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悪役令嬢は大嫌いな残念王子に籠絡される  作者: 黒猫かりん
第2章 ときめき学園ラブリー生活
23/84

23 ダンスの授業 後編



「はい、皆さん。前半のパートナーと配置につきましたね。」



 そう言うと、ベドジシュカ先生は私達を見渡した。



 特進クラスは男20名、女20名の計40名で構成されているから、20組の男女ペアができている状態だ。

 講師は、女性のベドジシュカ先生と、補助でついている男性のルドヴィーグ先生。


「社交ダンスは年代によって、ダンスの種類が変わってきました。近年で主流とされているのは、皆さんがご存知のとおりワルツです。百年くらい前までは男女の接触を伴うワルツは忌避されていましたが、時代は変わるものですね。

特進クラスの皆さんは全員貴族ですから、ワルツもおそらくある程度は(たしな)んでいらっしゃると思いますが、今日は初日ですから、基礎練習をベースします。クラスの状況を見てから、次回以降の授業進度についても考えていきましょう」


 そう言うと、ベドジシュカ先生は、ホワイトボードを指差した。


「まずこのように、ワルツには基本の足形が30あります」


 あれ、なんだか若干顔色が悪い人が何人かいる。覚えてない人もいるのかしら。

 ベドジシュカ先生は、クラスの皆の顔を見た後、優しく微笑んだ。


「皆さんが将来参加する夜会では、全てを習得した上で完璧な踊りを見せる必要はありません。基本的には、社交会でのワルツは、交流するためのものですから。大切なのは、少ない足形でも構わないので、音楽に乗ること。男性は、女性をうまく誘導……リードすることができること。女性は、うまく男性についていく……フォローすることができること。そして何より、楽しく踊ることです」


 先生の言葉に、クラスの半分位が皆ほっとしたような顔する。

 エルやソフィア、ユレンスタム男爵令嬢は、特に反応がなかった。……ユレンスタム男爵令嬢も、ダンスが得意なのかしら。


「そうは言っても、皆は特進クラスなんだ。他のクラスよりはある程度、ワルツの技術も高い方が格好がつくだろうな」


 揶揄(からか)うように釘を刺すルドヴィーグ先生に、ほっとした顔をしていたメンツが、気まずそうに目を泳がせていた。


「今日は、ナチュラルターン、クローズドチェンジ、リバースターンの3種類の足形を使って、楽しく音楽に乗る練習をします。ホールドの組み方が分からない人はいますか? ……はい、いないようですので、まずはナチュラルターンから」


 ベドジシュカ先生が、エルヴィーン先生に指示を出しながら、二人でホールドを組んで実演する。

 流石に上手かった。動きも滑らかで優雅……やっていることは基礎の基礎だけれども、見るだけでも楽しい。顔がニマニマしてしまう。

 先生達は次に、ホワイトボードで足形の説明をした後、ホールドを外した状態で、何度か実演してくれた。


「何度かシャドー……ホールドを組まずに、一人で足形を練習してから、二人で組んでやってみましょう。慣れてない人は、まずは上半身は考えずに、足だけ練習してみてください」


 ベドジシュカ先生が手を叩いて、それに合わせてのシャドー練習が始まった。

 私は、特進クラスなのに意外と動きがおぼつかない人がいることに驚いた。これくらいは、皆できると思っていたけれども……いや、多分、私がダンス好きすぎなのだ。私を基準にしたらだめだ。

