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悪役令嬢は大嫌いな残念王子に籠絡される  作者: 黒猫かりん
第5章 学園祭の準備と忍び寄る影
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54 忍び寄る手


 エルの私物が引き裂かれたことは、あっという間に学園中に広まってしまった。

 エルは大袈裟だなぁと言っていたけれども、国の第1王子の持ち物に手を出したのだ。犯人には相当の罰があるだろう。皆そう思い、犯人は誰かと、ソワソワしながら見守っていた。


 しかし、なんと犯人は見つからなかったのだ。


 被害者が王族、しかもよりによって王太子を見込まれた第1王子なので、学園としても国の警備兵団としても、かなり力を入れて捜査を行った。しかし、手がかりの1つも見つけられなかった。


「魔法の痕跡から追えないのか?」

「……通常であれば、攻撃魔法を使うと、魔力の残滓が残ります。痕跡を消す魔法や魔道具を使用しても、その手法から、ある程度分析ができるはずです。さらに、魔法を使った現場の出入りや、学園内の監視記録魔法も確認したのですが……」

「何も分からない?」

「……はい」


 セイントルキア学園のある地区を管轄する警備兵団の団長は、恐縮しながらエルと向き合っていた。

 ズタボロにされたエルの私物は、魔法を使わず実際の刃物で切り裂いたとは思えないくらい、綺麗な切り口でバラバラにされているのに、魔法の痕跡が一切ないらしい。

 学園の監視記録魔法も、犯行時刻と思しき時間帯のものはなぜか全て記録が停止していた。そして、不自然なほど目撃者がいない。


「犯人が見つからないことよりも、学園生活に支障があることが悩ましいんだよな」


 実は、エルの私物が切り裂かれた事件は、一度きりではないのだ。頻度が段々上がってきていて、最近は隙あらば、何らかの私物が破壊され、切り刻まれている。特別教室で授業を受けて、帰ってきた時には何かが壊されているので、気軽に教室移動もできない状態だ。

 エルには新しいものを買う資力はあるし、過去のノートがなくても大体内容を覚えてしまうとはいえ、毎回教科書やメモ書きするノートがなくなるのは不便らしい。いや、過去のノート、なくてもいいの……?


 仕方がないので、授業の教室が変わるごとに、エルだけ荷物ごと移動しているのだ。荷物持ちは魔王様だ。


『主殿、人遣いが荒すぎではないか!』

「お前が、見張りは嫌だって駄々をこねたんだろう」

『当然ではないか。我は授業を受けねばならぬ』

「誰もお前に受講を義務付けてないからな!?」


 相変わらずの仲良しさんな様子に皆誤魔化されているけれども、正直これは結構な事件だと思う。

 でも、私が心配しても、エルは平気そうな顔をしているのだ。


「大丈夫大丈夫」

「エル、でも……」

「魔王達も張り付いてるし、先生達の契約精霊達も見張っているし、警備兵団も学園内を巡回してる。王宮より警備が固いかもよ?」

「エル」

「分かった、ごめん。言い過ぎた」


 へらへら笑うその素振りは、なんだか出会ってから2年間を思い起こさせる。私がどんなに心配しても、その態度は変わらない。

 私はそれが、嫌で仕方なかった。

 だって、今のエルとあの時のエルが被って見えるということは、つまり……。


「……あ」


 放課後、考え事をしながらヨルレッタさんと特進クラスの教室に戻っていると、教室の外に、水色に光るプルレッタさんがふわふわと浮かんでいた。もしかして、と思って近づくと、彼女は人差し指を口の前に立てて、しーっと合図してくる。


 そよそよと窓から心地よい風が吹いている教室の中に、思ったとおりの彼がいた。


 他に誰もいない教室の中、彼は机に突っ伏した状態だった。これは多分……。


(寝てる……?)


