31 いじめ現場
朝のやりとりで少し復活した私は漸く、今日の放課後に時間を取ってくれるよう、エルにお願いをした。
そうしたらエルが、今から話をしようと、私を連れて王宮に帰ろうとした。
「い、今から帰るなら何も話さないから!」
「じゃあ白状するまで閉じ込める……」
「……多分、白状しないわ?」
「……」
なんとか説き伏せて学園に降り立った時は二人とも疲労困憊だった。
けれども、エルはなんだか、ほっとしたような嬉しそうな顔をしていたように思う。
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「――フィリー」
そんな中、朝から珍しく話しかけてきたのは、ニコラス卿だ。
第一学年の教室の廊下を歩いていたら、階段の影からこっそり呼び出された。どうやら、心配してわざわざ会いにきてくれたらしい。
「おはようございます、ニコラス卿。今日はお庭でなくていいんですか?」
「こら、別に俺は庭に住んでる訳じゃないぞ。……もう決めたのか」
「はい」
すっきりした顔で答えると、ニコラス卿は笑って背中を押してくれる。
「じゃあ行ってこい」
「ありがとうございます」
そう言って、彼は上の階へと戻っていった。めちゃくちゃ優しい。本当に、エルがいなかったら危なかった。
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昼休み、私はいつもどおりソフィア達とお昼を食べた後、その後図書室に行くと言ってその場を抜ける。
覚悟を決めたとはいえ、正直、少し気持ちを落ち着けたかった。
(大丈夫。大丈夫。大丈夫。きっと、大丈夫……)
すでにぐらっぐらしている心を落ち着けるべく、心の中で呪文のように「大丈夫」を繰り返す。
すると廊下に、いつもの白猫が現れた。
……現れてしまった。
「……」
「なーん」
甘えるように擦り寄ってくる白猫を、私は半目で見る。
さ、流石の私も気がついてきたわ。
この白猫さんが現れるところ、濡れ場の予感!
「白猫さん……」
「にゃう?」
白猫は、甘えるように擦り寄ってきた後、また私を案内するように、尻尾を振りながら廊下を進み、こちらを振り返って誘ってくる。
「ええと、行かなきゃだめ……?」
「にゃうにゃう」
くうっ、腹が立つほど可愛い。それに、連れて行かれた先に何があるのか、気にならないと言えば嘘になる。
「もう。今回だけよ? 今回だけだからね?」
そう言うと、白猫は満足そうに尻尾を振りながら、廊下を突き進んでいった。
どこまで行くのかと思えば、裏庭へとたどり着く。
そこには、ピンクブロンドの髪の彼女がいた。
(ひあぁやっぱり! 今一番会いたくない人!!)
「白猫さん……?」
「なーん」
私のドスのきいた声に、白猫はきゃるっ☆と首を傾げて、こちらを上目遣いに見てくる。
この白猫さん、絶対分かっててやってる。自分が可愛いの、分かっててやってる……!
私は諦めて、校舎の中からこっそり彼女の姿を見ることにした。
「――あなた、どういうつもりなのかしら」
よくよく見ると、彼女は3人の令嬢に囲まれていた。
あれは、アベラール侯爵令嬢と、コデルリエ伯爵令嬢に、カデラック伯爵令嬢……。
(全員クラスメートだわ)
四人で談笑している、という雰囲気でもない。どちらかというと、三対一の構図に見える。
あの三人が、彼女に何か、用事でもあるのだろうか。
「どういう、というと……」
「昨日一昨日と、殿下と二人で密室に入って行かれましたでしょう?」
「ぅえ!? み、み、み、見てらしたんですか!?」
「私達三人とも見ていましたので、言い逃れはできませんことよ」
「ど、どこから……」
「部屋に入る辺りから、ですけれども……ちょっとあなた、もっとやましいことがおありなの!?」
なんと、私以外にも二日連続で、二人が会う現場を見ている人がいたらしい。
アベラール侯爵令嬢達は、二人が抱きしめ合っているところまでは見ていないようだけれども……。
不注意な二人だなあと思うと同時に、やっぱり夢や幻ではなかったのかと再度確認して、こっそり落胆する。
「婚約者がいる殿方と逢瀬だなんて、何を考えてらっしゃるの?」
「逢瀬!? やだやだ、やめてください! そんなんじゃありません」
「男女が二人きりで密室で話をしていれば、それは逢瀬です」
「常識もなくていらっしゃるのね。さすが、婚約者がいる殿方に近づくお方ですわ」
なんと、私が言いたいことを大体言ってくださっている!
しかしあの、三人で一人を責め立てるのはどうかと思うの……。
(……ああ、でも)
ふと、夢の中の自分のことを思い出す。
あの精神状態の私だったら、三対一の構図でも、どうも思わなかったかもしれない。
「無知なあなたは知らないかもしれませんが、殿下には、フィルシェリー=ブランシェール公爵令嬢という素晴らしい婚約者がいらっしゃるのですよ」
!? すば、素晴らしい?
ちょ、ちょ、ちょっとアベラール侯爵令嬢! 何を言ってらっしゃるの!?
私は羞恥で殺されそうです!
