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悪役令嬢は大嫌いな残念王子に籠絡される  作者: 黒猫かりん
第3章 乙女ゲームと精霊達
44/84

44 期末テストの勉強



 猫二匹が暴れてから2ヶ月、大過なく学園生活は過ぎていった。



 二匹が暴れたあの日、失言祭りだった魔王様は色々と反省してしまったらしく、私達3人の質問攻めに、貝のように口を閉ざしていた。


「なあ魔王、無理するなよ。お前はもっと口が軽い男のはずだろう?」

『さらっと酷いことを言うな! なんて無粋で傍若無人な主殿だ。我はデリケートなのだ、ガラス玉のように大切に扱え』

「デリケートな奴がそんなことを言うか。いいから全部吐けよ」

『言ってることがその辺のチンピラと同じ!!』


 壁までじりじり下がった魔王様に、壁ドンしながら迫っているエルはやさぐれていて、まさにチンピラだ。

 でも何故か、二人が近くに寄っていると、廊下の端々から「きゃーっ」「やっぱり王子が攻め!?」などという、意味不明な内容の女生徒の甲高い声がよく聞こえるのだ。よく分からないけれども、どうやら学園の女子生徒に喜ばれているらしい。エルが人気者だからなのかしら。


『大体な、我だって色々話したいのだ。お主らが知らないことを話して、お主らの無知を嘲笑いたい。魔王らしく、愉悦に浸りたい!』

「どうぞお浸りください」

『だからできぬと言っておろうが! 我はまだ消滅したくないのだ!』

「このチキン野郎」

『そっくりそのままお返しするわ、このヘタレヤンデレ王子が!』


 そんな調子で、魔王様はエルと戯れるばかりで、あれ以上のことを一切教えてくれなかった。



 一応、口が固そうなルリさんにも、ユリ様越しに質問だけはしてみた。


「ルリちゃん……」

『そんな顔をしてもだめですよ。自分達の力だけで頑張ってください』

「ルリちゃん、お願い」

『だめです』


 ユリ様のお願いにも、ルリさんはにっこり笑顔で取り付く島がない。

 こんなに笑顔の仮面が厚いなんて、私には似ていないのではないだろうか。

 鉄壁のルリさんの笑顔に、私達はルリさんの攻略を早々に諦めた。



「世界樹の精に会いに行くのはどうかな?」


 精霊からの情報を諦めきれずにそう提案してきたのは、ユリ様だ。

 しかし、その提案を呑むのは難しい。


「ユリ、世界樹の場所を知らずに言ってるだろう」

「うん。どこにあるの?」

「物理的距離だけなら、馬車で片道1ヶ月」

「わお」


 片道1ヶ月は、毎日学生生活を送っている私達では、到底行くことはできない距離だ。

 学園の夏休みは短めで2週間しかないので、全て費やしても片道にも足りないのだ。逆に冬休みは2ヶ月半という長い期間が設けられているけれども、冬休みは皆、領地に帰るのが通例だ。片道2週間の男爵領に帰る予定のユリ様が旅立つには難しいと思われる。


「あと、国境を超えるから、両国の越境の許可がいる。僕には間違いなく許可が下りない」

「ああ……」


 第1王子は、理由もなく国境を越えることができない。


「それに、世界樹は馬車で片道2週間の距離を、森に囲まれている。上級以上の魔物がわんさかいて、Aランク以上の冒険者でないと近寄りもしない難易度の場所だ。森に入ってからは馬車はもちろん一緒に進んでくれないから、森の付近からは徒歩だな」

「……」



 そんな経緯で、世界樹の精に会いに行くことは断念した。

 なので、今の私達は、白猫に出くわさないよう、誰かの恨みを買わないよう、日々用心して過ごしながら、魔王様の失言を待っている状態だった。




 ただ、一つだけ前と変わったことがある。


「フィリー、最近いつも可愛い精霊を連れてるんだね。フィリーの契約精霊は黒猫じゃなかったっけ?」

「セラフィナ先輩」


 セラフィナ先輩の言う可愛い精霊とは、黒猫(ティティ)のことではない。私の肩に常駐している、女騎士の姿をした闇精霊さんだ。


「ヨルレッタさんは、ラファエル殿下の契約精霊の一人で、闇精霊なんです」

「ああ……そういえば、ラファエル殿下は契約精霊を1度に7人召喚したんだってね。規格外な方だ」


 そう言いながら、セラフィナ先輩は、ヨルレッタさんに挨拶をする。ヨルレッタさんも、セラフィナ先輩のことは好きなようだ。セラフィナ先輩は闇属性魔法が得意だから、闇精霊のヨルレッタさんと相性がいいのだろう。


 黒猫と白猫の壮大な喧嘩があったあの日、魔王様は王宮に帰った後のエルに、私に精霊の護衛をつけるように指示したのだ。

 エルは、あれだけ強い黒猫(ティティ)がいれば大丈夫ではと首を傾げていたけれども、魔王様は首を縦に振らなかった。結局、よく理由が分からないまま、エルは魔王様の指示に従って、私と相性のいい闇精霊のヨルレッタさんを私の近くに常駐させてくれている。


 なお、エルの契約した小精霊の名前は、次のとおりだ。


 パルレッタ(火の小精霊)

 ピルレッタ(風の小精霊)

 プルレッタ(水の小精霊)

 ペルレッタ(地の小精霊)

 ソルレッタ(光の小精霊)

 ヨルレッタ(闇の小精霊)


 この名前を聞くと、皆一様にエルに対して、「ポルレッタは?」と口にするらしい。かくいう私も、「ポ……」と呟いてしまった。

 ポルレッタは居ない。居ないのだ。




 セラフィナ先輩といえば、エルはさらに情報を得るべく、《魔王》について国王陛下に尋ねてみたらしい。しかしながら、その関係の話は王太子にしかできないと断られたそうだ。


