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悪役令嬢は大嫌いな残念王子に籠絡される  作者: 黒猫かりん
第2章 ときめき学園ラブリー生活
21/84

21 部活と隣国の悪役令嬢



 入学から1ヶ月、そろそろ入る部活を決める時期だ。




 意外なことに、エルが入ったのは料理部だった。


「料理だけは、城の皆が何故かやらせてくれなかったんだよね」


 運動系の部活からお誘いがかかっていたし、クラスメート達にも散々、運動系の部活に一緒に入ろうと勧められていたのに、誰も勧めない料理部に入ったエルに、誰もが目を丸くしていた。

 確かに、第一王子を厨房には入れないかもしれないけれども……そういえば、エルはあまり人の意見に左右されない人だって、バジョット卿も言っていたような……。


 エルは周りの反応を全く気にしていないようで、私に初めて作ったというクッキーをくれた。とっても美味しくて、それを伝えると、エルは私に満面の笑みで抱きついてきた。ばかばか。




 私はというと、射撃部に入った。


「……誰を仕留めるの?」

「そんなことしないわ!?」


 エルにも、ソフィア達にも、両親にも兄弟にも、なんなら国王陛下と王妃様にまでそんなことを聞かれた。私ってそんなに誰かを()ってしまいそうな顔をしてるの?



「私もこの部活に入った時、そんなことを言われたなぁ」


 ふふ、と笑ってそう言ったのは、セラフィナ=セリュツキー先輩だ。高い位置で一つにに結ばれた黒髪に長いまつ毛、白い肌にぽってりとした唇が印象的な、艶やか美人な先輩なのである。

 セラフィナ先輩は隣国の大臣の娘で、留学に来ているのだという。


「セリュツキー先輩は、今年辺り、国に帰ってしまわれるんですか?」


 部活見学の時にそう聞くと、セラフィナ先輩はくすりと笑って答えてくれた。


「いいや、私はちゃんと3年間この学園に通う予定だよ」


 それを聞いて、私は射撃部に入ることにした。


 そう、私はセラフィナ先輩に憧れて、この射撃部に入った。

 セラフィナ先輩が射撃する姿は、とてもとても美しくて、私はその姿を見て一目惚れしてしまったのだ。



 射撃部は、遠くの的に物を当てるのであれば何でもあり、という緩い部活だ。

 だから、銃を使っていたり、魔力をただ固めて当てるだけだったり、フリスビーを投げていたりと、人によって獲物は様々だ。


 そして、セラフィナ先輩が使っていた獲物は弓だった。


「私の国にはね、弓道っていうのがあるんだ」


 そう言って、セラフィナ先輩は、実際の弓と矢で、『弓道』の作法での射撃を見せてくれた。隣国の伝統衣装であるハカマを着て行うその射撃は、大変神秘的で美しかった。


「私もハカマ、着てみたいです」

「フィリーが欲しいなら、いい感じのを売ってくれる商人を紹介するよ?」

「ありがとうございます!」


 ちなみに、セラフィナ先輩は、私と同じで得意は闇属性。どうやら、ニューウェル卿の言っていた『学園にもう一人だけいる闇属性が得意な生徒』とは、彼女のことだったようだ。

 それでセラフィナ先輩は先日、同じ闇属性仲間として、闇魔法で弓と矢を作っての射撃も実演もしてくれた。


「実際にね、弓と矢の仕組みを理解していると、こうやって形状模倣する時も強いんだよ」


 セラフィナ先輩は、ただ棒状に作った闇物質と、弓と矢を正確に模倣した闇物質の両方を宙に浮かせる。的は、割と大きめな石材だった。

 棒の方は、放たれた後サクッと石に刺さって、でもそれだけだった。

 一方、模倣の弓によって宙から放たれた闇物質は、同じ距離から打ったのに、石材を大きく破壊した。


「凄い!」

「私が闇物質を操る力は変わらないからね。弓で弾いた分の力が追加されて、こういう差が生じるんだ。弓の構造がしっかり理解できていて初めて、威力が出るんだよ」


 少し照れたようなセラフィナ先輩がまた可憐で、私はますます先輩に夢中になってしまった。罪作りな先輩である。






「――ところで、セラフィナ先輩は、どうして留学を選んだんですか? 先輩の国にも、サンタウェルス学園がありますよね?」

「フィリーちゃん、その話は……」

「ああ、いいよテレーザ。別に隠してる訳じゃないし。結構有名な話になっちゃってるしね」


 セラフィナ先輩の友人のテレーザ先輩が静止したけれども、セラフィナ先輩はそれに構わず、話をしてくれた。


「サンタウェルス学園には、中等部っていうのがあってね。11歳から14歳までの3年間、通うことになってるんだ」

「はい」

「それで、その卒業パーティーの会場でね、私、婚約破棄を突きつけられたんだよね」

「!?」


 ど、どういうことなの。そんなことってあり得るの?

 婚約破棄を、人前で、しかも全く関係のない式典中に?

