一人目:過去の女
「森崎先ぱーい」
学校への通学途中、遥か後ろから声がする
この悩みのなさそうな声は奴か
「おーい、せんぱーい」
声は段々と近付き、ついには俺のすぐ後ろに迫った
「……理名」
半分呆れながら振り返る
「お早うございます先輩」
「アアオハヨウ、キョウモスガスガシイアサダネ」
「ぅぅ、感情が篭って無いです」
「朝っぱらからお前に会ってしまったから、テンション下がった」
ふぅ、とため息をつく
「ひ、酷いです。流石に傷付けつきます」
「そうか?」
理名はヨヨヨと泣く真似をする。古典的だ
「今日は七海先輩と一緒じゃ無いんですね」
「アイツは風邪で寝込んでるよ」
「え? 風邪!! お、お見舞いに」
理名は来た道を戻ろうとする
「バカ、学校が終わってからにしろ。今来られたらアイツも迷惑だ」
「あう……分かりました、放課後にします」
「ああ、そうしろ」
しょんぼりとする理名
この理名とは小学校の頃、同じクラブに所属していた先輩後輩の仲で、去年迄は俺の彼女だったりもする
二年の交際。それなりに上手くいっていて、キスまでは進んでいたのだが、同じく理名と小学校からの付き合いだった七海に、いつの間にか取られてしまった
まぁ別にケンカ別れした訳じゃないから、多少気まずいながらも仲良く話している。不思議な関係ではあるな
「そっか、風邪かぁ……なら明日のライブ無理かな」
「残念だったな、また今度にしろ」
「いいえ! 先輩の仇を討つためにも私行きます! このチケットを取るためにどれ程苦労したと思っています? 例え雨が降ろうともゴキブリが降ろうとも私は行きます!!」
ゴキブリ……俺だったら無理だ
「がんばれ」
「はい!」
理名は力強く頷いたが、横目で俺を見る
「ん? どした」
「い、いえ別に何でも……ないです」
「うん? ……ところでそのライブって誰のライブ何だ?」
「え? これはスカルクラッシャーって海外の」
「スカルクラッシャー!!」
理名の言葉が終わる前に俺は叫ぶ
「ハードコア系のバンドで日本では数年に1度しかライブせず、そのチケットは数分で完売すると言うあれかー」
形容しがたい何者かに説明しながら理名の両肩に手を置いて、ガタガタと揺さぶる
「は、はい、い、せ、せんばい、い、い」
「ど、ど、ど、ど」
「せ、先輩?」
「どうしてそれをお前が!!」
「うわ!? え、えっとハガキを一杯出して抽選で当て」
「エロい!!」
「え、えろ?」
「もとい、偉い! よくぞ俺の為に手に入れてくれたな!」
頭をグシャグシャと撫でてやる
「あわ、あわわ」
「明日の何時に出発だ! てか場所は!?」
「ろ、6時に横浜なので3時には出発予定で」
「よし、明日2時に電話する! 七海の風邪が治れば俺が一緒に行ってやる」
「あ、あの、風邪が治れば七海先輩が一緒行けるのでは……」
「バカモノ!!!」
「ひぅ!?」
理名は頭を抱えてしゃがみ込む
「風邪を拗らせてしまうだろう? これは兄の優しささ……」
「先輩……」
理名はキラキラした目で俺を見上げた
「さぁ、理名。学校に遅れてしまうよ? 早く行こうではないか」
理名に手を伸ばす
「はい、先輩!」
手を取った理名はニッコリと笑った
「しかし、棚からボタモチって奴だなぁ。まさか生スカルが見れるなんて」
「先輩が喜んで下さると、私も嬉しいです。七海先輩には申し訳無いのですけれど……」
「お土産買ってやろう」
「はい。…………ふふ」
理名が軽く笑う
「どうした?」
「いえ、先輩とデートって久しぶりだなって」
「何すっとぼけた、ひょうきんな事を言いやがる。久しぶりも何も俺達は……」
「はい?」
理名は何のてらいもなく、俺を見上げた
「俺達は……何でしょう?」
コイツ、まさか……
「お、俺達ってまだつき合ってるんだっけ?」
「…………え?」
理名は戸惑いと、不安が混ざった目で俺を見る
「いやだって、最近……てか半年ぐらい会って無かったし、恋人っぽい事もしてなかった気が……」
「ほぼ毎日会ってるじゃないですか。それに……嫌がるから……」
「嫌がる?」
「前にベタベタするの嫌だって。それに電話すると直ぐ七海先輩に変わるし……」
理名は少し拗ねた風に言った
「え? あれって俺にかけてたのか?」
「全部が全部じゃないですけど……5回に1回ぐらいは」
俺は五分の一か
「悪かったな。てっきり七海に乗り換えたのかと思ってた。アハハ」
「アハハって、七海先輩は女性じゃないですか! いくらなんでも目茶苦茶ですよ!!」
珍しく理名が怒っている
「ま、まぁ、言われてみれば……って事は理名は俺に遠慮してたって訳か?」
「え? ええ。先輩にって言うよりかは七海先輩にかな……」
「七海に?」
「あ、いえ、その……と、とにかく! 先輩と理名はまだ全っっっ然別れてませんよ!!」
「そ、そうか」
「危うく過去の女にされる所でした……」
「いや、なんかごめん」
「別れたいと思ったらキチンと言いますから……。先輩もそうして下さい」
「別れたい」
「ええ!?」
「冗談」
「せ、せんぱい!」
それから適当に理名をからかいつつ、学校へと着く
「それでは先輩」
「ああ。それじゃな」