「立太子は学園卒業後、18歳の成人の儀の後だ。それまで待ちなさい」


 エルは相当粘ったようだけれども、そのまま国王陛下にすげなく突っぱねられてしまったらしい。

 ただ、魔王という言葉をどこで聞いたのか、逆にかなり問い詰められたのだという。


「多分、父上は何か知ってると思う」


 そう呟いたエルは、無力感に肩を落としていた。

 未成年で学生の私達にできることは、あまりに少ない。





 ともあれ、あの喧嘩事件から2ヶ月経ってしまうと、期末テストのシーズンだ。

 例のごとく、テスト勉強に勤しむ私の横で、エルは余裕の顔をして私の横顔を見つめていた。


 殺意が湧いた。


「ごめん。シェリーごめん。僕が悪かった、ごめんって」


 余裕すぎるエルは、私の横顔を見つめるだけじゃ飽き足らず、試験勉強をする私の頰をつつくわ、後ろから抱きついてくるわ、私が解こうとしている問題の解答をさらりと答えてしまうわ、とにかく邪魔だった。そういえば、エルはこういう人だった。


 ついでに、ユリ様も同じだった。


 殺意が湧いた。


「ごめんなさい。フィリーちゃん、ごめんなさい。もうしません」


 この二人はどうやら、一度学んだことは大抵覚えてしまうらしい。

 数学や魔法学は「練習、練習」と言いながら一緒に演習問題を解いてくれたけれども、暗記ものは酷かった。


 首を傾げながら、「もうやったところだよ」「きっと覚えてるから大丈夫」「紅茶が美味しいよ」「お菓子も作ったんだよ」と不思議そうな顔をして、両脇から私にすりすり擦り寄ってくる。ついでにそこに、当然のような顔をして黒猫も参加してくるのだ。2人と1匹で、私の膝や肩を奪い合っていた。



「勉強の邪魔をするなら出ていってください」


「ごめんなさい」

「すみませんでした」

「にゃう……」


 怒髪天の私に、2人と1匹は項垂れている。

 しかし、私は本当に怒っていた。もちろん、嫉妬も混じっている。絶対に許さぬ。



 そんな訳で、私は学園で勉強するときには、バージル卿を呼ぶことにした。


「フィルシェリー嬢、これは一体?」


 バージル卿は、学園のグループ自習室に集まった面子を見て不思議そうにしていたけれども、私が一緒に勉強してほしいと頼み込むと何だかんだ応じてくれた。

 2人と1匹は、大変不満そうにしていた。


「二人が勉強の邪魔をしてくるので、是非お願いします」

「それは吝かではありませんが……。ソーンダーズ公爵令嬢達をお呼びしても良いのでは?」

「ソフィア達だと、二人の緊張感が持たないのです」


 バージル卿は、納得したように二人を見ている。

 エルもユリ様もソフィア達と仲がいいので、ソフィア達が近くにいても、浮かれるばかりで私への接近の抑止力にならないのだ。

 なお、エルは学園内で、いつもは他の生徒達と一緒にいるのに、試験勉強を理由に他のお付き合いをお断りして、ここのところ私にべったりだ。試験勉強、必要ないくせに!


「何というか、ご苦労が偲ばれます。お疲れ様です」

「バージル卿……!」


 やはり、バージル卿は心の友……!

 目をキラキラさせる私の横で、エルとユリ様がそっくりな素振りで、不満そうに口を尖らせる。


「バージル、お前空気読めよ」

「空気を読んだ結果、フィルシェリー嬢に味方することにしました」

「お前本当にブランシェール公爵家に取り込まれてるな」

「ブランシェール公爵令嬢に虜の方に言われるとは心外です」


 素晴らしい。エルの矛先が、私ではなく、バージル卿に向かっている。

 この隙に、私は勉強に勤しもう。


「バジョット卿、酷いです。私がフィリー様達と仲良くなるの、手伝ってくれなかっただけじゃなくて、邪魔しにくるなんて」

「まさに今、適切な距離感で仲良くなるお手伝いをしているんですよ」


 不満そうにしているユリ様に、バージル卿は淡々と言葉を返す。

 彼は、ふと思い立ったように少し思案したあと、ふっと笑った。


「混ざれてよかったですね」


 何のことだろうか。

 私とエルが首を傾げていると、ユリ様の頰がだんだん、真っ赤に染まってきた。何だか、ワナワナ震えているような気がする。


「……分かってないふりして、今ここで言うなんて」


 ユリ様の言葉に、バージル卿はくつくつと喉の奥で笑ったまま、教科書に目を落として、勉強を始めてしまう。

 放置されてしまったユリ様は、そのまま黙って教科書に目を落とした。けれども、教科書が逆さまである。


 私とエルは、顔を見合わせた後、何となく黙り込んで、勉強を始めた。

 黒猫は、私の膝の上で、気持ちよさそうに寝ている。


 ……。


 確かに、当初の目的どおり、2人と1匹は静かになった。

 けれども、この甘酸っぱい空気はどうしたことだ。誤算である。何なの、どういう関係なの。めちゃくちゃ気になる!


 とても勉強しづらい空気の中、私はほぼ失いかかっている集中力を必死にかき集めて、教科書と向き合った。

 次は別の人を呼ぼうかな、と思うと同時に、いや、やはりバージル卿を呼ぶべきでは? という、悪い気持ちがじわじわと湧き上がる。


 なのに、甘酸っぱい空気の原因であるユリ様は、勉強会が終わって解散するや否や、私にこっそりこんなことを言ってきたのだ。


「フィリーちゃん、ごめんなさい。もう邪魔しないから、バジョット卿を呼ばないで」


 な、なんで!?




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