【リース視点】僕を頼ってくれればいいのに
見てしまった……!
ベンチに座るセレンの目の前で、くるくると巻き上がる木の葉たち。その小さなつむじ風には、色濃く風の魔力の波動が絡んでいた。そしてその波動はつむじ風を見つめるセレンの体から発せられている。
元々セレンは風属性だろうとは思っていたけど、この光景を見て確信する。間違いなく風の魔術の使い手だ。
「……あ」
僕の視線を感じたのか、ふとこちらを向いたセレンと目があった。その瞬間、セレンは居眠りがバレた生徒みたいな、バツの悪い表情になる。
セレンのこんな表情は珍しいな。ちょっと面白くなって、僕はあえて声をかけた。
「セレン、今度は風の魔術かい?」
「ついに見られてしまったわ。いつかはリース様に見つかるような気がしていたの」
「別に隠さなくてもいいじゃないか」
「……だって、恥ずかしいわ。まだようやくつむじ風が作れるようになった程度なんですもの」
居心地が悪いのか珍しくそわそわしている様子だけど、せっかく他のヤツにはない共通の話題をみつけたんだ。少しだけ付き合って貰いたい。
僕は何食わぬ顔でセレン嬢の隣に腰を降ろした。
「またヴィオル師団長にでも習ったの? つむじ風なんかなんの役にも立たなそうだけど」
「いいえ、そういうわけでは……」
なぜか歯切れの悪い返答をするセレンに、先を促すように視線を投げれば、彼女はしぶしぶ話し出した。
「前に疲労回復の魔術を習ったときに、ヴィオル様が……わたくしには風の属性があると教えてくださったの」
やっぱりまたヴィオル師団長か。
兄さんからはコミュ障だと聞いていたが、そんなに会っている様子でもなさそうなのに、どんだけセレンに影響を与えれば気が済むんだ。頼むからおとなしく魔術師塔に篭っていて欲しい。
「それでわたくし、風の魔術ってどんなものがあるのか気になって、調べてみたんですわ」
「ああ、風魔法は幅が広いよね。生活魔法から隠密系から攻撃系まで色々あるし」
使い勝手が良さそうなんだよな。僕は土系だから、風系にはちょっと憧れた。そう言おうと思ってセレンを見たら、彼女は顔を輝かせて「そうなんですの!」と力強く同意する。
「風をコントロールすることで物を浮かせたり、切ったり、音を遠くに届けたり、遮断したり……とにかく色々できそうで、わたくし覚えてみたい魔術をたくさんノートに書き写しましたわ!」
「そ、そう。勉強家なセレンらしいね」
「それでわたくし嬉しくなって、魔力はあるのだからもしかしたら自分でもできるかもしれないと思って試してみたんですわ」
「えっ!? まさか独学!?」
「とっても苦労したのですけれど、ほら、やっとつむじ風くらいなら起こせるようになりましたの」
いやいやいやいや、「起こせるようになりましたの」じゃないから!
僕は慌てた。風系の魔術は特に、素人が手を出したら危ないものだって多い。
嬉しそうに話すセレンは可愛いけれど、さすがにこれだけは看過できない。楽しんでいるところに水をさすのは僕だって嫌だけど……でも。
僕は彼女の安全のために、涙をのんで忠告した。
「セレン、監督者がいるならまだしも、独学で風の魔術をやってみるだなんて危険だ。君だって以前、疲労回復の魔術の出力を誤ったことがあっただろう? 風魔法であんなことになったらどうなるか」
「でも……」
「でもじゃないよ、君や誰かがケガをしてからじゃ遅いんだ。悪いことは言わない、やめた方がいい」
目に見えてセレンがシュンとする。可哀想だけど彼女のためだ。そう思うのに。
「リース様、攻撃魔術のような危ないものは監督者がいるときだけにするわ。そよ風を作るような、生活魔術程度なら問題ないでしょう?」
「なんでそんなに練習したいんだ。別に魔術なんてなくても日常生活で困ることなんてないだろう?」
そういうと、セレンは「困ることはないけれど……」とすごく悲しそうな顔をした。そんな顔をされるとこっちが罪悪感を感じてしまうじゃないか。
「でもわたくし今、風の魔術の練習がとても楽しくて……どうしてももっと上手くなりたいのですもの」
「珍しく食い下がるね。なんでそんなに風魔術に固執するんだい?」
「……笑わないでくださいませね」
僕も折れないと察したのか、セレンが観念したような顔で呟く。その口ぶりから、彼女が秘密を打ち明けようとしてくれているのだと察して、僕は密かに胸が躍った。
きっと、殿下も知らないようなことを話してくれようとしているに違いない。
「夢みたいなことを言って恥ずかしいのですけれど……わたくし」
照れたように視線を泳がせ、それでもセレンは幸せそうに微笑んだ。
「わたくし、空を飛んでみたいんですの」
か、わ、い、い……!!!!
可愛いじゃないか、ちくしょう!
空を飛んでみたい、ってなんだその可愛らしい夢は。
いつも何かに追われてるみたいに、必死に妃教育に明け暮れていたセレンが、こんなに幸せそうに笑っている。このところいつも楽しそうだったのは、そんな可愛い夢のおかげだったのか。
生活魔法でもいい、練習したいという意味が分かった。風が作る浮力を研究して、下から押し上げる力で飛べるんじゃないかと、そういうことを考えて居るんだろう。たしかにそれは楽しそうだ。
「空は……僕も飛んでみたいな」
「でしょう!? 素敵でしょう? 風を上手く操れれば、きっと飛べると思うんですわ!」
興奮気味のセレンにおされ、僕はついに「頑張って」なんて応援する羽目になってしまった。
「もうひとつ大きな目標があるのですけれど、それはまだナイショですわ」
ふふ、とセレンが笑う。
いいよ、いいよ。
もう止めるまい。風魔術がそんなにも君を元気にしてくれているのなら、僕も影ながら応援するさ。セレンが密かに練習している時には、危険が無いようにできる限り見守ろう。
せめて、困った時には頼ってくれるといいんだけど。そう願いながら僕は控えめにアピールする。
「魔術のことなら少しくらいは役に立てるかも知れない。なにかあったら相談にのるよ」
「ありがとうございます。リース様がそう言ってくださると心強いですわ」
そう言ってセレンはにっこりと笑う。
ああ本当に、他の誰でもない、僕を頼ってくれればいいのに。