 よく見ると、マクマホン卿もぎこちない動きをしている。彼も、ダンスに興味は無さそうだものね……。


 一方で、私の相手のバジョット卿は、無駄のない動きで3つの足形をこなしていた。優雅にダンス……というよりは、きびきびとした軍隊っぽい動きだ。


「お上手なのですね」

「…………いや」


 褒めたのに、何か緊迫した顔で固い返事をされてしまった。どうしたのだろう。


「それでは、ホールドを組んで、練習してみてください」


 ようやく二人で組んでの練習だ! チラリとバジョット卿を見上げると、青い顔をしていた。


「……? バジョット卿?」

「…………いえ、あの。すみません」

「まだ何もしてませんよ? ホールドを組みましょう」

「……」


 何、どうしたの。こちらが不安になってくるんだけど。


 バジョット卿は、何かを決意したように、苦虫を噛み潰したような顔で私とホールドを組んだ。


「……行きます」

「は、はい」


 先生が、手を叩いている。バジョット卿が、足を踏み出す。私はそれについていく。


 ええと……。


 全くリードがなかった。


「いたっ」

「す、すみません」


 そして、足形を間違えたのか、即、足を踏まれた。


「あの、バジョット卿……」

「…………すみません」


 なんと、まさに体育会系という見た目で、戦闘能力随一のバジョット卿は、社交ダンスが苦手だったらしい。


 赤くなって俯いている彼を見て、私もしばらく目を丸くしてしまう。

 そのうち、つい、くすりと自然と笑みが溢れた。


「……やり返してるんですか」

「え? あの」

「さっき、揶揄(からか)うなと言っていた」


 目を瞬く私に、バジョット卿は気まずそうに目を逸らす。


「いえ、少し意外で。バジョット卿は、運動が得意だと認識していましたので」

「……」

「シャドー練習は完璧でしたし。あまり女性と組んで練習されていないのですか?」

「……女性と組む、というのがどうにも苦手で」


 ふむ、と私は考える。おそらく、一人での練習は黙々とこなしていて、ペアを組んでリードするということに慣れてないタイプなのだろう。足形を間違えたところから、緊張もしているのかもしれない。


「私はいないものとして、シャドー練習のまま踊ってみませんか?」

「シャドー練習のまま?」

「はい。私は勝手についていくので、私の存在は無視してください」


 無視……と呟くバジョット卿と、私はホールドを組む。

 よくよく見ると、バジョット卿は、ホールドを組んだだけで赤くなったり青くなったりしていた。


「無視ですよ、無視。目を瞑っていてもいいくらいです」

「……そ、それが難しい」

「それとも、あえて私に揶揄(からか)ってほしいんですか? エルが褒めてたから凄い人なのかと思っていたのに、大したことないのかしら」


 あえて意地の悪い顔をしてバジョット卿を見上げると、彼はむっとした顔をする。促す私に、バジョット卿は、意を決したように歩みを進めた。


 私に対する敵愾心(てきがいしん)からか、バジョット卿は、シャドーの時と同じようにきっちり型通りに踊れていた。

 バジョット卿の歩幅が広いから少し大変だけれども、足形が決まっているのだから、ついていくのはさほど難しいことではない。さっきと違って、二人で難なく指定の足形をこなすことができた。


「……できた」

「はい。元々できてましたし、簡単だったでしょう?」


 自分で驚いているバジョット卿に、私は嬉しくて微笑む。


「何回かやってみて慣れてきたら、次はリードしてほしいです」

「リード……」

「バジョット卿は、戦闘訓練で個人戦をするとき、重心の置き方等で相手の動きを読むのではないですか」


 バジョット卿は、ここで戦闘訓練の話が出ると思っていなかったのか、目を瞬く。


「それは、そうですね」

「社交ダンスでは、女性側がそれをします。だから、いつもと逆で、ちょっと早めに、動く気配を見せてください。」

「普段隠しているものを見せるのか。難しいな」

「武道が得意な方は、ダンスも上手いそうです。すぐ慣れますよ」


 にこにこ微笑みながら言う私に、バジョット卿が毒気を抜かれたような顔をする。


「ブランシェール公爵令嬢は、もしかしてダンスがお好きなのですか?」

「はい、とっても!」

「ああ、どうりで……」


 首を傾げる私に、なんだかバジョット卿が赤い顔をして目を彷徨わせている。


「どうかしましたか?」

「いえ。ちょっと待ってください、落ち着きます」

「? はい……」


 謎の休憩に、私は不思議に思いつつも、バジョット卿の指示を待つ。

 その後、何回かシャドーのような二人ダンスを繰り返した後、不意にバジョット卿がリードをしている気配を感じるようになった。


 戦闘訓練に例えたのがよかったのか、凄く受け取りやすいリードで、私は目を丸くする。もはや、さっきまでの下手っぷりはわざとだったのではないかと疑うくらいだ。――楽しい!


