19 日直と赤い彼
「闇……闇……闇……」
「落ち着いて、フィリー。そろそろこっちに帰ってきてほしい」
ソフィアに引き戻されて、なんとか私は現実に帰ってくる。私は翌日になっても、昨日の属性検査の結果を引きずっていた。
「ソフィアぁ……」
「もう、諦めなさいよ。やっぱり暗躍して、政敵を潰しまくる運命なのよ」
「やめて! そんな殺伐とした王宮はいや」
涙目の私に、エルがくつくつと笑いながら近づいてきた。
落ち込んでいる私に気を遣ったのか、今日はエルの周りに人だかりはなかった。
「何をするにしても、シェリー自身が暗躍することはないかもね」
「でしょう!? もう、本当に嫌になっちゃう」
「まぁまぁ。核石は何にするか決めたの? 紫色ならなんでもいいんでしょう?」
「……アメジスト」
「愛の守護石だね。僕との真実の愛を深めたいの?」
「恋愛の悪酔いから身を守るためです」
拗ねたようにエルを見ると、エルは両手を上げて降参した。
属性が分かったので、精霊学で精霊召喚を行う予定の日までに、普段身につける宝石を用意しなければならない。
この宝石は、生涯のパートナーとなる精霊を召喚するための核石となるもので、魔法を使う者は日常的に身につけるから、指輪にする者が多かった。指輪なら付け外しもしやすいし、鎖を通して首から下げることもできる。そして、ピアスよりも大きくて失くしづらいし、ネックレスのように引きちぎれることもない。
皆入学時から台座は用意していて、乗せる石を決めるだけの状態になっているから、さ来月には精霊召喚を行うこととなっていた。
「エルは何にするの?」
「僕は全属性だから、ダイヤモンド一択だよ」
「ああ、また高級な宝石ですね。殿下は王族だから、金銭的に困ることもなくていいですけれども」
「そうだね。というか、なんだか両親が気合いを入れまくってて、正直引いてる……」
げんなりしているエルに、私は笑う。
「陛下達も喜んでらっしゃるのね」
「喜びすぎだよ。今からフルオーダーじゃ、さ来月の授業に間に合わないって言ってるのに、やっぱり台座から見直したいって職人にゴリ押ししてるし。……本当に、僕にこれ以上変なオプションが付くのは勘弁してほしいんだけど」
エルは、自分が全属性だったことがお気に召さないらしい。もっと地味に生きたいからだそうだ。エルの人生は、地味とはかけ離れていると思うけど……本人が願うことは、自由だものね……。
「ソフィはやっぱりエメラルド?」
「ええ。ふふ、私のも愛の石よ。お揃いね?」
「やだ、ソフィに言われたらドキドキしちゃう」
ソフィアがしっとり笑うから、私はなんだか心臓が変に鼓動を早めてしまう。
「なんだか妬けるなぁ」
「エル」
「……殿下も本当に嫉妬深いですよね」
「シェリーは僕の世界の中心だからね」
エルは何を言ってるのだ。本当に、もう。もうもう。
「嬉しそうな顔しちゃって」というソフィアに、私は何も言えなかった。
「――日直の人、担任が呼んでるよー」
「えっ、あ。私今日、日直だわ」
クラスメートに呼ばれて、私は慌てて振り向く。
そういえば、私は今日の日直に当たっていた。
このセントルキア学園では毎日、クラス内の男女が順番に日直として選ばれていて、日誌の記載や担任の先生のお使いなど、毎日のクラス雑務を行なっている。ただし、名前順にすると、どの学年でも決まった家の子ばかりが組まされてしまうということで、一巡する度に、担任がくじ引きをしながら決めているそうだ。
私はこの習慣に正直、少し驚いた。日直なんて年に4、5回しか回ってこないというのに、くじ引きまでする意味はあるんだろうか。
不思議そうにしていると、ソフィアがこっそり裏話を教えてくれた。
実は、15年前に、苗字の綴りが近いとある二人が、仲が悪いのに毎回日直で組まされるのが嫌だと大暴れしたのが原因らしい。
しかもその二人というのは、現ダンフォード公爵と、当時のイーグルトン公爵令嬢(現ダンフォード公爵夫人)。なんと、原因となった二人はずっと問題児で卒業までずっと仲が悪かったのに、なんだかんだ、現在は夫婦になっているらしいのだ。
なお、昔から学園にいる先生達にこの話をすると、皆遠い目をして、震えながら何も教えてくれないらしい。怖い。
「行って来るわね」
「行ってらっしゃい、シェリー」
「行ってらっしゃい」
二人に見送られて、私は担任クリフトン先生のところに向かう。
「――あ」
「……」
廊下に出たところで目についたのは、赤い影。
本日のもう一人の日直である、バージル=バジョット卿だった。
バジョット伯爵家の四男で、短い赤毛と、橙色の目が印象的な、まさに体育会系といった長身の令息だ。
「……バジョット卿も日直、ですよね。一緒に行きましょう」
「……ああ」
緊張してつい無表情で話しかけてしまう。
いけない、私が無表情だと、素敵な威圧感が出るって王妃教育の教師に言われているのに……!
