(……頑張るのよ、私。それならそれで、やりようはあるでしょう!)


 私は、両手で持っていた気絶したままのソルレッタさんを、胸と服の間にそっと入れる。落とさないことが最重要なので、場所については我慢してほしい。


 今、私に求められているのは、遠くの獲物に自分の攻撃を当てることだ。


 そしてそれは、この半年間ずっと、セラフィナ先輩の背中を見つめながら練習してきたことだ。もちろん、こんな形で実践に役立つとは思って練習してきた訳ではない。

 けれども、ここで諦めたら――。


「――射撃部から追い出されちゃう!」


 私は魔力出力を最大化しつつ、自分たちの周りに魔力を張り巡らせる。



 ――そして周囲一体に、100本の黒いクロスボウを出現させた。



 その光景に、ニコラス卿はもちろん、飛んでいる3匹の魔物もギョッと身をこわばらせた。


「フィリー、無茶するな!」

「大丈夫、全然余裕なの!」


 出力量が多いので流石に集中力はいるけれども、魔力量的には全く問題がない。


 だって、私はなんだかんだいって、貴族の最上位である公爵家の娘なのだ。貴族は魔力が多い嫁を取ることに熱心なので、上位であればあるほど各人の魔力保有量が多くなる。要するに、この身には、貴族平均よりはるかに多い魔力が貯蔵されている。


 だからそれを、目的のため、大盤振る舞いで無駄遣いする!


「当たって!」


 100本のクロスボウを全て、一気に射出した。

 可能な限り範囲を広げて発射されたそれは、十数本ずつではあるけれども、魔物に直撃する。


 けれども、細い矢が十数本当たったくらいでは、この魔物は落ちてくれない。


(それも、最初から想定済みよ!)


 魔物にとって、私の攻撃の1つ1つが非力なものだなんてこと、とっくに分かっている。クロスボウの矢なんて、ただの棒切れだものね。


 だから、数で押す。

 間髪開けずに、次の100本、それが終わったらもう100本と叩きつける!

 公爵令嬢ならではの、とにかく魔力量で殴る作戦である!


 魔物は、最初の矢が当たった痛みで動きが鈍くなっていたので、繰り返すたびにほとんどの矢が命中するようになっていった。

 私が500本目を用意したところで、羽に大量の矢が当たった魔物達は飛行していられなくなったらしい。3匹とも奇声を上げながら墜落して、屋根にぶつかった後、滑るように地上に落ちていった。


「狙いを定めるのが難しいなら、避けられないくらい攻撃してしてしまえばいいのよね!」

「脳筋……」

「え!? ニコラス卿、何か言いました!?」

「いや、なんでもない」


 初めてあげた武功にうきうきと声を上げたら、背中から刺すような酷い言葉を投げつけられた。

 本当に酷いわ。私だって、頑張ったのに――。




「――フィリー!」




 悲鳴をあげる暇もなく、私は屋根の上に投げ出された。




「……っ!?」


 体を打ち付けた痛みに、私は咄嗟に目を閉じる。抱き上げられていたところから放り出されたので、全身にかなりの衝撃と痛みが走った。

 何が起こったのかは分からない。

 ただ、緊急事態だということは理解したので、状況を確認するため、すぐさま目を開いた。



 目の前に真っ黒な靄が渦巻いていた。



 そして私と黒い靄の間には、光の壁ができている。

 ニコラス卿が私を守るために、光の魔石を投げたらしい。


 光の壁に守られているのは、私だけだ。


 ニコラス卿は……。


「あ……そ、んな……」

「ようやく見つけましたよ、私のフィルシェリー……」



 私の目の前にいるのは、この上ない笑顔を浮かべているマクマホン卿。



 そして、黒い靄に全身を包まれて倒れているニコラス卿だった。



 さっきまで、あんなに呑気な顔をして、私を助けてくれていたのに、目の前の彼はもう、ピクリとも動かない。


「……や、やだ、ニコラス卿……」


 声が震える。

 体も震えて、上手く立ち上がることができない。


 エルから連絡がないまま、ソルレッタさんも倒れてしまって、私は思った以上に、ニコラス卿の存在に助けられていたらしい。


(どうしよう。どうしたらいいの。私1人で、ニコラス卿を助けられる?)


 震えが止まらない中、それでもニコラス卿の方に手を伸ばすと、人の体で遮られた。

 もちろん、マクマホン卿だ。


「……この……ラファエル殿下に似ている男は、あなたを愛しているのですね……」

「……!」


 マクマホン卿が、ニコラス卿に興味を抱いている。

 これはきっと、よくない。


「……そんなことは今、関係ないでしょう? あなたが興味があるのは私のはずです」

「いえ、関係はあります……。あなたを愛している男が、私とあなたを引き裂こうとしたのだから……」


 冷たい顔をしてニコラス卿を見下ろすマクマホン卿に、私は慌てて起き上がる。

 そしてニコラス卿に近づこうとしたけれども、私まで光の防護壁に阻まれてしまった。

 光の魔石の効力が切れるまで、私はニコラス卿に近づけない。


「だ、だめ! 彼に何もしないで!」

「……殺し……や……」


 冷たい目でニコラス卿を見ていたマクマホン卿が、殺気を放つ。

 私は光の防護壁を、魔力で覆った両手で必死に叩いた。防護壁にヒビが入ったけれども、すぐにうち破ることができない。クロスボウで打ち込んでみるけれども、光魔法は闇魔法の攻撃魔術に強いので、上手く防護壁を破壊することができない。


「やめて! お願い、殺さないで!」

「…………」

「マクマホン卿、お願いです! マクマホン卿!」


 だめだ、止まらない。どうしたらいい? 光の防護壁は私を長方形に取り囲んでいる。火魔法や水魔法、風魔法を使ったら、防護壁より先に私自身がやられてしまうのは目に見えている。屋根の上で地魔法は難しい。どうしたら、どうしたら……。


 そう考えたところで、マクマホン卿は動きを止めた。


「……マクマホン卿?」


 マクマホン卿は、ニコラス卿を見ながら、何かを考えているようだった。

 動かなくなった彼を見ながら、私は音を立てないように、防護壁のヒビを大きくするべく、紫の光を放つ両手で押しつづける。


 永遠にも思える時間の中、マクマホン卿が急に、自分の左腕に、自分の右手で傷をつけた。


「……!?」


 既に血みどろの彼の腕から、さらに血が噴き出す。

 激しく出血しているけれども、大丈夫なのだろうか。このままでは、()()()()()()()()()()()()()()が、失血で死んでしまいそうだ、


「マ、マクマホン卿、だめです!」

「……こうしないと、抑えきれないんですよ……」

「……え?」


 一瞬、素に戻ったかのような彼の言葉に、私は目を瞬く。


「だから、これも…………。必要なこと、なのです。でないと私は、この男を、殺してしまう……」

「マ、マクマホン卿」

「……いや、違う……。ただの、八つ当たりだ……。私の……に、触れるから……」


 ずずず、と音を立てるように、ニコラス卿を取り巻く靄の色が濃くなっていく。


「名前も知らない、君……。君も、道連れです……」

 

 悲鳴をあげる私の前で、黒い靄がニコラス卿に吸い込まれていった。




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