番外編 幸福の白うさぎ
「そういえば、頬のお兄さんって本当は何て名前なんですか?」
「もう頬のお兄さんには突っ込まないぞ。その話は置いといて、俺の名前はノアだ」
「ノア、いい名前ですね」
「へへっ、サンキュ」
王都の門まで、ノアとセシルとうさみみの三人で歩いている最中だ。ふいにセシルが手を上げる。
「はいはーい、私の名前は何でしょうか?」
「ごめんなさい、分からないです。セシルとか知らないですね」
「合ってるよ! セシルで合ってるよ!」
「それはそれは」
うさみみが、いい感じにセシルの扱いに慣れてきた。それを見てノアはくすくすと笑ってしまう。
「ちょっと、何笑ってるんですか!」
「ごめんごめん、あまりに二人のやり取りが面白くて」
「むぅー、なんか気に障りますけど、まあいいです」
「これでいいんだよ」
ノアがセシルの心の複雑さを噛み締めていた、その時だった。
「セシル! 危ない――ッ!」
「え? ――ってわーっ!」
謎の殺気を感じ取ったノアが、セシルに覆い被さるようにして守る。
見回すと、十本ほどの矢が地面に突き刺さっていた。
「ノア、ついに私の処――」
「アホな事言ってんじゃねぇよ! 奇襲だ、奇襲!」
「奇襲って何ですか!?」
「おい、うさみみ! 怪我はないか?」
「私は奇跡的に何も」
「そうか、良かった」
顔を上げると、屋根の上に十人ほどの弓を持った男たちが囲んでいる。
「――なるほど、そういう事か」
「何か分かったんですか、ノア!」
「ああ、分かったとも」
ノアは軽く深呼吸をすると、目つきを鋭くする。
「お前らの目的は、このうさみみだな」
「よく分かってるじゃねぇか。そうだよ。痛い思いしたくなかったら、さっさとそのガキを渡しな」
「ノアさん、なぜ私が狙われているのか分かりませんが、私が目的ならば、私を置いて逃げてください」
「そりゃ無理な相談だな」
「――ッ! なぜですか! 相手は十人、それもかなりの手練です。逃げ切れる筈がありません」
「逃げやしないさ。戦って解決する」
「たった二人で十人相手にですか?」
「サラッと一人と数えられてますけど、私は戦えません。戦力外通告です」
「じゃあ尚更、私を置いて逃げてください」
うさみみの提案をノアは鼻で笑うと、ゆっくり立ち上がる。
「これでも、俺って人間は最強だからな」
「?」
うさみみが眉間にしわを寄せながら小首を傾げる。それを横目に、ノアは屋根の上の男たちへ視線を向けた。
「お別れの挨拶は済んだかな?」
「お別れの挨拶はやってねぇよ。後でじっくり個人的にやってやる」
「どういう事だ」
「言葉通りの意味だ。お前たちに、この子は渡さない」
「つまり、反抗すると?」
「そういう事」
囲んでいた十人の男たちが、突然笑い始めた。
「お前、馬鹿か? 十対一でどう戦うつもりだ」
「まあまあ、いいじゃん。さっさと終わらせようぜ」
「それもそうだな。おい、うさぎには当てるなよ! 斉射てぇッ!」
十本の矢が同時にノアを目掛けて放たれる。その矢はノアの体を引き裂く――筈だった。
「は?」
「ん? 何かしたか? わりぃ、何も感じなかったわ」
「なぜだ! 確実に当たった筈だ! なのになぜ無傷でいられる!」
「それは俺が、世界一の転移魔法使いだからだよ」
「転移魔法使い……まさか、ノアなのか」
男がかすかに声を震わせる。すると、セシルがドヤ顔で前に出た。
「やっと気づいたんですか。この方は今、この国で最も勢いのある天才闇魔法使いですよ。そんな事も知らずに奇襲を仕掛けたなんて、馬鹿ですね」
セシルの発言で、目の前の男がノアだと確定したらしい。辺りがざわつき、全員が一歩後ずさる。
「まじか」
「逃げろ」
「撤退が一番いい」
「俺たち、死ぬのか?」
「うるさい、うるさい! いくら最強の闇魔法使いだろうと、十人相手にゃ手も足も出ねぇ! それにこのチームには、負け知らずの俺がいるんだよ!」
リーダーらしき男が、吹っ切れた様子で叫ぶ。
――お前、顔が引きつってるじゃねぇか。
「飛び道具は効かない。短剣だ! 短剣で一斉攻撃だ!」
「奇襲に失敗した挙句、無策の突撃か。愚かだな」
十人が同時にノアへ斬りかかる。ノアは全てのナイフを転移させると、そのまま拳を叩き込む。
一人の頭に正拳、勢いそのまま二人目の腹に裏拳。
「ぐっ!」
「弱いなぁ」
正拳、裏拳、回し蹴りのコンボが絶え間なく続く。その場はノアの独壇場と化した。
「しゃらくせェ!」
「甘いなぁ」