私が彼を睨んでいると誤解されたのか、バジョット卿がふい、と目を逸らした。私は項垂れる。
私は実は、バジョット卿が苦手だった。なぜなら、私は彼に、たいそう嫌われているからだ。
「……あの、バジョット卿は、何属性だったんですか?」
「……」
返事がない。
私はため息をつく。
バジョット卿が私を嫌っている理由は、なんとなく見当はついている。
バジョット卿は、エルと一緒に剣や体術の授業を受けるために呼ばれた令息の一人だった。
バジョット伯爵領から王都までは距離があるから、王都に2ヶ月滞在しては、2ヶ月戻るといったように常に授業に参加していた訳ではないようだったけれども、それを12歳のころから2年以上繰り返しているので、エルと彼の付き合いは割と長い部類に入るだろう。実際、二人はかなり仲が良い。
それなのに、私と彼とは学園入学まで顔を合わせたことはなかった。
何故なら、私はそれまでエルを嫌っていて、剣の鍛錬を見に行ったことは一度もないからだ。――他の令息の婚約者達は、たまに応援がてら、差し入れをしていたというのに。
「バジョット卿は、剣の授業で成績トップだったと、ラファエル殿下から聞いています」
「……」
当時エルが、彼は逸材だとはしゃいでいたので、私もなんとなくバジョット卿のことを覚えている。
確か彼は、国王陛下の近衛頭である父親を自慢に思っていて、自分も王族の近衛になるべく、小さな頃から研鑽を積んできたのだとか。
「……私に気を遣うことはありません」
「バジョット卿」
「殿下はあなたに甘いですが、私は急に手の平を返したあなたを信用できない。それだけです」
……彼の気持ちは、当然だと思う。私だって、自分でもちょろいというか、最低だなと思ったし。
エルに好意を持つ者ほど、今までの私の対応を知っていると、今の私の態度に納得がいかないのだろう。
「バジョット卿は、ラファエル殿下のことがお好きなのですね」
「好き……というか、尊敬しています」
「尊敬。同い年で?」
「歳は関係ありません。あの方は凄い方です」
そう言うバジョット卿の目は、なんだか輝いていた。
「……エルと同じ目をして言うのね」
「?」
「ラファエル殿下がバジョット卿の話をするときも、同じ顔をしてました。きっと凄い兵士になるって、なんだか興奮していて」
それを聞いたバジョット卿は、若干赤くなって目を彷徨わせている。
「……殿下は、自分も才能をお持ちなのに、周りのことを認めてくれる、稀有な方です。昔、誰かに助言されたとかで」
「助言?」
「全てを自分がやらなくても、優秀な人材を集めればいいと教えてもらったそうです。だから、他人の抜きん出た才能を見つけると、嫉妬どころか嬉しくて仕方ないんだとか」
え? それって昔、どこかで聞いたような。
「あの殿下に影響を与えた方ですから、さぞかし素晴らしい方なのでしょう。意外と殿下は頑固で、あの方に何かを納得させるのは大変なことですから。一度会ってみたいものです」
「……そうですか」
――気まずい。
その助言の主が誰と決まった訳ではない。
でもなんだか、私のような気がする。そんな感じの大変偉そうなことを、エルに対して宣った記憶が、まざまざと思い浮かぶ。
いや待った、私の言葉だって後半は父様からの受け売りだったし、むしろエルは父様から直接そういった話を聞いたのかもしれない。きっと私が、とんだ自意識過剰なのだろう。
そう思い直してみるけれども、どうにも落ち着かない。どうしよう。よく分からないけれど――なんだかとても恥ずかしい。
「……? ブランシェール公爵令嬢、どうしましたか」
「えっ? あの、何か」
「顔が赤いです」
指摘されると、もっと顔に熱が籠ってしまう。わざわざ、言わなくてもいいのに!
