41 黒い……?
「シェリー、大丈夫?」
そう言って、エルが黒猫を抱き抱えた私の方に近づいてきた。
今日の精霊学の授業は精霊召喚をするだけの予定なので、召喚が終わった私達は、気楽に待つだけのはずだった。
けれども、私とエルとユリ様は、気楽とは程遠い心境だ。
「エル」
「……可愛い猫だね」
そう言ってエルが黒猫を撫でると、黒猫はごろごろいいながら、気持ちよさそうに目を細めた。
「背中に金色のハート模様がある。なんでこんなところまで一緒なんだ……」
青い顔をしているエルに、私も血の気がひいた顔で頷く。
「色違いはセーフ……とか……ほら……」
ようやく立ち直ったらしいユリ様が、声をかけてきた。
私の精霊を見て、同じく顔色を青くしていた。
「ユリ……アネージュ嬢は、この猫について何か知らないのか?」
「黒猫のことは全く知らない。でも、白猫だったら、確か、飼い主のラブリー幸せ度に応じて、目の色が変わる」
「えっ!?」
声を上げた私に、クラスメートがびっくりしてこちらを見る。
いけない、まだ精霊召喚を行なっていないクラスメートがいるのだ。私の精霊がキワモノだと思われてしまっては、クラスはまたあの恐慌状態に戻ってしまう。
私が、なんでもないよーという意思を伝えるためににっこり笑うと、皆なんだか慌てた様子で目を逸した。えっ、なんで?
目を逸らされた私は、つい、しょんぼりしながら呟いた。
「私って本当に、目つきが悪いのね……」
「無意識、無自覚、人たらし……!」
「どうしよう、シェリーが可愛い。持って帰りたい」
私の呟きに、なぜだかユリ様とエルが興奮した様子で喜んでいる。
よく分からないけれども、エルが私の肩を抱いてくれたから、私はこてんとエルの肩に頭を寄せた。
「それであの、どういうことですか?」
「つまりね、こういうことなの」
ユリ様が、声を落として黒猫を指し示す。
言われるがままに黒猫の目を見ると、さっきまでアイスブルーだった目の色が、ほんのり紫ががかっていた。
「紫になってる?」
「フィリーちゃん、ちょっと今落ち込んだでしょう? だから、ちょっと暗い色になったみたい。あとは、そうね……」
ユリ様が、エルの耳に手を当てて、こそこそ何か話している。
何、なんなの。仲が良いのね? 事情は分かってるけど、むかむかする。ユリ様に対する嫌がらせが、頭に沢山浮かんでくる。
「シェリー、落ち着いて。黒猫の目がどんどん黒っぽくなっていってる」
「落ち着いてる。落ち着いてるもの。エルのばか。ユリ様も嫌い」
「それって落ち着いてるかな!?」
「フィリーちゃん、ごめんなさいぃい」
「なーうー」
ぷりぷり怒る私に、エルとユリ様が慌てている。エルに嫉妬するなと言っておきながら、ムカムカする気持ちが抑えられない。私は悪い女だ。ふんだ、ちょっとくらい慌てればいいんだわ。
私の気持ちが分かっているのか、黒猫も、ジト目で二人を見ながら唸っていた。……いい子!
そんなことを思っていると、エルがちょっと躊躇いながら、クラスメートからは直接見えないように私の頭にそっとキスを落とした。
「!? ちょっとエル、こんなところで何やってるの!?」
「実験。……ふーん、シェリーは言葉とは裏腹に、結構喜んでくれてるんだね」
にこにこ笑うエルに、なんのことかと思って黒猫を見ると、可愛いお目目が薄いピンクがかった金色になっていた。にゃうにゃう言いながら、ご機嫌で私の胸元に擦り寄っている。
「このとおり、飼い主のラブリー度が上がったら明るい色味に」
「え!? ちょ、ちょっと、見ないで!」
慌てて真っ赤になって叫ぶと、「なーん」と鳴いて、黒猫が私に再度擦り寄ってきた。
「あれ、消えちゃった」
「えっ?」
「……? 何も消えてないけど、どうした?」
私達3人の中で、ユリ様だけが、急に何かを探すようにキョロキョロし出す。
「――え? だから、黒猫ちゃんが消えたの」
「消えてませんよ?」
「ここにいるじゃないか」
私がびっくりしていると、エルが黒猫の頭をまた撫でた。なぜかエルには懐いているようで、黒猫はゴロゴロ言いながらされるがままになっている。
『私には普通に見えますけれども……ああ、なるほど、その精霊なら仕方ありませんね』
「えっ。ああ、ええと……あなたにも見えるのね」
もう一人の私がひょっこり登場して私に急に話しかけてくるものだから、私もびっくりする。私が、私で……うぅ、頭がこんがらがるなぁ。
『ええ、もちろんです』
「えーずるい! 私だけ見えないってこと?」
『仕方ありませんね。私は光の精霊ですから、ほら』
そう言って、精霊の私がユリ様に手をかざすと、ユリ様の目の周りにキラキラと光の粉が舞った。
「やった、見える! 黒猫ちゃん!」
『……ユリ様にだけ特別なんですからね?』
「うんうん、ありがとう!」
そう言ってユリ様は精霊に抱きつく。しょうがないなあ、みたいな愛おしそうな顔をしているユリ様の精霊に、私はなんだか恥ずかしくて、目が泳いでしまった。あの見た目、どうにかならないのかしら……!?
