【ヴィオル視点】大魔術師の器
「ねぇヴィー、聞いてくれる? 今日はとっても凄かったのよ」
俺の足を拭くのもそこそこに、セレン嬢は興奮気味に話し始める。昨夜はセレン嬢だってほぼ寝ていない筈なのに、なんという元気さ……これが若さか。
俺はというともちろん寝不足及び実務に加え、満面の笑顔で迎えにきたブレーズ伯に連行されてダンスの練習を死ぬほどやってからここに来ている。正直体力はすでにゼロに近い。
セレン嬢の喜ぶ顔と絶品スイーツの影がちらつかなかったら、きっと今頃すべてを放棄して自宅のベッドの中で心地よい眠りについていたことだろう。
だがまぁ、やっぱり来て良かった。体力的には厳しいが、こんなにも楽しそうなセレン嬢を見ることができたんだから。
昨日『操風』の習得にてこずっていたただけに、今日は授業中にめちゃくちゃ練習したという話を聞かせてくれるのかと思いきや、セレン嬢はどうやら一日中『風』を観察していたらしい。習い始めた魔術なんて、それを試してみたくて堪らない筈なのになんとも奇特なことだ。
そう思いつつ話を聞いているうちに、俺の体は次第に前のめりになっていき、まばたきをするのも忘れ、ついにはゾクゾクと毛穴が開き毛が逆立っていくのを感じはじめる。俺は戦慄していた。
たった一日観察し風が起こる条件や風の持つ特性に着目しただけで、魔術へと発展させ得る種を山ほど仕入れてきている。しかも、多方向からの風をどう作用させるかで効果を変えられそうだ……なんてことまで言い出した。
「それにね、ヴィー」
うきうきした様子でセレン嬢が俺を手招く。
「見て」
セレン嬢が指さす先には、彼女愛用のノートと分厚い魔術の指南書が置かれている。俺が首を傾げると、セレン嬢は目を細めて魔術の指南書へ向けて微弱な魔力を放った。
「あ……」
ぺらり、と一枚ページがめくれる。
ホッとしたように、セレン嬢からため息が漏れた。
「今の」
「ええ、わたくしヴィーがくるまでの間、『操風』でページをめくる練習をしていたの」
風でページがめくれる様を忠実に再現している。驚くほど自然なめくれ方だった。感心して呆然と指南書を眺めていたら、また一枚、ページがめくれる。
また一枚。
また一枚。
やがてめくれる速度はどんどんと早くなり、パララララ……と全部のページが風に煽られるようにめくれていって、最後に重い表紙がパタン! と音を立てて閉じた。
ほう……と思わず息が漏れる。今日観察した風を、もうこれほどまでに再現できるようになったというのか。
「どうかしら。かなり上手くできるようになったと思うの!」
珍しく得意げな顔をしているセレン嬢は可愛いが、もはやそんな言葉で表現するのが憚られるほどに成長が早い。これは適性もあってのことだろうが、なによりも彼女が『風』の本質に迫ろうと努力した結果に違いない。
セレン嬢は間違いなく、大魔術師の器だ。
彼女ならば、ゆくゆくはきっと、誰もまだ見つけていない未知の魔術を発明するだろう。『操風』に指導方針をシフトした俺の見立ては正しかった。
本来ならば第三魔術師団長として彼女を早々に囲い込むべきだろう。
だが、俺はぐっと踏みとどまる。
最終的に彼女自身が、真に『この道を選んだ』と言える状況でないと意味がない。
俺は自らの意思で特級魔術師の道を選んだし、前師団長から後任に選びたいという話を貰った時も、散々迷ったが予算と注力事業を自ら決定するために覚悟を決めた。
その強い意志が苦境でも心を折らずに万難を廃し、物事を完遂する原動力となるのだ。
特に彼女の場合は今まさに二股に分かれた道の前にいるようなものだ。
一方の道は王妃として国を導くという大役。そしてもう一方の道は特級魔術師として国を護るという、これもまた大役だ。もちろん全てをかなぐり捨てれば他にも道は無限にあるとは思うが、獣道くらいに乱暴なルートになるだろうから、今のところ彼女が危なげなく目指せるのはこの二つ。
彼女自身が誰の意向を汲むでなく、自分のために道を選ぶことができる、そういう環境にもっていけるのは今のところ俺しかいないだろう。
ただただ楽しそうに魔術の可能性を語る彼女の様子に、俺は決意を新たにする。
きたるべき時に彼女が後悔を残さぬように、自分の意思で行先を選べるように尽力しよう。もしも彼女が結果として王妃への道を選んだ時には、多分大量の菓子をヤケ食いしながらこっそり泣くと思うが、それでも、彼女の意思を蔑ろにして後悔するよりか数段マシだ。
「ヴィー?」
おっと、考えこみすぎてリアクションを忘れていた。すまん、セレン嬢。
俺は意識して声を張り上げた。
「凄いじゃないか、セレン嬢! 驚きすぎて、声が出なかったくらいだ」
「うふふ、上手になったでしょう?」
「完璧だった。『操風』の技術自体も昨日とは比べものにならないくらいに上達したが、何より観察力が素晴らしい。風がどう作用しているかをよくよく見ていないとここまで自然には再現できないからな」
セレン嬢の顔がパアッと明るくなる。
「よくやった」
「ありがとう! ヴィー」
嬉しさを抑えきれない様子なのが微笑ましい。……と思ったら、急にもじもじし始めた。どうした、急に。
「ご褒美に、撫でてもいいかしら」
この頃は問答無用で撫でまくる時もあるではないか、とはあえて言わずにおこう。
「今日の進歩は素晴らしい。よかろう、思う存分撫でるが良い」