 驚きすぎて、頭がついていかない。


「その……よほど何か、確執が?」

「うーん、なんかね。私の従姉妹と恋仲になったらしくて」

「恋仲」


 しかも、元婚約者側の浮気が理由だった。

 もはや理解を超えていて、私は相当変な顔をしていたと思う。


「私の元婚約者は、とある侯爵家の令息だったんだけど。『マリーをいじめたお前は悪役令嬢だ! お前との婚約を破棄して、マリーと新たな婚約を結ぶ!』って会場で叫んだのよね。中等部に通ってる間二人はずっと一緒にいて、私がいじめる隙なんてなかったはずなんだけど、不思議よねぇ」


 けらけらと笑うセラフィナ先輩に、私はなんと言ったらいいのか分からない。


 婚約破棄……悪役令嬢……。

 脳裏に浮かぶのは、エルが襲撃時に盾にした長編恋愛小説。

 私もその手のお話は、まあ、正直嫌いではない。でもああいうのは、物語だから許されるのであって、現実に持ち込むのはちょっと……。


「そうしたらね、うちの国の第4王子が、この時を待ってたって言いながら、私にその場でプロポーズしたの」

「へ?」

「第4王子も同級生なんだけどね。卒業パーティーで私を断罪する計画のこと、知ってたんですって」


 混沌としてきた。隣国は大丈夫なのだろうか。


「……ではセラフィナ先輩は、今は第4王子殿下の婚約者なのですか?」

「いや、まさか!」


 セラフィナ先輩が笑いながら、意地の悪い顔をして私の方を見た。


「実はね、ラファエル殿下が助けてくれたんだよ」


 私は目を丸くする。

 隣国の話なのに、なぜここでエルが出てくるのだろう。


「ラファエル殿下はちょうど視察に来ていて、中等部の卒業パーティーにも参加してたの。それで、付き添いの第3王子と一緒に『事前に知ってたなら止めろ』って介入してくれたんだ」


 去年、隣国でそんなことしてたの……。

 しかも、私が思ったことを言ってくれていて、妙に気持ちがスッキリする。


「すっごく格好良かったんだよ。『第4王子の求婚を蹴ったらこの国には居づらいだろうから、うちの国においで』って言ってくれた時も、それはスマートで。中等部の令嬢達の心を軒並み奪っていたね」


 ――軒並み。ふぅん、初耳です。


 私は、胸の奥がチリチリと焼け焦げるのを感じる。


 もちろん、当時仲が悪かった私にそんな話をしたら、さらに仲が冷え込んだであろうことは想像に難くない。

 けれども、知らない彼のことを、しかも沢山の令嬢の心を奪っていたなんてことを、他の人から聞くのは嫌なのだ。エルの馬鹿。


 不満と動揺を隠せない様子の私に、セラフィナ先輩がくすくす笑う。


「大丈夫だよ、フィリー。その後ラファエル殿下は中等部の令嬢達からひっきりなしにダンスに誘われてて大変そうだったけど、誰に言い寄られていても、大好きな婚約者がいるんだって公言して憚らなかったんだから」

「えっ」

「だから、うちの国の令嬢達の間ではフィリーは有名人なんだよ? あのラファエル殿下に愛されてる女の子だって」


 真っ赤になった私を見ながら、セラフィナ先輩は楽しそうにしている。

 テレーザ先輩は私の様子を見て、感心したように息を吐いた。


「フィリーちゃんが知らなかったってことは、ラファエル殿下はこの話、セラフィーに気を遣ってきっと誰にも話してないのね。もちろん、国王陛下や関係者は知ってるでしょうけど……」

「そういうところがモテるのよねえ」

「本当。怖い人だわ」


 その話を聞いて、私は一抹の不安を覚える。


「……セラフィナ先輩は、ラファエル殿下のことがその……」


 私の質問に、セラフィナ先輩が噴き出す。


「ないない! もー、大丈夫だよフィリー! 全く、可愛いんだから」


 セラフィナ先輩が、震えている私をぎゅっと抱きしめてくれる。

 大きな胸に包まれて、私は今度は違う意味でドキドキしてしまった。


「フィリーちゃん大丈夫よ、セラフィーにはもう婚約者がいるんだから」

「えっ、そうなんですか?」

「まだ候補だけどね。ええとね、その時ラファエル殿下の付き添いやってた、うちの国の第3王子」

「!?」


 目を丸くする私に、テレーザ先輩までけらけら笑っている。


「びっくりするわよねぇ。なんでそこ!? みたいな」

「求婚された私もびっくりしたわ。第4王子と第3王子、兄弟で女の好みが一緒なんだねー」

「本人がこんなこというから、ツボっちゃって」


 あんまり二人が笑うので、私も一緒に笑ってしまう。


「でも、王子殿下の婚約者候補の方が、王子殿下を置いて留学していていいんですか?」

「そこはね、ラファエル殿下が頑張ってくれたの」


 またエルが出てきた。大活躍だ。


「第3王子は当然だけど、私の留学に反対してたらしいんだ。でもね、ラファエル殿下が跳ね除けてくれたの。『あんな婚約破棄をされて、第4王子の求婚を蹴って、その上第3王子から求婚されたら、国内の貴族で彼女に求婚できる人なんていないじゃないか。彼女にも選択肢を与えるべきだから、一旦うちの国に連れて行く』ってね」


 …………? 私は、うちの国の第1王子殿下と強制的に婚約を結ばされて、他に選択肢なんかなかったような気がするんだけど……。エル?


