【ヴィオル視点】これは想定外だ
寝室に入ってすぐ、俺はまた黒猫に変化する。
せっかくセレン嬢を自宅に招いたというのに、世間話のひとつもできず説教だけかましてしまった自分に辟易したり、いやいや、それで良かったんだと納得したり、俺の内心は忙しい。
傍目から見たら黒猫が丸くなって、しっぽの先だけ退屈そうに床に打ち付けているように見えるだろうが、これでも思考だけはフル回転だ。
そういえば、次回からはどうした方がいいのだろうか。
俺の家だとセレン嬢は緊張するだろうし何度も俺の家に招くのもどうかと思う。だが装備を身につけるなり平服になるなり、どこかで着替えざるを得ないわけだ。しかし宿屋かどこかを借りたとしても、セレン嬢はまた金銭的な部分で負担に感じるかも知れないよなぁ。
誰か女性の協力者がいればいいのかも知れんが、やろうとしていることがことだけに、誰かを巻き込むのも気が引ける。きっとセレン嬢もそういう思いがあって、特級魔術師になろうと思っていることをひた隠しにしているんだろう。
うーむ、悩む。
「あの……」
小さな声とともに、軽いノックの音が聞こえて、俺は耳をぴくりとそばだてる。
「ヴィオル様、着替えが終わったのですが」
「ああ、分かった。今ヴィーを行かせる。気をつけて行ってきなさい」
「えっ……」
心持ち重々しく言って扉の前に立ったら、その向こうから困ったような声色が聞こえた。
「? どうかしたか?」
「いえ、このまま行くのでしたら最後にその、ヴィオル様にご挨拶したいと思って。色々ご指導いただきましたし、その、お金も貸していただきますし」
なるほど、確かに。人として正しい。
こんな時一人で二役するのは難しいんだなと思いながら、俺は仕方なくまた人に戻ってから扉を出た。
そして、平服へ着替えを済ませたセレン嬢を見て目を丸くする。
「驚くほど似合っているな」
白いワンピースも、その上に纏った若草色のコルセットも、同じ色の靴も、セレン嬢の清楚な可愛さに華を添えている。恥ずかしそうに頬を染めてうつむいているせいもあってか、貴族然とした優雅さはなりを潜め、草原で花でも摘んでいそうなののどかで可憐な風情だ。
「ほ、本当ですか? 着方はおかしくないですか?」
「いや、多分正しい。可憐でとても可愛らしい」
「あ、あ、ありがとうございます。でもその、スカートが短くて、恥ずかしいのですけれど」
思わず目をやりそうになってギリギリ全力で耐えた。危なかった。
「町娘たちは大概それくらいだ。街にでるならば慣れた方がいい」
「はい……」
「それに、街の外に出たら、あまり長いスカートだと戦闘時に足をとられるからな」
「そうですわね」
慣れなければ、と小さく呟いているのが微笑ましい。セレン嬢は自分なりに納得できる理由であれば、しっかりと受け止めてくれるところが美点だ。
「しかし良かった」
「なにがですの?」
「俺はセンスがないから心配だったが、セレン嬢に似合う物をと思って俺なりに真剣に選んだんだ。結果、とてもよく似合っているから安心した。素晴らしい。似合う。可愛い」
セレン嬢がボッと赤くなる。本当のことを言っただけだから、照れる必要はないんだがな。いつも俺には可愛い、可愛いと挨拶みたいに言う割に、言われるのは慣れていないのだろうか。
その後、結局しどろもどろになってしまったセレン嬢の挨拶を受けてから、俺は寝室でさっと猫になり、まだ恥ずかしそうなセレン嬢を連れて家をあとにした。
歩きなれた道を、しっぽをぴーんと立てて闊歩すれば、セレン嬢は後ろからおどおどした様子でついてくる。家からそこそこ歩いて人も行き交う街中まで来たというのに、セレン嬢はまだ若干頬が赤い。
褒められたのが、そんなに嬉しかったのかと意外に思う。ああでも、セレン嬢は容姿にいつも自信がなさそうだった。一般的に見て可愛いと思うんだがなぁ。やはり妹御の評判が高すぎるのがいけないのか。
これからはちょくちょく褒めよう。
立ち止まって、セレン嬢が追いつくのを待っていた時に、それは起こった。
「可愛いねぇ、君」
「きゃっ」
「道にでも迷ったのか?」
「女のひとり歩きは感心しねえなぁ」
いきなり、若い男達がセレン嬢を囲むように立ちはだかった。
「いえ、わたくし、道には迷っておりませんわ。ちゃんと行くべき場所が決まっているのです」
セレン嬢がばか正直に答えた途端、男共から下卑た笑い声が上がった。
「わたくし、だってよ!」
「どこ行くのー? 俺たちが案内してやるよ」
「離してくださいませ!」
セレン嬢の焦った声を聞いた瞬間、俺の足は地を蹴っていた。
「ニヤーーーー!!!!!」
「痛てっ!!!」
どいつのどこを引っ掻いたのかわからないが、手応えはあった。
足元から飛び込んで、爪をシャキーンと伸ばして男達を足蹴にしながらセレン嬢の腕に飛び乗った。そのまま男達へフーーーッと思いっきり歯をむいて威嚇する。
男達の視線が俺に向いた瞬間に、セレン嬢に姿を隠す術をかけ「逃げろ!」と叫んでから男達に飛びかかった。
男達が不意を突かれ、セレン嬢を囲んでいた輪が綻ぶ。その隙にセレン嬢が震える足で輪から出るのを見届けて、俺は安堵する。その隙があったのが悪かったのか、乱暴な男共に数発もらってしまった。
ちくしょう、人間相手が一番面倒だ。
魔術でぶっ飛ばすわけにもいかないし、街中だと隠密系の魔術をかけるのもタイミングが難しい。なにより、猫の姿じゃ男よけにもならないと分かって、俺は臍をかむ思いだった。
「ヴィー!」
泣きながら駆け寄ってくるセレン嬢を路地に連れ込み、自分にも姿隠しの術をかけてから俺は言った。
「セレン嬢、悪いがもう一回、俺の……主の家まで戻ってもいいか?」




