【ヴィオル視点】褒め殺しか……!
セレン嬢がずいっと身を乗り出してくるから、俺はクッキーをしっかり両手で持ったまま、ちょっと仰け反ってしまった。そんなに顔を近づけずともちゃんと聞こえている。
「しばらくは主が同行するとちゃんと言った筈だと思うが」
「そう仰ってはいたけれど……たくさんご迷惑をおかけしたから、もう愛想をつかされているのではと思っていたの」
ううむ、どうやら先日の討伐は『かなり派手な失敗』として分類されてしまっていたらしい。
「ヴィーのおかげで、ヴィオル様が褒めてくださっていたというのは理解できたけれど……元々ヴィオル様もとてもお忙しい方ですもの。国防の要を担うお方に、あまり無理を言って困らせるのも申し訳なくて」
「いいんじゃないか? 気分転換になると考えれば。別に困っている様子はなかったぞ」
「……甘えてしまっていいのかしら」
「菓子のひとつでも差し入れてやれば充分だろう。むしろ楽しんでいるのだから存分に甘えればいい」
「まぁ、そんな言い方をしては主様に叱られてしまうわよ」
可愛く笑ってセレン嬢が俺の頭を手のひらで包むように撫でる。耳の付け根あたりをじっくりと撫でられると、気持ちよさで思わず目を閉じてしまいそうになるんだが。
セレン嬢、どんどんナデナデスキルが上がってきてるんじゃないか?
目を細めてその感触を享受していたら、セレン嬢がいきなりとんでもないことを言い出した。
「……ヴィオル様って、本当に素敵な方ね」
「!?」
急にそんな事を言われた俺は、ビックリのあまりバッと顔を上げてセレン嬢を見上げる。
「どうしたの? 目を丸くして」
「い、いや、急にス、ステキとか言うから」
「まぁ、貴方のご主人様はとても素敵な方よ」
「そ、そうか……」
急激に恥ずかしくなって、俺はセレン嬢から視線を外し、クッキーをガツガツとむさぼり喰った。
褒められるのは嬉しいがある意味死ぬほど恥ずかしい。
なんかこういたたまれないから、さっさとクッキーを食い終えて防護壁を教える時間に移行したい。
そんな俺を優しく撫でながら、セレン嬢はゆっくりと語り出す。
「最初にヴィオル様に家庭教師を紹介して欲しいとお願いした時にはね、本当はダメで元々だと思っていたのよ」
そりゃあそうだろう。目指す内容がかなり無謀だったしな。
「だってヴィオル様は人嫌いで有名だったし、ヴィオル様にとってはデメリットはあれどメリットがある話でもないでしょう? こんなに良くしていただけるなんて、思ってもみなかった」
確かに、俺だってなんでこんなことになっているのか自分でもわからない。通常だったら一瞥して返事すらろくにしない黙殺するような案件だった。
「なのに貴方みたいに優秀な家庭教師を派遣してくださった上に、今度は未熟なわたくしの討伐訓練に自らつきあってくださるだなんて……なんて優しいお方なのかしら」
「……」
「わたくしのために真剣に服を選んでくださったし、とても参考になるアドバイスをたくさんしてくださったわ。本当に頼りになるお方よ」
「そ、そうか……」
「ヴィーもすごくたくさんの魔術を操るけれど、ヴィオル様も凄かったのよ。ティーカップがないと呟いた途端に、その場でカップを作ってくださったの。もうわたくし、夢でも見ているのかと思ったわ」
まさかセレン嬢が、俺のことをこんなにも好意的に見てくれているとは。
恥ずかしくて、でも嬉しい。しかしめちゃくちゃ照れる。そんな気持ちを必死でこらえていたが、こらえきれない思いが尻尾の先に表れて、たし! たし! と俺のしっぽがテーブルを打つ。
「草原でも眉ひとつ動かさずに魔獣を討伐していたし、凜とした佇まいも落ち着いた声も、すべてが格好良かったわ。なのに」
なのに?
「お菓子を食べている時はとても可愛らしいし、ダンスに真剣に取り組む姿もとても親近感が湧いたわ」
「……それは素敵な点なのか?」
「素敵よ。優しくて頼もしくて格好良くて愛らしくて努力家だなんて、素晴らしいと思わない?」
思わない? と聞かれて、はいと答えられる筈もない。
俺のしっぽはたし! たし! たし! たし!と所在なくテーブルを打った。
「も、もういい、分かった。ありがとう」
「ふふ、どうしてヴィーが照れるの」
暴れるしっぽの先を指先で撫でながらセレン嬢が笑う。しっぽは敏感だからやめて欲しい。
「面と向かってその……あ、主をそんなに褒められると、照れる……」
「まぁ、そうなの? でも本当にヴィオル様は素敵なお方よ」
にっこりと笑われて、俺はもう茹で上がってしまうかと思った。猫で良かった、せっかく好感を持ってくれているというのに、こんな顔、セレン嬢には見せられない。
もはや味もわからなくなってきたクッキーを一気に平らげると、俺はシュッと立ち上がる。
「充分休めただろう、そろそろ防護壁の習得に入ろう」
「ええ! 楽しみだわ」
なぜかスッキリした顔で、セレン嬢も勢いよく立ち上がる。
もちろん優秀な俺の生徒は、防護壁もその夜のうちにしっかりとモノにしたのであった。