「凄いわ! さっきまでと全然違います。踊りやすい」

「……ブランシェール公爵令嬢のお陰です」

「そんなことないです。ちょっとコツを伝えただけなのに……才能がおありなんですね」

「ありがとうございます」


 はしゃぐ私に、バジョット卿が素直にお礼を言った。

 驚いて彼を見上げると、なんだか耳まで赤くなっている。そ、そんなに照れられると、私も照れてしまう……。


「――お二人は急に上達しましたね」

「ルドヴィーグ先生」

「組み合わせが良かったのかな。そろそろ助言しようと思っていたんだが、その必要はなさそうだ」

「バジョット卿は、少し緊張されていただけみたいです。とってもリードが上手いんですよ」

「うん、ブランシェール公爵令嬢も踊りやすそうにしていたね。バジョット卿は、後半は色々な人と組んで、とにかく慣れるようにするといいよ」

「……ありがとうございます」


 若干嬉しそうなバジョット卿を見て、私も嬉しくなる。


「ブランシェール公爵令嬢には、言うことはないかな。割と練習しているんだろう?」

「はい。あまりダンス特化の筋肉をつけすぎたらだめからって、むしろ練習時間を制限されてるんです……」

「おや、可哀想に。じゃあ、この授業をしっかり楽しんで。後半は、足形制限なしに色んな人と組んで踊れるからね」

「はい!」


 そう言うと、ルドヴィーグ先生は次の組の助言に向かってしまった。


「後半」

「音楽にのって、自由にダンスするんでしたよね」

「……ブランシェール公爵令嬢。よかったら、後半も私と――」



「――そこまでだ、バージル」



 急に、バジョット卿の言葉が遮られた。


 エルがバジョット卿の肩に手を置いていた。彼を見る目があまりに冷たくて、私は目を瞬く。


「それ以上はだめだ。自分でも分かってるだろう」

「……はい」

「シェリー、そろそろ後半らしいから、こっちにおいで」

「えっ、エル? バジョット卿、ありがとうございました」


 私はお礼もそこそこに、エルに連れられてバジョット卿から引き剥がされてしまった。


「エルの前半のレッスンは……」

「全部こなしたよ。ベドジシュカ先生も、指導することがないってさ」

「そ、そう……」


 ということは、ユレンスタム男爵令嬢も、難なくこなしたということだ。


「それより、シェリーはバージルとの距離が少し近いね。気をつけた方がいい」

「そうかしら? どちらかというと、言い合いになりがちだし、仲が良くない方だと思うけれど……」


 首を傾げる私に、今度はエルが何とも言えない顔をする。


「また無自覚なのか……」

「?」

「……いや、うん。どうすればいいのか、僕にもちょっと分からないから、少し考えさせて」

「……? はい……」


 よく分からないけれども、エルは困っているようだ。

 そんな私達を見ながら、ソフィアがくすくす笑っている。


「殿下、回収係お疲れ様です。大変ですね」

「……君も分かってるんだよね。相手も分かってる。なんで本人がさっぱりなんだ?」

「そりゃあ、他の令息と接触しないよう誰かが操作してたから、経験と認識が足りないんでしょう」


 ソフィアの言葉に、エルは憮然とした表情になる。


「操作?」

「何でもない。君は無垢なままでいてくれ。僕がなんとかする」


 やはりよく分からない。私が首を捻っていると、ベドジシュカ先生が生徒皆に呼びかけた。


「はい、では後半に移ります。後半は、足形に制限はありません。色んな人と組んで、踊ってみてください。3分刻みの音楽を20分程度音楽をかけます。半数ずつ踊りますので、残りの半数の皆さんは、他の人の踊りを見て勉強してくださいね」