 忍足でゆっくりと近づく。

 窓からの風で、ふわふわと金色の髪の毛が揺れている。

 そっと顔を覗き込むと、彼は気持ちよさそうにすやすやと眠り込んでいた。その周りで、パルレッタさんとピルレッタさんもすやすや寝ていて、ソルレッタさんだけが必死に眠気に耐えている。


(エルの寝顔、久しぶりだわ)


 前に寝顔を見たのは、エルが私の代わりに刺されたあの日だ。あの時は心配で心配で、何より彼の顔色があまりに悪くて、こんな気持ちで彼の寝顔を眺める日が来るなんて思いもしなかった。


(長いまつ毛……。目の下にクマが)


 エルは今、もの凄く忙しい。

 そもそも、9月から11月中旬に行われる学園祭までの2ヶ月半は、セイントルキア学園の生徒は皆忙しい。エルの場合はそれに加えて、『第1王子の』と名前がつくと箔がつくという理由で、様々な部活にお呼ばれをしてしまっていた。しかも、秋は元々国や街としての祭典が多いので、休みの日も王族としてのイベント出席業務がぎっしり詰まっている。これに加えて、エルはきっちり宿題もこなしているし、壊された私物関係の捜査にも協力している。本当に、いつ休んでいるのか不思議なくらいだった。


 私は、彼が寝ている席の前の座席の椅子を、音を立てないように彼の方に向けて、ゆっくりと座る。

 ……顔を近づけても、全然起きない。なんだか、特別なものを見ているような気持ちになって、自然と頬が緩んでしまう。

 触れたくてうずうずしてしまうけれど、寝かせてあげたい気持ちが優って、何とか我慢することができた。

 でも、ほんとは触ってしまいたい。なんだかとても愛しい。頬にキスをしてしまいたい。ふわふわの髪の毛を手のひらで堪能したいし、桜色の唇を指でつんつんと突いてみたい。


(……私、本当にエルのこと、好きなんだわ……)


 じんわりと胸に広がる気持ちに、頬が赤らんでしまう。いつもはエルから過剰なほどのアプローチをされているから、こんなふうに穏やかに、自分の気持ちだけをじっくり見つめる機会は中々なかった。


「……ん」


 ぴくりと瞼が動いて、ゆっくりとその目が開かれる。

 現れた深緑の宝石が、ゆらゆらと彷徨うように揺らいだ。


「……シェリー?」

「ええ」


 相当眠たいのか、頭が起き上がってこない。私は優しく、ふわふわしている金色を撫でる。


「もう少し寝ていて大丈夫よ」

「……。起きる」


 言葉とは裏腹に、目がゆっくりと閉じていく。

 そのまま、すうすうと心地よさそうな寝息が聞こえてきた。


「にゃう」


 ふと気がつくと、黒猫(ティティ)が現れて私の膝に座っている。ピンクがかった金色の瞳を何度か瞬くと、そのまま体を丸くして目を閉じてしまった。


「あなたも寝ちゃうの?」


 小声で聞いてみたけれども、返事がない。その代わり、何度か尻尾がゆらゆらと揺れて、そのまま動かなくなってしまった。


 再び、そよそよと風が吹き込んでくる。校庭から、部活に勤しむ生徒達の声が聞こえて来る。

 穏やかな時間、ゆったりと寝ている1人と1匹に、なんだか私の意識までとろとろと溶けていくようだった。


 うとうとと微睡みながら、エルの机に、彼とは反対側から頭を預ける。ふわりと彼の香りがして、それが心地よくて、そのまま私も意識を手放してしまいそうだ。けれども、こんな機会はなかなかないので、消え入りそうな意識を必死に繋ぎ止めつつ、エルの寝顔を見つめる。