「なっ、ぐはッ!」
「背後から突っ込めば隙が生まれるとでも? 甘いなぁ」
迫る敵を左肘で払い、その勢いのまま左足の上段回し蹴りを叩き込む。
「そんな、まさか……俺一人しか残ってない、だと……」
辺りには、ノアに倒された男たちが折り重なって倒れている。
「さぁ、どうする。このまま戦って俺にボコられるか、近衛騎士団の御用となるか」
「愚問だな。無理やりにでも、そいつを連れて帰る」
男が帯剣を引き抜き、構える。刀身が青く光り出す。マナを刀身に纏わせ、威力を上げる技法だ。
「どうだ! 俺様の魔法能力はこんな事まで出来るんだぞ! 恐怖に震えて散るがいい!」
たいして火力も出てないくせに、その自信はどこから来るんだろうな――とノアは内心で呟く。
振りかざされた剣が青い光を放ちながら、ノアへと振り下ろされる。そしてノアはその光に飲み込まれて。
「この程度の魔法で、俺を殺せるとでも?」
「なんでだよ! なんなんだよ、お前は!」
「言ったろ、俺は最強の魔法使いだって」
「クソのゴミのカスのバカのザコのクズがぁぁ!」
「あんまり叫ぶなよ、頭痛くなる。それに負け犬の遠吠えを聞いても、あんまりいい気分はしない」
「クソゴミがぁぁ!」
男が剣を無闇に振り回しながら突進してくる。それをノアは冷静な手つきで、首元に手刀を打ち込んだ。
「うぅッ」
「馬鹿だな」
「す、すごい」
「そんな事ないよ」
「さすがはノアですね。今日も完全勝利です」
うさみみが小首を傾げながら、そっと疑問を口にする。
「でも、なんで私が狙われたんでしょうか」
「それはな、君がうさぎ系の亜人だからだよ」
「え?」
「うさぎ系は珍しい上に、一部で熱狂的なファンがいる。その界隈じゃ高値で取引されるんだ。つまりは――奴隷って訳だよ」
「そんな……」
「確か、旅をしてるって言ってたよな。その旅は誰に勧められたものだ?」
「お母様ですけど」
「やっぱりか。同じ場所にずっといると、身元がバレて狙われる。それを防ぐために、住処を転々とする必要がある。それをオブラートに包んだ言葉が、旅に出ろ――だな」
「そうですか」
「怖い話をさせちまったな」
「いえ、自分の状況を知っておくのは大事な事です。大丈夫ですよ」
「そっか」
そう言うと、ノアはまた歩き出す。釣られるように、二人も歩き出した。
やがて王都の門までやってくると、ノアはうさみみに一言告げる。
「気をつけてな」
「はい! ノアさんも、お元気で」
「いつでも、うちを頼っていいからな」
「本当ですか! ありがとうございます、セシルさん!」
「おっ、珍しいな。セシルがそんな事を言うなんて」
「だってこの子が来る度に、ノアにキスできるもん」
「忘れてた……」
三人が軽く笑うと、うさみみが「最後に一言」と前置きする。
「ノアさん。貴方はモテます」
「え?」
「貴方は、結婚したいと思う女性と必ず結婚できます。これだけは、忘れないでほしいです」
「そうか。意味はよく分からないが、覚えておくよ」
「ありがとうございます。それでは、また逢う日まで」
そう言うと、うさみみはノアたちに背を向けて歩き始める。
ノアたちは、その背中が見えなくなるまで手を振り続けた。
ノアは小さくなっていくうさみみの背中を見ながら、ふと思う。あの別れ際の言葉は、一体何だったのかと。
「ノア、何か考え事でもあるんですか?」
「いや、別に。ただちょっと不思議な子だったなってだけだよ」
「確かに変わった子でしたね。でも、悪い子ではなさそうでしたよ」
「それは俺も同意だな」
二人は顔を見合わせて少し笑うと、またいつもの日常へと歩き出した。
十年、誰にも見られなかった男の元に、また一つ、不思議な縁が過ぎ去っていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「良い人達だったなぁ」
とある白いウサギが、ノアたちを思い出す。
「また会えるかな」
とある罪深いウサギが、強欲にも再会を願う。
「――また、やってしまったな」
とある幸福のウサギが、幸福そのものを憎み、悔やみ、悲しむ。
「もう、やらないようにしよう」
とある因幡の白ウサギが、不幸を対価に、幸福を与え続ける。
その正体を知る者は、まだ誰もいない。
続きが気になったらブックマーク、面白かったら下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります!