「難しいステップを踏もうとするより、相手と音楽に乗ることを意識して。基本の足形でいいから、リードとフォローを大切にな」


 先生達がそう言うと、生徒達は割と賑わいながら、ペアを作っていった。クラス内に婚約者がいる人達は婚約者同志で組んだので、それ以外の人達が相手を探しているような状態だ。

 バジョット卿は、ユレンスタム男爵令嬢と組んだようだった。見てはないけれども、おそらく彼女は下手ではないので、バジョット卿のいい練習になるかもしれない。


「シェリー、他の男ばかり見ないで」

「……エルったら、最近そんなことばかり。そんなにやきもち焼きだったの?」

「12歳の時から、僕はやきもちばっかりだよ」

「ええ?」

「でも、そうだね。僕は君を頑張って射止めないといけないんだっけ」


 悪戯をするような顔でエルは私に向かって手を差し出す。


「お嬢さん、踊っていただけますか?」

「……なんだかずるいわ」

「そう?」


 差し出された手に、私はドキドキしながら手を添えて、ホールドを作る。


「王子様みたい」

「本物だった気がするけどなぁ」


 音楽が鳴って、ダンスが始まる。初心者向きのゆったりした、キラキラしたロマンチックな曲だった。

 私とエルは王太子教育、王太子妃教育でいつも一緒に踊っているから慣れたものだ。

 前半に基礎練習をしたからか、ナチュラルターンから始まって、基礎的な足形でくるくると会場を回る。エルはダンス好きの私のためにダンスを猛特訓してくれているから、組んでいてストレスが全くない。楽しい!

 あんまり私がニコニコしているので、エルが悪い顔をして、難しめのステップをほいほい入れ出した。何を! とついていく私に満足したのか、するっと見栄えのするスローアウェイ・オーバースウェイなんかを入れてくるので、見学組の生徒達から、わっと声が上がった。


「エル、調子に乗ってるでしょ」

「分かる?」

「ええ。だって楽しい!」


 私が喜ぶのを分かっているのだろう、エルはとうとう難しい足形どころか、手を高く上げて私をくるっと回転させたり、ホールドを外してくるくる回転させたりと遊び始めた。広い体育館で、半数しか踊っていないからなせる技だ。

 私が回転する度に、ダンス練習用のドレスの裾がふわりと円を描いて、見ている生徒達から歓声が上がる。


「ワルツの基礎授業なのに、怒られちゃう!」

「じゃあ止めようか」

「意地悪!」


 じゃれるような会話をしているけれども、難しい足形を入れたり、くるくる回したり、全部アドリブだから、私達はもの凄く踊りに集中していた。

 好きで沢山練習している私だって、エル以外とはこんなふうには踊れない。――エルがいてくれるから、こんなにも楽しい。


 曲が終わって、手を離してくるりと回転してお辞儀をすると、先生達も見学組の皆も、拍手で迎えてくれた。


「……終わっちゃった」

「僕とはいつでも踊れるんだから」

「そうね」


 いつでも踊れる。次がある。


 そのことが、なんだかこの上なく嬉しくて、エルの耳元で、他の人に聞かれないように小さく「好き」と囁いておいた。

 エルは耳に手を当てて顔を赤くしながら、「いつも落とす側の僕が落とされる……」とモゴモゴ呟いていた。



 その後、エルは何人もの女子生徒にせがまれて、くるくる回転を何回もやっていた。

 それを見た私は、翌朝までエルに怒っていた。とんだやきもち焼きは私の方だった。



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