49 魔力は資源
私たちは、馬車で片道半日以上かけて、キャドバリー伯爵領へ到着した。
朝早くに出発したけれども、キャドバリー伯爵邸に到着した時にはもう夕方だった。
キャドバリー伯爵家では、初老のキャドバリー伯爵夫妻と長男夫妻、それに、長女のカトリーナ嬢と二女のキャロライン嬢が迎えてくれた。
夕食はオーソドックスなものだったけれどもとても美味しかったし、キャドバリーの魔石を使った食器が、幻想的な空間を作り出してくれた。
特に、魔石入りのワイングラスは見事なもので、注がれたシャンメリーが光り輝くようで素晴らしかった。お父様達へのお土産に買って帰ろうと思う。
ちなみに、夕飯の後、エルは物欲しげに私の方をチラチラ見ていたけれども、私はそれとなく無視した。
多分、私が言った「後で一杯慰めてあげる」を実行してほしいのだろう。でも、キャドバリー伯爵家でエルと二人きりになることは困難だし、視察から帰るまでは諦めてほしい。
翌日、私達は、魔法史博物館を館長の案内を受けながら視察した。
「太古の昔は、世界は今よりも遥かに魔力に満ち溢れていたと言われています」
そう言って館長が指し示したのは、世界樹の森近辺にある洞窟遺跡の壁画の、イミテーションだった。
「この壁画にも描かれているとおり、太古の人々は、欠片程度のほんの小さな魔石の塊を使って、空を飛んだり作物を育てたり、ありとあらゆる魔法を使うことができたようです。しかしながら、現代において、同じサイズの魔石を使ってできることは少ない。それを示すものがこちらです」
館長は、壁画の隣に展示されている、ガラスケース入りの魔石を示す。
ガラスケースの隣においてあるボタンを押すと、ガラスケース内の魔石に、蝋燭のように小さく火が灯った。
「補助具や魔法陣なしの、魔石だけの純粋な出力総量はこの程度です。この壁画以外にも、年々、世界の魔力の量は減っているというのが、各文献からも読み取っていくことができます。そこで、2000年前に、魔法研究家であったアダムス伯爵家が次男エイブラハム博士によって、技術革命が起こりました。魔石の力を効率的に使うべく、補助具や魔法陣によって、威力を何倍にもする方法が確立されたのです」
壁に大きく描かれた年表に、それぞれの時代に起こったことや、発明品と発明者、その効果などが図解で示されている。
その展示物を、各自で自由に眺めていると、エルがそっと、私の耳元で囁いた。
「魔力は資源。これって、僕にとって結構カルチャーショックだったんだ」
「そうなの?」
「僕の世界に魔法は存在していなかったからね。魔法というのは、なんでもできる不思議な力を表す、空想上の言葉だったんだ。でも、言われてみれば当然だよな。使えばなくなる。それはどの資源だって同じだ。どんなに効率的な仕組みを作っても、全てのエネルギーロスを排除した永久機関は、現実には存在しない」
生まれながらに魔法が身近であった私と違って、エルは魔法というものをもっと違う形で捉えていたようだ。
魔法の元になる魔力は資源。これは、魔法を使うことができる貴族であれば、誰もが認識していることだ。
個人が使う程度の魔法であれば、さほど影響は大きくないけれども、大規模な魔法事業を起こす場合には、国の認可がいる。それは、事業の影響力もさることながら、魔力という資源の消費を考慮し、効率的な運用なのかどうか審査しなければいけないからだ。
「エルの世界には魔法がなかったの。じゃあ、その世界で使っていた資源が、世界から魔力が亡くなった後の世代に役に立つのかしら」
「この世界は魔力に頼りすぎているからなあ。ほとんどの技術が魔法依存だから、世界の魔力を増やす努力をする方がいいと思う」
「増やす……」
「それに、魔力がなくなったら、精霊達だって消えてしまうだろう?」
「そう、ね。それは悲しいわ」
私の肩にいるヨルレッタさんを見ると、ヨルレッタさんはにっこり笑って私の頰に頬擦りしてくれる。確かに、ヨルレッタさん達と会えないなんて、味気なくて淋しい世界だ。
ふと、1700年前の記録の前で、私とエルは足を止めた。それを見て、館長が声をかけてきた。
「この炎の絵が気になりますか」
「はい」
