18 魔法属性検査
今日は魔法属性を検査をする日だ。
なんとなく、クラスの皆の気持ちが浮き足立っているのを感じる。
魔法を使う者にとって、得意属性が何か、というのは重要なことだ。
今後の自分の魔法修練の指標になるし、進路にも大きく影響してくる。
魔法は基本的に、火属性、水属性、地属性、風属性、光属性、闇属性の6属性に分けられる。
一般的に、最初の4つの属性を得意とする者は多いが、光属性や闇属性を得意とするものは少ない。また、火属性が得意なものは体育会系だとか、水属性が得意な者は冷静だとか、血液型占いのような実しやかなジンクスも存在している。
なお、基本の6属性に加えて、聖属性というのが存在する。
聖属性を持つのは、世界に1人しか存在しないと言われる聖者か聖女のみで、この適性がないと、治癒魔法を使うことはできない。
ここ200年間、聖者も聖女も現れていないらしく、毎年の属性検査に、各国も期待をかけているようだった。
精霊学のネストリヴェル先生が、生徒達を順番に、教壇まで呼んでいる。
魔法属性の検査をする魔道具は意外と高価で、学園にも3台しかないらしい。そして今日は、1台を皆で使い回すと聞いている。
検査が終わった者は、「火属性だ! やった」「地属性か……」など、悲喜交々に騒いでいた。
「聖者……聖女かもしれないけど、僕は平民じゃないかと思うんだよね」
「エル」
「貴族は皆、学園で検査を受けるだろう? それでも見つからないってことは、検査を受けてない者にいるんじゃないかな」
その考えにも、一理はあるけれども。
「私はそうは思いません」
「というと?」
「平民の方が、怪我をしたりすることって多いでしょう? 聖者様や聖女様が平民だったとして、一生治癒魔法を使わずに、誰かに知られずにいられるかしら」
魔法を正式に習っていなくても、属性適正と魔力さえあれば、感情によって魔法は発動してしまう。
治癒魔法を使えると自分で分かっていて、大っぴらに使わず、誰にもばれずにいるというのは、魔法の基礎を習いもしない平民に可能なのだろうか。
「ブランシェール公爵令嬢は面白いことを言うんですね……」
「マクマホン卿」
エルの友人で、マクマホン侯爵家の三男、マイルズ=マクマホン卿だった。確か、魔法学や小魔法の細かい制御が得意で、エルと12歳の時から一緒に勉強してきたと聞いている。
しかし、変わった風貌の御仁だ。艶々サラサラの焦げ茶色の髪の毛は、前髪だけ妙に長くて、いまいちその目を見ることができない。でも、チラチラ垣間見えるベリー色の目は、なんだか変わった色で、とても気になる。
「シェリー、あんまり他の男を見つめるのは感心しないなぁ」
エルがぐいっと私の肩を引き寄せる。しまった、気になりすぎて、長いこと真っ直ぐに彼の目を見つめてしまった。
マクマホン卿も、前髪で良く見えないけれども、なんだか焦っているようだ。
「ブランシェール公爵令嬢は、その、お噂どおりお美しいのですね……」
「えっ? あ、あの……」
う、美しい!? そういえば、社交デビューはまだだし、同年代の男性に褒められたのは、エル以外では初めてかもしれない。
「――マイルズ、分かったよ。僕が王になった時の最初の勅命は、『マイルズの首を取ってこい』にする」
「ラファエル殿下、勘弁してください……」
マクマホン卿は、落ち着いているように見えて、若干震えている。
満面の笑みを称えたエルを、私は呆れつつ見上げた。
「エル、私はそんな暴君とは結婚しません」
「もちろん冗談だよ、シェリー。僕達は仲良しだ。な、マイルズ」
「……はあ。もう、ブランシェール公爵令嬢のこととなると、相変わらずなんだから……」
疲れたような顔をして、マクマホン卿が私に向き直る。
「それで、ブランシェール公爵令嬢は、聖女はどこにいると思うんですか……?」
「どこに?」
「平民にはいないと思っていらっしゃるんでしょう? やっぱり、200年、聖者も聖女も生まれてないのでしょうか……」
「そうですね。……生まれていない、とは限らないと思います」
「ほう……」
興味深そうに、前髪の奥のベリー色が輝く。私は顎に手を当てて、思ったことを口にしてみた。
「検査をしていない国もありますが、私は聖者様や聖女様が見つからない理由が、検査漏れだとは思っていません。先ほど言ったとおり、その力の性質上、無意識に隠し通すことは難しいと思うからです」
「はい……」
「もし、聖者様や聖女様が途切れなく存在しているのであれば、この200年間で、少なくとも二度は代替わりをしているはずです。その全員が、国からその身を隠す理由も、今のところ思い当たりません」
