こんな気持ち初めて……!
あああああ〜……
どうしたらいいの。
どうしたらいいの。
わたくしは、ふかふかのベッドの中でひとり、枕を抱きしめたまま身もだえていた。
あの草原で、初めて見る奇妙で恐ろしい鳥の魔獣をなんとか倒したまでは良かったのだけれど、情けないことに腰が抜けてしまったわたくしは、あのあとヴィオル様に町まで運んで貰うという大変申し訳ないことになってしまったのだ。
ウインドカッターを幾度命中させても起き上がって襲いかかってくる鳥の魔獣が恐ろしくて恐ろしくて、戦闘が終わっても涙がとまらなかった。
そんなわたくしをそっと抱きしめ、労るように背中をぽんぽんと叩いてくれたヴィオル様。
その表情が、目が、口元が優しすぎて、わたくしは急に心臓が先ほどの恐怖とはまるで違う、踊るような跳ね方をするのを感じていた。
優しい。
頼もしい。
格好いい。
優しい。
ドキドキばくばくと激しく打つ心臓の音と、視覚の暴力みたいなヴィオル様の優しい微笑みが思考能力を奪って、そんな単語の羅列しか頭に浮かばない。
魔獣の恐怖は去ったけれど、自分の感情の動きの激しさについていけずにわたくしがこんなにも焦っているというのに、ヴィオル様は涼しい顔でさらりとこう仰った。
「そろそろ戻ろう。結構時間が経ってしまった」
一瞬だけれども抱擁されて、わたくしはこんなにもドキドキしているというのに、ヴィオル様にとっては普通のことなのかしら。寂しいような、少し腹立たしいような、そんな微妙な感情まで生まれてくる。
ヴィオル様も少しは、焦ったりドキドキしてくださればいいのに。
そんなわがままなことを考えたりしたから、バチがあたったのだろうか。
「……?」
立とうとするのに、足が立たない。
え? 嘘。……まさか。
何度か立とうと試みて数度続けて失敗したところで、とうとうわたくしはヴィオル様に助けを求める羽目になってしまった。
「どうしましょう……わたくし、腰が抜けてしまったみたいで……立てないのです」
仕方なくそう告白したわたくしを、寸の間微妙な顔で見下ろしたヴィオル様は、無言でわたくしの前に膝をつき、身をかがめて背を向ける。
「……? ヴィオル様……?」
「乗れ。背負って帰る」
「ええ!!!? いえ、いえ、そんな、わたくし」
「考えてみたが他に方法が思い当たらない」
そう言われてしまうと、わたくしには返す言葉がなかった。人目を忍ぶのも、コーヒーカップを作り上げるのも一瞬だったヴィオル様が方法を思いつかないというのならば、本当に無理なのだろう。
ああもう、ご迷惑をかけるにもほどがある。
そう申し訳なく思う一方で、わたくしには別の不安も多々あった。
さっきからこんなにも胸が騒がしいというのに、そんなに密着してしまったら心臓が破裂してしまうんじゃないかしら。
そもそもこんなにバクバクと鳴っている心臓の音って、体を通してヴィオル様に聞こえてしまわない?
それに人ひとりを草原から町の中まで運ぶだなんて、きっととてもとても重いわ。わたくし、ただ自分が歩くだけでもそうとう足が辛かったのですもの。
「こら」
「はい!?」
「色々考えているだろう。他に方法はない、いいから乗れ」
振り向いたヴィオル様が窘めるように言った。なにもかもお見通しなのね、と思ったらわたくしもあきらめがついた。申し訳ないけれど、お言葉に甘えよう。
どうか、どうか、せめてわたくしのうるさい心臓の音が聞こえてしまいませんように……!
「ああ、悪いがバスケットは君が持ってくれ。もうだいぶ軽いから、問題ないだろう」
「はい、もちろん」
「あと、本当にしっかりと掴まっていてくれよ。草原ではいつ魔獣がでるか分からない。このまま戦闘することも考慮している」
「は……はい!」
あくまでも安全面を考慮して、真摯に対応してくださっているヴィオル様の姿に、わたくしは一気に気が引き締まる思いがした。わたくしを背負うせいで魔術の発動が遅くなるかも知れないのだもの。むしろわたくしがよく周囲に気を配って、魔獣が現れたら倒すくらいの気概でいるべきなんだわ。
そう思って、道中は戦闘モードでいられた。
結局あれからは魔獣もでなかったし、ヴィオル様のお邸にも無事に帰還できた。そこからはヴィーに付き合って貰って、なんとか怪しまれずに帰邸もできた。
けれど。
食事を終えてお風呂に入って、自室でゆっくりとくつろげる今になっても、抑えていた胸のドキドキは酷くなる一方で、ついには大人しく椅子に座っていることも出来なくなったわたくしは、ベッドの中で枕を抱きしめたまま身もだえる、なんて情けないことになってしまっている。
そうして緊張感がとければとけるほど、今日一日であった様々なことが思い出されて仕方が無い。そのたびに胸の奥がきゅうっとしまるような、熱く燃えるような、むずむずとむずがゆいような、なんとも言えない気持ちに襲われていた。
わたくしのために手ずからお茶を淹れ、もてなしてくださったわ。
慣れないご様子だったのに、わたくしに似合うものをと一生懸命に服を選んでくださったわ。
わたくしが安全に、けれども多くを学べるようにその身と術をもって教えてくださったわ。
それに。
ヴィオル様の背中、すごく温かくて、すごく安心できた。
頼っていいのだと、許されたような気持ちになって……わたくし、少しだけそっと頬を寄せてしまった。
だって、たくさん的確なアドバイスをくれて、なのにわたくしの気持ちを優先して、信じて、任せて、評価してくださる……あんなに素敵な方、初めてなんですもの。
感想欄に並ぶ「お姫様抱っこ」に、ごめん…(´・ω・`)ってなりながら書いた今回。
いや、だって…魔獣出るかもしれないし…。