年表の下には、炎の絵が横並びに規則正しく描かれていた。描かれた炎は、同じ大きさの火の魔石でどの程度の炎を起こすことができたのかという、魔石の測定結果の年代別比較資料らしい。
魔石の力の測定自体も、技術革命を起こしたエイブラハム=アダムス博士の発案らしく、炎の絵が描かれ始めたのは、エイブラハム博士が生きていた2000年前の辺りからだ。年を経るにつれ、炎の大きさはどんどん小さくなってきている。しかし、1700年前から1600年前にかけての期間だけは、炎がどんどん大きくなっていた。その後は、また炎の大きさは小さくなっていってしまっている。
「1700年前から1600年前付近。この時代の魔力量の動きだけおかしいですよね」
「はい。魔力という資源が減っていく一方なのであれば、炎は小さくなる一方のはず。でも、この期間だけ、どんどん炎が大きくなっていっています」
「そのとおりです。そして実は、原因が分かっていないのです」
館長の言葉に、私とエルは首を傾げる。
「だいたい、50年程度の期間だったのですが、急に魔石の効力が上昇していったのです。特に何かの発明が行われた訳ではなく、突如として、世界全体において、同じ現象が起こりました」
「そして誰も、増えた原因に心当たりがなかった?」
「はい。人間が使う魔法自体の威力も上がっていたことから、当時の研究家達は、世界の魔力総量が増えたのだと結論づけましたが、どういう理由で、どういう法則で増えているのか、誰にも分からなかった。世界の魔力総量が増えることは一般的には好ましいことですが、増え方や増える時期が不明だったため、困ったこともあったようです」
館長曰く、医療関係や、錬金関係が、その最たるものであったという。
手術用の麻酔魔石の効力が上がりすぎると患者への負担も大きくなるし、僅かなミスが許されない錬金魔法の最中に、力のブレが生じる要素を入れる訳にはいかないのだ。それなのに、魔石だけでなく、人間が使う魔法の威力も、知らないうちにどんどん威力が上がっていく。だから、この二つの業務に関する魔法職の人達は、本当に苦労したのだそうだ。理由が不明なだけに、対策の練り用もなく、ただただ用心しながら魔法を使っていたらしい。
「世界の魔力が増えるのも、いいことばかりじゃないのですね」
「何事も、普段と違うということは、いい意味でも悪い意味でも影響が大きいのでしょう」
館長は苦笑しながら、炎の絵を見つめた。
「この炎の大きさを見ていると、後数世代先には、魔力が不足する時代がやってくるでしょう。魔力を増やすか、新しいエネルギー資源を見つけるか。国というよりは、世界規模での課題と言えるでしょうね」
館長の言葉に、エルは困ったように笑いながら、軽くため息をついた。
私は、そんなエルの手をそっと握る。エルは軽く驚いたようにこちらを見た後、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。
こうして、エルはきっとこれからも、色々なものを抱え込んでいくのだろう。
でも、決して一人きりで考える必要はないのだ。それが、ちゃんと伝わったのであればいいなと思う。
ふと、壁画の方に、ルーカス殿下とセラフィナ先輩がいることに気がついた。
「セラフィナ先輩?」
「……ああ、フィリーか」
「何か気になることが?」
セラフィナ先輩達が見ているのは、壁画の下部に描かれた絵だった。
壁画には、人々が自由に魔石を使い、魔法を利用している地面の下に、二人の人間と、二匹の獣が描かれている。祭壇に捧げられた二人の人間……これは、男女だろうか。それを、世にも恐ろしい獣が両脇から囲んでいる図だ。
描かれた獣には何本も手が生えていて、地上から好き勝手に人を攫って、祭壇の上に乗せようとしている。しかし、祭壇の定員は2人のようだ。
そして、壁画のこの部分に関しては、魔法史博物館としての解説が一切されていなかった。
「……いや、何でもないんだ。行こう」
そう言うと、セラフィナ先輩はルーカス殿下を連れ立って、年表の方へと向かってしまった。
セラフィナ先輩は一体、この絵を見ながら何を思っていたのだろう。
気になるけれども、教えてもらえないだろうことだけはなんとなく分かったので、私はそのことについて特に触れることはしなかった。
どこかの王子に一杯慰めろとはっきり要求されるのは次話。