「そうですね……」
「だから、もしかしたら、本人も周りも気がついていないんじゃないでしょうか」
マクマホン卿は、ぱちくりと目を瞬く。
「魔法属性検査をしていても……?」
「はい。本人も、周りも、その人が聖属性の適正を持つ人だと気が付かない」
「――一定条件を満たさなければ、聖属性の適正が発現しない?」
私の言いたいことを言ってくれたエルに、私はこくりと頷く。
「そしてこの200年、聖者も聖女も、生涯、その条件を満たさなかったってことかな?」
「はい。それなら、聖者や聖女が私達の前に現れなくても無理はないかと思います」
「ふむ。その理屈だと、一定条件を満たすことで聖者や聖女になれる者――候補は、一人ではない可能性もあるね」
「ああ、それはそうかも」
思いつきで話を盛り上げていく私達に、マクマホン卿が興奮したように話しかけてくる。
「――なるほど、面白い発想です。私は将来的に、聖者や聖女を探すため、平民にも属性検査を施すべきだと思っていましたが、もしのその仮説が正しければ、なんの意味もない大規模事業になってしまうな……。それで、ブランシェール公爵令嬢は、その条件とは何だとお思いですか?」
私は困ったように首を傾げる。さらりと髪が揺れた。
「流石に、そこまでは。エルは王族として、何か聞いてないの?」
聖者や聖女が現れた場合、その存在は国が管理するから、一番接する機会が多いのは王家だろう。
「聞いてないなぁ。いかんせん、直近の聖女が亡くなったのが200年前だし、最後の何代かは他国の人だから、情報が少ない。ただ確かに、ここ2、3代は治癒魔法を使ったことで発覚したケースばかりで、魔法属性検査で聖者や聖女が見つかったって話は聞いてないな」
「ふむ。もう少し、文献を調べた方がいいかもしれませんね……」
「マイルズ、このテーマを第3学年での卒業論文にしてもいいんじゃないか? 父さん達も多分喜ぶ」
「このアイディアを最初に考えついたのは、ブランシェール公爵令嬢です。人の手柄を取るなんてできませんよ……」
「私は、きっかけを作っただけです。ここから先は、分野に強い方の調査や検証が必要ですわ。マクマホン卿が、それを担ってくださるなら、私は嬉しいです」
にっこり微笑むと、マクマホン卿は、また慌てたような焦ったような素振りで、前髪の奥のベリー色を彷徨わせていた。
目をぱちぱち瞬いてそのベリー色を見つめていると、後ろからぐい、と肩を引き寄せられる。エルだ。
「僕以外の男を惑わすなんて、シェリーは悪い子だ」
「エル?」
あれ、なんだかエルの目が笑ってない。顔は微笑んでいるのに、どうしたことだろう。
「はあ、全く……私はここらで失礼します……。ブランシェール公爵令嬢、この件について、また是非お話ししましょう……」
「はい。よろしくお願いしますね」
「シェリー、よろしくしなくていいから」
そう言うエルは、なんだか機嫌が悪そうだった。
「エルったら。どうしたの?」
「シェリーが他の男に笑いかけるから」
「エルのお友達だもの。当然でしょう?」
「……まあ、そういうことなら、仕方ないけど」
ちょうどその時、ラファエル殿下、とネストリヴェル先生がエルを呼ぶ声がした。
拗ねた顔をしているエルを送り出して、私はソフィア達のところに向かった。
「ソフィ、どうだった? もう終わったんでしょう?」
「フィリー。私は風属性だったわ。フィリーはどうなの?」
「私はまだなの。風って、ソフィっぽいわね。穏やかな感じがぴったり」
そう言う私に、一緒にいたリサリー=リバーフィールド侯爵令嬢と、クリスティアナ=クーガー侯爵令嬢が同意してくれる。
「フィルシェリー様もそう思う? 私達もそう言ってたの!」
「私、ソフィア様は絶対風属性だって、予言してたんですよ?」
「……全く。皆、属性占いに振り回されすぎよ」
呆れたようなソフィアに、私達は笑いをこぼす。
「二人はもう終わったの?」
「はい。私は火属性でした」
「リサは情熱的だものね。私は水属性でした。私って、とても冷静ですから」
4人でくすくす笑い合っていると、教壇の方から、ワッと歓声が上がった。
「あれって、あなたの殿下じゃないの?」
「エル? どうしたのかしら」
ざわついていてよく聞こえないけれども、みんな興奮してしているようだ。
「――全属性だ!」
誰かが叫んだその言葉にぎょっとして、クラスメート全員が、教壇の方に目を向ける。
「快挙です! ラファエル殿下、素晴らしい。20年ぶりの、全属性です、おめでとうございます!」
「……ありがとうございます」
全属性!? 凄い凄い! 流石、私のエル!