「それで、私の父と協力して国王陛下に取りなしてくれたから、無事に国を脱出できたんだよ」

「脱出って、セラフィーったら国外逃亡犯みたいね」

「全くよ。何の罪での逃亡犯なのかしらね」

「それはもちろん、美しすぎる罪でしょ」

「大犯罪じゃないの」


 テレーザ先輩の言葉に、セラフィナ先輩はからからと笑っていた。その姿も美しくて、私は割と冗談にならないなと思いながら引き続き傾聴する。


「そっか、私が大罪人だったから、追手もしつこかったんだね」

「追っ手ですか?」

「うん。ルーカスのこと」


 ルーカスって、隣国の第3王子殿下のお名前だったような。


「フィリーちゃんあのね、ルーカス殿下ったら凄かったのよ。手紙に贈り物は毎日だし、護衛を貼り付けて挙動を定期報告、ついでに事あるごとにセラフィーを連れ帰ろうとしていてね」

「あれはもうね、人攫いの域よ。流石に怒ったら、本人が直接来るようになってさ。あまりに視察と称した訪問回数が多くて、ラファエル殿下ったら、あいつは視察の専門家になる気かって言うのよ」


 その言いように、私も吹き出してしまう。

 言われてみれば、隣国の第3王子殿下は去年、頻繁に我が国に視察に来ていて、付き添いに駆り出されたエルがげんなりしていた覚えがある。

 ……彼はきっと、今年も頻繁に来るんだろうな。


「それで結局ね、セラフィーもなんだかんだ絆されちゃったって訳」

「ちゃんと毅然とした態度はとったんだよ? 正式な婚約はこっちの学園を卒業した後しか認めない、王子妃教育を受けさせたいなら家庭教師を派遣しなさい、それでもよければって条件を出してね。こんな流れだったから、私は3年間、セイントルキア学園に通う権利を確保できてるんだ。婚約者候補っていうのも内々の話でそんなに広まってないし、気楽なものだよ」

「なんだか、凄いお話です……。正式な婚約はお嫌なんですか?」

「うん。正式に婚約しちゃうと、流石に国に連れ戻されちゃうから」


 そういうと、セラフィナ先輩は、私の顔を見て優しく笑った。


「ラファエル殿下の国をしっかり見てみたかったんだ。後、殿下の愛しのフィルシェリー嬢にも会ってみたかった」

「……セラフィナ先輩」

「ふふ。フィリーは可愛いね」


 照れてる私の頭を、セラフィナ先輩が撫でてくれる。


「セラフィナ先輩、ちゃんと卒業までいてくださいね。急にいなくなったら嫌です」

「フィリーが毎日好きって言ってくれたら、どこにも行かないんだけどなぁ」

「セラフィナ先輩、好きです!」


 満面の笑みで(じゃ)れあう私達を見ながら、テレーザ先輩は呆れたように笑っていた。



「闇属性が得意な者同士って、どうにも仲がいいのよねぇ」



 これもまた、巷でよく言われている、実しやかなジンクスだった。






********************






「そういえば、私が射撃部に入った時は、色んな人に、()()()()を仕留めるつもりなのかって散々止められたのよね」


 黒い笑みを浮かべているセラフィナ先輩に、私は震える。

 その笑顔、闇属性っぽい!


「でも、心配されてもねぇ。あの二人、既にけちょんけちょんになってて、私が手を下す隙なんか全然ないんだよ」


 セラフィナ先輩に対して婚約破棄を突きつけた侯爵家の長男は、実家に勘当・廃嫡されて、平民となったそうだ。

 セラフィナ先輩の従姉妹の令嬢も、右に同じく。

 そして、何故か二人してセラフィナ先輩の実家に何度も突撃を繰り返し、最終的に島流しになったらしい。


「ラファエル殿下に留学の話をされたのは、あの二人の目の前だったんだけどねぇ。なんでまだ私が実家にいると思い込んでたのかな」


 不思議そうに首を傾げるセラフィナ先輩は、やっぱり艶っぽくて綺麗だった。


 私が男だったら、先輩を逃さないのに。

 その元婚約者は、なんで先輩との婚約を破棄しようとしたのだろうか。


 世の中には不思議なこともあるものだ。





*********************





 後日、私はエルに、「私には選択肢がなかった気がするんだけど?」と聞いてみた。


 それに対して、エルは爽やかな笑顔で「僕はシェリーが絡むと欲深くて最低なんだよね」と幸せそうに答えた。


 その返答に微妙な顔をしていたら、エルが私を抱きしめながら、「好きだよ」「僕だけのシェリー」「愛してる」と沢山愛の言葉を降らせてきたので、まあいいかと思って私からも抱きついておいた。

 結局、私はエルに甘いのだ。





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