「そ、そんなことないです」
「いえ、やはり赤いです。体調が優れないのでしょうか」
「そんなこと言ったらバジョット卿だって、さっきエルが褒めてた話をしたとき、ちょっと赤くなってました」
「え!? いえ、そんなことはありません! ブランシェール公爵令嬢ほどではありません!」
「わ、私だって別にそんなに赤くなってません! しつこい男の人は嫌われますよ!」
「別にあなたに嫌われても構いませんが! 職員室につきましたよ!」
「そうですね!」
謎の言い合いに発展してしまった私達は、勢いよく職員室のドアを開ける。
あまりに激しく扉を開けたため、職員室内の先生達が皆驚いてこちらを見た。
「……!? ど、どうした二人とも」
「別になんでもありません!」
「呼ばれたから来ただけです! クリフトン先生はどちらですか!」
私とバジョット卿の勢いに、声をかけてきた扉近くの席の先生もたじたじだ。
「私はこちらだ」と言うクリフトン先生の声が聞こえて、私達はずかずかと、やはり勢いよく先生の前まで突き進む。
「……ブランシェール公爵令嬢、バジョット卿。二人とも、真っ赤だけど、走ってきてくれたのかい?」
無垢な瞳で尋ねるクリフトン先生に、私達は流石に反論できずに、悔しそうな顔をしてあらぬ方向を見る。
「……走ってきました」
「そうです、走ったんです……」
涙目になりながら、なぜか阿吽の呼吸で嘘をついた私達に、クリフトン先生は呆れたように呟いた。
「なんだか仲がいいんだねぇ」
「「よくありません!」」
「……ああ、うん。まあいいんだけど。このレジュメを、クラスの皆に配っておいてくれるかな。明後日までの宿題なんだ」
「「分かりました……」」
意図せず返事が揃ってしまって、私達はなんとも言えない顔でお互いを睨む。
戸惑ったように私達を見るクリフトン先生は、耐えきれなくなったように、ぽろりと質問を口にした。
「……仲がよくないの?」
「「よくありません!」」
「そ、そう……分かったよ」
その後、「よろしくね、廊下は走っちゃだめだよ」と言うクリフトン先生に見送られながら、私達は今度はゆっくりと職員室を出た。
「――ブランシェール公爵令嬢。このレジュメは私一人で運びますから、もういいです」
「えっ、そんな訳にはいきません」
「いえ。今のあなたと一緒に戻ると、ラファエル殿下に殺されかねませんので、私は一人で戻ります」
「わ、私が悪いみたいに言わないでください」
「そんなことは言ってません。……私もムキになりすぎました。すみません」
私は目を瞬く。いつも私にツンケンしてくるバジョット卿が、先に折れてくれるなんて思わなかった。
「……意外です」
「喧嘩を売ってるんですか」
「いいえ。……大人だなと思って」
今度はバジョット卿が目を瞬いた。
「自分が恥ずかしくなりました。……エルが怒るかどうかはよく分からないですが、このレジュメ、お任せしていいですか?」
「……はい。私の言い出したことですから」
「ありがとうございます。さっきはごめんなさい。よろしくお願いしますね」
嫌われているからと苦手意識ばかりが先に立っていたけれども、バジョット卿はやっぱりいい人なのだろう。
私は、謝罪の意味も込めて、笑顔で持っていたレジュメを彼に渡す。
まじまじと私を見ていた彼は、手にレジュメの重みを感じた途端、我に還ったように我に返ったように私から目を逸らした。
「……では、先に行きます」
「はい。また、教室で」
「……はい」
そう言うと、彼は私と目を合わさずに、そのまま教室に去っていってしまった。
去っていく彼の耳は赤くなっていたけれども、私はそのことに全く気が付かなかった。
(少し、間を置いて帰らなきゃ……)
そう思って、ふと、窓の外をに目をやる。
――なーん。
そのとき、なんだか可愛い鳴き声が聞こえた。
廊下は走ってはいけません。