「あ、それは知ってます」
「知っているのに、殿下と仲睦まじくしていらっしゃるのですか!? 調子に乗るのもいい加減になさいまし」
「仲睦まじく!? いえ、私と殿下は、そういうのではないんです」
「そういうのも、どういうのもありません。きちんと距離をおきなさい」
「えーと……それはその、どこまで」
「進んで二人きりになってお話をするなんて論外です」
「ああ……うぅ、それはその。困るような、困らないような……」
「困らないなら止めなさい!」
「は、はい……」
どうやら、アベラール侯爵令嬢達三人は、正義感に駆られて彼女に詰め寄っているようだ。なんでそんなに私寄りな態度なのかしら?
その気持ちはありがたいけれども、エルと彼女は、二人の意思でこそこそ密会しているのだ。彼女だけにこんなふうに注意しても、あまり意味がないような気がする。それに、やっぱり三対一で詰め寄るのはちょっと……。
うう、仕方ない。
「――皆様、ご機嫌よう」
「っ!? ブランシェール公爵令嬢!?」
「どうしてここに……」
本当に、どうしてでしょうね。
チラリと白猫を半目で見ると、白猫は私の足元でまた、きゃるん☆と首を傾げていた。
くうぅっ、これは、許してしまう……。
「皆様がご歓談されていらっしゃるから、混ぜていただこうかと思いまして」
全てを諦めた私はにっこり笑って、私は3人と彼女の間にするりと入り込む。
4人とも、私がどういう意図で介入してきたのか分からないようで、目を泳がせていた。
「楽しそうな話が聞こえましたの。ラファエル殿下とユレンスタム男爵令嬢が、逢瀬をしていたと……」
「ちっ、違います!! 逢瀬なんかじゃないです、私と殿下は……」
「でも、二人きりで会っていらっしゃったのね?」
「…………」
ユレンスタム男爵令嬢は、蒼白になりながらも、何も言えないようで、目を彷徨わせている。
その沈黙が、何よりの回答だった。
「そしてその。……皆さんも、ラファエル殿下とユレンスタム男爵令嬢が、クラスメートの枠を超えて、仲が良いと思ってらっしゃるのね?」
私は、ユレンスタム男爵令嬢を囲んでいた3人の令嬢に尋ねる。
……思ったよりも声が震えてしまって、彼女を囲んでいた3人が、あわあわしだした。
「え、あの、そう思っているような、いないような……」
「でも、その。二人の仲が良すぎるから、こうやってそれを止めるように指摘していらっしゃったのでしょう?」
「それはその……」
しどろもどろの三人に、私は、心に何かがすとんと落ちるのを感じた。
そうか。やはり、私の目からだけじゃなくて、周りの目からみても、エル……殿下と彼女は、仲が良く見えるのか。
じゃあきっと、私が目撃した、二人が抱き合っているように見えたあれは、やっぱり本当に抱きしめ合っていたのだ。何度も疑ったけど、やっぱり、見間違いなんかじゃないのだ……。
「ブランシェール公爵令嬢……っ」
「ごめんなさい、私達、そんなつもりでは」
「――え?」
慌てている皆を見て、ようやく私は、自分が泣いていることに気がついた。
「あ、あの……ごめんなさい。私こんな、はしたないわ……」
大失態だ。人の会話に割り込んでおいて、流れ弾で涙をこぼすなんて……。
ニコラス卿のおかげで踏ん切りをつけたとはいえ、ちょっと気を抜くとこれだ。私は本当に、エルが絡むと駄目人間だった。
慌ててハンカチで目尻を拭っていると、アベラール侯爵令嬢達三人が私を取り囲んだ。
「そんなことありません! 悪いのはこの女とラファエル殿下です!」
「ブランシェール公爵令嬢を、不誠実にこんなふうに傷つけるなんて! 許せませんわ」
「こんな女、痛い目に遭ってしまえばいいのです」
「!?」
勢いづいて私を慰めてくれる三人に、むしろ私が怯んでしまう。
どうやら、止めに入ったはずなのに、何やら火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。
しかも、とうとう殿下まで悪い側として列挙されてしまっている。
わ、わざとではないの。本当に、止めようと思っていたの……!
そして、今度はその様子を見ていたユレンスタム男爵令嬢が叫んだ。
「――ご、誤解です! とにかく誤解です、私は殿下となんて親しくありません!」
「まぁ、白々しい!」
「今日だって、朝からこっそり目配せして、柱の影で何かお話しされてたじゃありませんか!」
「そ、そんなところまで見てたんですか!?」
へ、へえ、仲がいいのね……。
これはまずい。不要な新情報によって、せっかく固めた私の決意と勇気が、ガラガラと崩れ去って行くのを感じる。
どうしよう、色々と失敗だ。もはやこの場から走って逃げ去りたい。目頭は熱いし、手が震えている。
でも、私がここから逃げ出したら、彼女はもっと三人に叱られてしまうし……。
本当は、こんな時こそ、彼に縋ってしまいたかった。
でも、彼がここに来たら、それこそもっと修羅場だ。
これは、私が自力で気合いを取り戻して、この場をなんとかするしかない!
がんばれ。がんばれ私……。
そんなふうに、必死に自分を鼓舞する私の前に、声がかかる。
「――あれ。シェリー?」
なんと、今一番来て欲しくない人の登場だった。