 そうして20分くらい微睡んでいると、エルがふわりと目を覚ました。


「……シェリー?」

「なぁに」

「……夢か」

「夢なの?」


 机に頭を預けたままくすくす笑っていると、同じく机に頭を預けたままのエルが、拗ねたような顔をした。


「だって、寝覚めにこんな近くにシェリーがいるはずない……」

「どうして?」

「いつもいて欲しいと思ってるけど、夢から覚めた時には傍にいないんだ」

「ふぅん?」


 私はそっとエルの髪に手を伸ばして、ふわふわとその感触を楽しむ。


「夢の中のシェリーさんは、薄情なのね」

「現実のシェリーさんは、違うんだ?」

「それはもちろん」

「じゃあ一杯甘やかしてくれる?」

「いいわ。何をしてほし……」


 頭を起こしたところでふわりと唇を塞がれて、私はとろとろと溶けそうな意識のままそれに応える。

 甘えるように啄む口付けに、私は思わず、小さく笑いをこぼした。


「私のエルさんは甘えん坊だわ」

「うん。だからもっと甘やかしてほしい」

「もう。……こんなところで寝ていて、危なくないの?」


 心配する私に、エルがまだ覚醒しきっていない様子で、ふわふわと答える。


「……誰もいない、パルレッタ達がいる。だから、大丈夫」

「……え?」

「精霊が、敵に回っている……」


 目を擦りながら何でもないことのように呟くエルに、私は身を固くする。


「精霊、が?」

「……うん。セイントルキア学園の監視記録魔法は、代々の学園長の精霊の力が蓄積されて、現学園長の精霊が統括するものだ。それが、誰かが僕を攻撃するときだけ遮断されている」


 ふわ、とあくびをしながら、エルが首を振った。ようやく起きる気になったらしい。その素振りだけを見ると穏やかな日常風景だけれども、話の内容が穏やかじゃない。


「精霊がいうことを聞かない。これだけ繰り返される犯行に対して、目撃者もいない。多分、人の認識にも作用している」

「それって……」

「うん。()()が関与してるんじゃないかな」

「そんな」

「振られただけじゃなくて、大分嫌われてしまったみたいだ」


 白猫さん……。


「だから、パルレッタ達が――世界の理から外れた僕の契約精霊が見ている間は大丈夫だ。パルレッタ達と()()()()()()()()が、一番危ない」

「エル……」

「一応対策も考えてるんだ。シェリーにも協力してもらおうと思っててさ。いいかな?」

「もちろんよ。だけど」

「けど?」


 私は、ぷに、とエルの頬をつねる。


「エルのばか」

「うん?」

「本当は怖いくせに、私にまで平気そうな顔をしないで」


 じとりと睨む私に、エルはぱちくりと目を瞬く。


「そんなことは……」

「今のエルは、昔のエルと一緒よ。1人でなんでも抱え込んで、誰にも頼らずに、ずっと笑ってる」

「シェリー」

「これで2回目だからね?」


 恨みがましく私は主張する。

 私が怒っているのを察したのだろう。エルは静かに傾聴していた。


()()()()のこと、私には言ってくれなかった」

「……一生誰にも言うつもりはなかったんだ」

「もっと悪いわ」

「シェリー」

「1人で勝手に決めてずっと苛まれて、最後は私のことを勝手に庇って怪我までして。自分だって、怖かったくせに。一生1人で抱える気だったなんて」


 そっとエルの両手を握る。

 私よりも、ずっと大きくて、筋張っていて、力も強そうで。でも、何もかもをこの手に乗せてしまったら、きっと壊れてしまう。だって、同じ人間なんだから。


「今回だってそうよ。あの私物の切り刻まれ方……怨みを感じるもの。エルだって本当は怖いくせに、平気そうな顔をして。私の前でまでへらへらするなんて許せないわ。絶対泣かせてやるんだから」