『ふむ。面白い存在を召喚したものだな。そなたがそうなのか』
「きゃっ」
急に背後から低音が響いて、さらに驚いてしまった。今度はエルの契約精霊の魔王様だ。
しかめ面をしたエルが、自分の契約精霊から私を隠すように移動した。
『そんなに大切にしまい込まずとも、取って食ったりはせぬ。お主と違ってな』
「なんのことだよ!? もうお前は口を開くな……」
疲れたように肩を落とすエルに、魔王様はくつくつと笑って、私の方に向き直る。
『一定の条件を満たさぬ限り、今のこの精霊を目視することはできぬ。条件は、この精霊の成り立ちに基づくものを選んであるな』
「成り立ち、ですか?」
『うむ。まあお主ならば、そのうち分かるだろう』
『うんうん、分かると思うよ!』
『シェリーちゃんなら大丈夫!』
『僕のシェリーちゃんだから大丈夫!』
『こら、余計なこと言ったらだめよ、怒られちゃう』
『きゃあー』
魔王様の周りにいる女騎士達が、きゃいきゃいはしゃぎながら話しかけてくる。可愛いけど、一気に喋られると、誰が喋っているのか分からないわ……!
『お主も余計なことを言うなよ』
『ええ、もちろんです。でないとこの子に怒られてしまいますから』
魔王様とユリ様の精霊が、したり顔で私の腕の中の黒猫を見る。
満足そうにしている黒猫に、私は首を傾げて問いかけた。
「あなたは何か、秘密を隠しているのね?」
『にゃうん』
「それが何かは教えてくれないの?」
『なぁーん』
「可愛い顔なのに、とっても意地悪なのね」
『にゃうにゃう』
分かっているのか分かっていないのか、黒猫はご機嫌で私に返事をする。
後ろで、エルとユリ様が、尊い……尊い……と、そっくりなそぶりで震えながら呟いていた。変な二人だ。
うーん、白い悪魔のことは気になるけれども……。
この子は白くないから、いいのかしら?
そもそも、今から悩んでも、もう契約してしまったものはどうしようもない。
いや、2回目以降を呼び出さなければいいのか……。
逡巡した後、私は色々と諦めて、黒猫に向き合った。何か知っていそうな可愛い顔を見つめていると、きゃるん★と首を傾げて目をぱちぱち瞬いてくる。
くぅっ……可愛い……。
「あなたはいたずらっ子の予感がするわね。あなたのことは、いたずらっ子――ティティって呼んでいい?」
『なーん』
満足そうに頷いた黒猫に、私は顔を綻ばせる。
「ティティ、これからよろしくね」
『にゃん』
ぎゅっと抱きしめると、ティティはゴロゴロと喉を鳴らして喜んでくれた。
なんなの、可愛い。可愛いわ。きっとこの子は、悪魔なんかじゃないに違いない。
……だめだわ私、既に絆されてる……!
『私の名は、ディルムッドという。よろしくな、主殿』
「聞いてない!」
『私はフィルシェリー=ブランシェールです。よろしくお願いします、ユリアネージュ様』
「他の名前であってほしかった!」
私の背後では、エルとユリ様が、手で顔を覆ってしゃがみこんでいた。
そろそろ本格的に執筆期間に入ります。




