【ヘリオス殿下視点】今さらだけど
三人の令嬢達が優雅に頭を下げサロンの扉から出て行ったのを見届けて、僕は密かに細く息をついた。主旨も分かって貰えたようだし、感触は悪くなかったと思う。
それにセレンが言っていた通り、リンデ嬢もラーディア嬢も安定感がある令嬢達だった。夜会でも何度か話したことがあるが、媚びるでも舞い上がるでも怯えるでもなく、淡々と対応するそつがない姿には自信が見え隠れする。今回のことをチャンスと捉え活かしてくれる可能性が高い。
とりあえず、良かった。
「これまで話したことはなかったが、しっかりした令嬢達じゃないか」
「だねぇ。上手くいくといいね」
アンドルとキッツェも同様の感想を抱いたらしい。二人がそう認めてくれたならば安心感がいや増す。
「ああ、良かった。前向きに受け取って貰えたようだ。僕も安心した」
二人に笑いかけながら、僕も同意した。最初にマシュロ達がマリエッタもサロンのメンバーとして招いてはどうかと言い出したときには「何を言っているんだ」と正直鼻白んだくらいだが、感情に流されず冷静に考えてみて良かった。
むしろマリエッタをメンバーとして巻き込んでしまえば戦力として扱えるし、マシュロ達ももう客人だからと特別扱いはできないだろう。
業務効率もガタ落ちすることがなく、サロンも平和になる。なにより、女性の王宮での進出にひと役買えればこの制度を発起した甲斐もあるというものだ。女性の参画が進めば、人材の幅が一気に増える。セレンはもちろん、王宮で仕官している女性達は優秀だ。男にひけをとるとは思わない。
サロンである程度実務になれておけば、仕官した際に即戦力になれるだろう。
「……?」
その時、マシュロたち四人が連れ立ってサロンを出て行くのが見えた。
ああ、マリエッタを追って出て行ったのか。さっき釘を刺したばかりだと言うのに懲りないな。しかしやるべきことをやってくれれば細かい事を言う気はない、今日の進捗次第か。
それにしてもマシュロは一体どういうつもりなんだろう。先日の夜会の様子を見るにセレンに思いを寄せているように見えたが、普段の態度からはとてもそうは見えない。今もああしてマリエッタに心酔しているように振る舞っているし。
だがもしも、本当にマシュロがセレンのことを思っているとしたら……?
セレンは僕の婚約者だ。もし本当にセレンを好きだとしても思いを遂げることはできないだろう。思いが高じて、マリエッタの夫として傍に居ようと考えているとか。
いや、ないな。
考えすぎだ。あれは傍に居ようと思っている者の態度じゃないしな。僕の思い違いだったんだろう。
僕は事務作業を黙々とこなす傍らで、つらつらとそんな事を考える。
セレンといえば……そうだ、マリエッタに聞いておきたいことがあったんだった。
先日セレンと町を散策してからもう半月ほどが経過した。またしばらくしたら誘いたいし、その時にはセレンが好むような贈り物をしたいと思ってはいるのだが、情けないことに、何を贈れば喜んで貰えるのかすら僕には見当がつかなかった。
どんな花が好きなのか、何色が好きなのか、今欲しいものはあるのか、何に興味を持っているのか……なにひとつはっきりとした答えを持っていない。
集中して仕事に取り組むセレンの横顔を眺めて、僕はひとつため息をつく。
これまで放ったらかしにしてきた報いだな。
セレンの誕生日の度にプレゼントは贈っていたし、婚約者としてやるべきことはやっていると思っていた。だが、セレンのために、セレンが喜ぶものを、と真心込めて選んでいたかと問われると答えに窮するだろう。年齢に即した、女性が喜ぶとされるものを形式的に贈ってきただけだったのだと今ならわかる。
この前セレンと一緒に出かけたとき、色んな品を見つめては嬉しそうに目を輝かせている彼女を見て痛感した。
あんな風に頬を染めて喜んでくれるようなものが、きっとある筈なんだ。
単刀直入に聞くのはなんだか格好がつかない。セレンからさりげなく聞き出せばいいのだろうが、そもそもチャンスが少ない。学年が違うから学園でもそうは会わないし、昼食も一緒にとっていない。これまでまったく休日を一緒に過ごしていなかったから、急にあまりに頻繁に誘うのも気が引ける。
週に二日はサロンで会うものの、皆の居る前で長々と雑談するわけにもいかないし、それなら短時間でうまく聞き出せればいいわけだが、このところ彼女を前にすると緊張するようになってしまった。
割と八方塞がりだ。
それで思いついた。本人に聞けないなら、周りから情報収集すればいい。
今日ならばマリエッタに話が聞けるだろう。以前セレンは、マリエッタが欲しがっているものをマシュロに教えていた。姉妹とはそういう情報を共有しているものなのだろう。
欲しがっているものをこっそり用意して、サプライズで渡すのもいいかもしれない。
その時。マシュロ達がサロンの扉を開けて入って来た。ということは、マリエッタに話しかけるなら今だろう。
僕は上着を羽織ってサロンをあとにした。
ここ数回は殿下の裏目に出る感がすごくて『で、殿下…が、頑張れ』派の皆様に土下座の気持ちで書いてました。殿下…。