そう思ってエルの方をみると、ネストリヴェル先生の賞賛を受けているエルは、なぜか困った顔をしていた。嬉しくないのだろうか。
「シェリー、ただいま」
「お帰りなさい。エル、おめでとうございます」
「殿下、おめでとうございます」
「……ありがとう」
次々に贈られる賛辞に、煮え切らない反応をするエル。私は首を傾げて問いかけた。
「エルは、嬉しくないの?」
「……そんなことはないけど」
そう言うと、エルは珍しく静かになってしまった。これは後で話を聞かないと、と思っていると、ユリアネージュ=ユレンスタム男爵令嬢が教壇に呼ばれる。エルが、眉を顰めて教壇に意識を向けたことに、私は気が付いてしまった。
「ユレンスタム男爵令嬢は、何属性なのかしら」
「……うん」
気もそぞろな返事に、私は黒い感情が湧いてくることに気がついた。
なんだろう、エルがユレンスタム男爵令嬢のことを考えるのが、とても嫌だ……。
「――光属性です」
ネストリヴェル先生の言葉に、ユレンスタム男爵令嬢は、ほっとした顔で頷いた。
光属性が珍しいからか、ネストリヴェル先生は、ユレンスタム男爵令嬢に嬉しそうに話しかけている。
エルは、なんだか拍子抜けのような顔をして、教壇を見ていた。
「エル?」
「――聖女じゃないのか……」
「……」
ムカムカする。何なの。そんなに彼女が気になるの。
――彼女を、排除すれば、こっちを見てくれるの?
「シェリー?」
ぎゅううう、とエルの手を両手で握りしめた私に、エルは驚いて目を見開く。
私はぷんぷんしながら、エルに文句を言った。
「エルのばか。エルのばか。エルのばか」
「え、何。どうしたの」
「知らない。嫌い」
「えっ、僕に死ねってこと?」
「そんなのだめ! でも嫌い」
非常に怒っている私に、エルが慌てている。
その様子を見かねたのか、ソフィアがエルに声をかけた。
「……殿下、この子は嫉妬深いですから。よそ見はだめですよ」
「嫉妬なんかしてないもの。ソフィの意地悪」
「やだフィルシェリー様、可愛い……!」
「私、もっとフィルシェリー様のこと好きになりましたわ!」
リサリー様とクリスティアナ様が、私に抱きついてくる。
エルも抱きつきたいのか、涙目でぷんぷんしている私を物欲しそうに見ながら、「シェリーごめんって」と謝罪を繰り返していた。ふんだ。
「ブランシェール公爵令嬢、君の番だ」
ようやく呼ばれた私は、一人教壇に向かう。
およそ皆、検査が終わっているようで、私の検査を興味津々で眺めている者が多かった。
「こちらに右手をおいてください」
そう言って、ネストリヴェル先生は、石板のようなものを差し出す。
中央に右手の形の絵が描かれていて、その絵の上に、色が違う7つの魔石が埋め込まれていた。
「魔力を込めると、自分の得意属性の魔石が光るようになっています。では、どうぞ」
私は右手を石板に当てて、魔力を込める。
何色が光るんだろうか……。
ドキドキしながら魔石を見つめていると、右から2番目の魔石が強く輝いた。
え、あの、その魔石は。その色は……。
「――闇属性です!」
ええええ。
闇って、あの闇? 闇属性が得意な人は根暗だとか陰険だとか、色々言われちゃってる闇属性?
「これも珍しい! 闇属性が出たのは5年ぶりです。いやぁ、今年は豊作だ!」
ネストリヴェル先生は喜んでいるけれども、私は全然嬉しくない。
エルは全属性で、ソフィアは風属性で、……ユレンスタム男爵令嬢は光属性なのに、私は闇属性なの?
クラスメート達も、なんと言ったらいいのか分からない、という顔をして、静かに私と先生を見つめていた。まさか、表舞台を歩む者しかいないであろう特進クラスから、闇属性が得意な者が出るとは思っていなかったのだろう。私もそうだ。
私は悲しくて、うぐぬぬぬ、という顔をしてエルとソフィアを振り返る。二人は困ったように肩をすくめていた。
「闇属性は、隠密行動向きの貴重な属性なんですよ!」
「私が隠密行動することって、あまりないと思います……」
ネストリヴェル先生の嬉しそうな声が、教室に響き渡る。
その明後日の方向の誉め方に、もっと悲しくなってしまった。
先生、隠密行動する公爵令嬢って一体何ですか。
あれかしら、政敵や恋敵に対して、裏でこそこそ嫌がらせをしろってことなのかしら……。
「……こんなに豊作でも、やっぱり聖属性は出ないんだな」
傷ついてる私をよそに、ネストリヴェル先生が、残念そうにぽつりと呟いた。
第一王子は相当心が狭い模様。




