【ヴィオル視点】やっと魔獣のお出ましだ
めちゃめちゃほのぼのした昼食を終えて、バスケットに小皿なんかを片付けているときだった。
人のものではない魔力を感じて、俺は動きを止める。やっと魔獣のお出ましか。待ちわびたぞ。
「セレン嬢、動くな」
「……?」
わけがわからないながらに俺の言葉に従って、セレン嬢はバスケットの中に突っ込んだ手もそのままに、ぴたりと動きを止めた。
今日はセレン嬢が使える魔術だけで魔獣と相対しようと思っていたから、あえて索敵系の魔術は用いていない。それでもやっぱり分かるものなんだな。俺たちの背後から数匹、多分小型のウルフ系魔獣が間合いを計っている気配がする。
多分、丘の向こうにある森から出てきたんだろう、この辺ではちょっと強めの魔獣だ。森とこの丘の中間にあるいくつかの茂みを伝って、密かに近づいてきていたものと思われる。
「ゆっくりとバスケットから手を離し、後ろを見てみろ。ゆっくり、だぞ」
「……はい」
緊張した面持ちで、セレン嬢がゆっくりと後ろを向く。
「な、なにも見えませんわ」
「うむ、だがすでに魔獣が数体、その方向から俺たちを狙っている」
セレン嬢が息をのむ音が聞こえた。そよそよと風が吹き、木の葉のざわめきや風に揺れる草花の揺れる様もどこまでものどかだ。こんな中でも魔獣は襲い来るのだ。ちなみに俺は自身の気配はだいぶ遮断しているから、魔獣にとっては獲物として手頃な人間たちに見えているに違いない。
ご愁傷様、と言ってやりたい。
「君は魔力を感じ取るのはまだ苦手なようだが、魔獣の魔力はちょっと人とは違うんだ。うまく言えないが、なんかこう、チクチクして痛い感じがする」
「そういう感じが、あっちからしているのですね?」
「ああ。これから奴らと戦うわけだが、俺がどうやって倒すかも見て欲しいが、できれば魔獣の魔力も感じ取れるようになって欲しい。中級の魔獣たちと戦うときには、どっちが先に気づくかで戦況が大きく変わることもある」
「……はい!」
「君には強固な防護壁が張ってある。そこでじっとして……見ていてくれ」
「はい」
セレン嬢は若干青ざめ、胸の前で指をぎゅっと組み合わせて祈るように俺を見る。
魔獣の討伐に来ているのだから魔獣と戦うのは当たり前なわけだが、それでもこれから戦闘が行われると思うと怖いんだろう。
その恐怖心も大切だ。
さて、そろそろ始めるか。ウルフたちは襲いかかるきっかけを待っているはずだ。
俺は無言で立ち上がる。
その瞬間を待っていたように、ウルフたちが一斉に俺たちめがけて走り始めた。
「ひっ……!」
セレン嬢の喉から、ひきつったような声が漏れた。ウルフ達って初めて襲われる時って怖いよな。
人間くらいの体躯はあるし、めちゃめちゃ速いし、数頭で襲ってくると初級の冒険者なら下手すると命を落とす……っていうか、戦闘経験がないと大人の男でも一頭のウルフに殺られることもあるくらいだ。
決して油断していい相手ではない。
ただし、どの属性も割とダメージがちゃんと入るから、魔術師としては戦いやすい相手ではある。向かってきているのは四頭。俺ならば本来一撃で倒せるだろうが。
「セレン嬢、怖いだろうがしっかり目を開けておけ!」
「はい!!!」
いつの間にかバスケットをぎゅっと抱きしめて、セレン嬢が涙目のままぐんぐん近づいて来るウルフを見つめている。いい頃合いだ。
「魔術の利点は遠距離から攻撃できることだ」
ひとことだけ告げて、俺は風の刃をウルフに向かって放つ。セレン嬢が現状放てる最大数、二十枚のウインドカッターだ。
ギャウッ、と鈍い声をあげ、先頭のウルフがもんどりうって倒れる。その体にあとからあとから風の刃が襲いかかって、息の根を止める。しかし後ろに続くウルフたちは、一瞬で左右に飛び跳ねて風の刃を躱した。
なかなかいい動きだ。
「右の方が僅かに速いな。倒すならこっちからだ」
間髪入れずに右のウルフにもウインドカッターをたたき込み、その僅かな時間で俺たちまで人二人分ほどの距離まで近づいていた左側のウルフにもウインドカッターをお見舞いする。
「ヴィオル様、上!」
「ああ」
頭上から飛びかかろうとしていた最後のウルフを同じくウインドカッターで切り裂く。
ギャウン! と一声鳴いたウルフは、大股で三歩ほどのごく近い距離に落ちて転がる。既に息絶えていた。
振り返ると、案の定セレン嬢は目に涙をいっぱいに溜めて、ガタガタと震えている。
「血……血が、血が……」
想定通りだ。
魔術学校の初回の討伐実地訓練でもよく見る光景だから分かる。戦ったことのない人間は、初めて間近に戦闘を見るとだいたいこういう感じになる。
だが、特級魔術師になるとはこういうことだ。
魔法防壁を張るだけが仕事ではない。魔獣が増えれば民の安全のために大規模な魔獣討伐を行うことも多いのが俺たち特級魔術師だ。本気で目指すのならば、乗り越えねばならない壁でもある。
「大丈夫か」
それでも、最初は酷な光景なのだと言うことはこれまで見てきた沢山の魔術師仲間の様子で分かっている。俺は、控えめに声をかけた。
「……」
セレン嬢の肩がぴくりと揺れて、彼女の手が自らの胸をギュッとおさえる。すう、はあ、すう、はあ、と何度も息をつき始めたからちょっと不安になってきた。
「だ、大丈夫か?」
まさか過呼吸とか、なんか怖いことになってないよな?




