エピソード2 美鈴
その気持ちに気付いたのはいつの頃だろう?
目を閉じて思い返せば、あの暑かった夏休みの一日。
大きな入道雲の横で、あいつと影法師をやったあの日からかも知れない
『ね、いちあ?』
舌ったらずな声で、2つ年上の一也へ話かける
でも一也は影法師に夢中になっていて、私の声なんか届いていない
『いちあ〜!』
駄々をこねる様に一也を呼ぶと、一也はめんどくさそうに『何だよ』と私を見下ろした
『のど渇いた!』
『ん? うん、そうだな』
一也は頷き、私を置いて歩き出す
『い、いちぁ!?』
『ハァ……着いて来なよ』
振り返った一也は、やっぱりめんどくさそうにそう言った
家の近所にある駄菓子屋。一也は慣れた手つきで、冷蔵庫からラムネを2本取り出す
『ばーちゃん。ラムネ2本ね』
『はいよ、200万円ね』
『はい、200万億』
100円玉を冷蔵庫の横に置き、一也はラムネを一本私に渡してくれた
『いちあーありがと!』
『うん。……出来る?』
ビー玉をあっさり瓶へ落とした一也が、悪戦苦闘している私の顔を見て言う
『できる!』
一也に手伝って貰うのが何だか凄く恥ずかしくて、まだ一度も自分で開けた事がないのに、私は必死にビー玉をキャップで押す
『んっ〜〜〜あ!?』
瓶の水滴で手が滑り、私はラムネを落としてしまった
瓶で出来たラムネは簡単に割れてしまい、シュワシュワと地面に吸い込まれる
『あ……あう……』
一也に買って貰ったラムネ一口も飲まないで無くなってしまった。どうしよう、怒られる
私は怯え、恐る恐る一也の顔を見上げた
一也はムスっとして、一言も喋らない。私はいよいよ泣きそうになって、俯いてしまう
そんな私に一也は自分の飲んでいたラムネを差し出して
『ほら、飲めよ』
と、気まずそうにそれだけを言った
私は殆ど無意識に頷き、ラムネを両手で受け取る
『……いいの?』
『……いいよ』
照れ臭そうに顔を背ける一也
それが子供心に、とっても可愛く見えて……
『……飲んだら瓶片付けるぞ』
『うん!』
おばあちゃんにホウキとチリトリを借りて瓶を片付けていると、地面に落ちていたビー玉がコロリと転がった
私はそのビー玉を手に取って覗く。ビー玉は太陽の光を反射して淡く光った
『……きれぇー。これ貰ってい?』
『うん……』
何を思ったのか、一也は私が飲み終えたラムネの瓶を手に取り、地面を使って足で割った
『い、いちあ?』
『ほら、色違い!』
一也は、やっぱりなっとニッコリ笑って私にそのビー玉を渡す
『やるよ、美鈴』
『あ、あ……りが……と』
自分でも安い女だなぁって呆れちゃうけど、私は多分この時、この年上で無愛想な幼なじみに恋をしたんだと思う
『よし、じゃ次は24時間耐久鬼ごっこだ!』
『む、むりだよ、いちあ〜』
その日は夕暮れまで一也を追いかけた
そんな暑い夏の日の単純な思い出
その時貰った二つのビー玉は、今でも私の小物入れの中で仲良く寄り添っている