「いじめっ子の発想だね!?」

「そうなのよ、エルとユリ様には無性に意地悪がしたくて――ちょっとエル、何を言わせるの。大事な話をしてるのよ?」


 ギロリと本気でエルを睨むと、エルはすくみ上がっていた。全くもう。


「エルが身勝手なのは知ってるけど、でも、勝手に我慢して隠し事をするのだけはだめ」

「……」

「エルがエルらしく生きてることの被害者筆頭は、私なんだから。そして、エルが幸せになるための身勝手は許したけど、そうじゃない身勝手については許したつもりはないわ」

「……被害者なの?」

「そうよ。無理矢理婚約させられて、こんなに心を奪われて、一杯泣かされたわ。今も心配で仕方なくて、ずっと悩まされてるの」

「それは……被害者だね」

「そうでしょう」


 満足そうに笑う私に、エルは観念したように、気の抜けた笑顔を見せる。泣き笑いのような、そんな笑顔。


「シェリー」

「なぁに?」

「僕は君が好きなんだ」

「……」

「出会ったときから、ずっとずっと好きだ。なのに、いつだって君は危険に晒されていて、……僕だけがそのことを知っていて、僕は気が気じゃなくてさ」


 エルが、私の両手を握り返す。目線は、机に向けられていて、私の方は見てくれない。


「でも、今回は違う。狙われてるのは僕だ。こんなに気が楽なことはないよ。だからずっと、笑っていられる」

「……」

「それでもね。その、疲れてるのもあるし、少しだけなんだけど」


 そのまま、言葉が続かなかった。それでも私は、静かに待つ。

 そよそよと少し冷たくなった風が舞い込む中、彼はぽつりと、辛い、とこぼした。消え入るような掠れた声に、私はそっと、彼の頭を肩まで抱き寄せる。


「……シェリー」

「はい」

「シェリーがいなかったら、僕は生きていけない」

「頑張って」

「……そこはさ、ずっと一緒にいるって言うところじゃないの?」


 拗ねたような小さな声が聞こえて、私は微笑む。顔を覗き込むと、物言いたげな不安そうな顔をしている彼がいたので、こつんと額を合わせた。


「後追い禁止だから」

「……やっぱり、現実のシェリーさんも厳しい」

「私もね、エルが好きなのよ」


 私の告白に、エルはきょとんとする。


「だからね、私、エルのためになることがしたい」


 自然と頬が緩む。

 私は今、本当に幸せだなぁと思っているのだ。エルが好きで、エルも私のことを好きでいてくれて、素直に想いを伝えることもできて、こうして穏やかな時間を過ごすことができる。手に入るはずじゃなかった幸せを手にしたような、不思議な充足感。


「私が傍にいることがエルのためになるなら、私はエルの傍にいるわ」


 私の笑顔に、エルはなんだか辛そうな顔をした。


「そんなのはいらない」

「……エル」

「なりふり構わず、ずっと傍にいてくれ。僕のためになんかならなくていい。僕は、それだけが欲しい……」


 熱い言葉に、私は胸が締め付けられるようで、じわりと視界が歪む。


「エル、大好き……」

「僕も好きだ」

「エルが好き。本当に好きなの。この気持ちは絶対、一時的なものじゃないんだから……」

「……その節は、ごめん」


 本当にね、と言いながら笑うと、ぽろぽろと涙が溢れた。エルがそっと、私の頬を拭ってくれる。


「だから、エルは自分をもっと大切にして」

「……シェリー」

「それが私の幸せだから。エルが元気に生きてることが、私の幸せ」

「……分かった」


 エルは笑った。

 私はその笑顔が、とても嬉しかった。私が不安になる、張りつめたものじゃない、本当の笑顔だ。


「心配かけてごめん」

「本当よ。手のかかる婚約者様だわ」

「うん。……でももう、大丈夫」


 私の手を握る手に、力がこもる。


「僕は、シェリーに無事でいてほしい。家族にも友人にも幸せでいて欲しいし、知っている人に欠けて欲しくない。そのためなら、僕は別にどうなってもよかった。死ぬことだって、初めてじゃない」

「……エル」

「だけど、身勝手に君を手に入れた僕は、君を幸せにしないといけないからね」


 エルの顔に、もう迷いはなかった。


「可能な限り犠牲を出さずに、全てを手に入れよう」


 だから僕のところには《強欲》の精霊が現れたんだなと、エルはぽつりと呟いた。



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