【ヴィオル視点】息をするように簡単に
穏やかに微笑んでいるだけなのに、セレン嬢の瞳には強い闘志のようなものが漲っている。拳を振り上げるわけでも、声高らかに叫ぶわけでもない、それでも彼女の中に揺るがぬ決意があることだけは見てとれた。
「いいだろう。では早速始めよう」
「はい!」
途端に真剣な表情になるセレン嬢。俺はいつもの通り結界を張って、彼女へこう宣言した。
「あと三週間後、風の月に入る頃には魔獣討伐の実戦に入ることを目標としよう」
「……はい!」
ごくりとセレン嬢の喉が鳴った。
「幸い君はとても優秀な生徒だ。魔術を覚える、鍛錬する、進化させることについては非常に適性がある。とっとと覚えて、実戦で良い結果を出すために時間を使う」
「のぞむところですわ」
「だが、このところの君の発想力、応用力を見込んで俺なりにカリキュラムを少し考え直してきた」
「まぁ。詳しく聞いてもいいかしら」
「もちろんだ。当初はウインドカッターと防護壁、これを集中的に鍛錬して余裕があればサブの属性魔術を教えられれば、と思っていた。というか、それが精一杯だろうとふんでいた」
「サブの属性魔術……他の風魔術でしょうか。それとも、違う属性の魔術?」
「ここでの『サブの属性魔術』は後者だな。セレン嬢で言うなら、風以外の火、水、土がサブの属性になる。今はセレン嬢の属性で最も強いのは風だからウインドカッターを主で教えているが」
「そうですわね」
「ただ、魔獣によっては風属性の魔術が効きにくかったり、装甲が厚くて攻撃が通らなかったりするものもいるだろう? だから通常はサブの属性を覚えるものなんだ」
「確かに……どんな魔獣が出るかなんて、わからないのですものね」
セレン嬢が眉をひそめた。きっと、魔獣討伐に出た自分を想像したのだろう。
「ただ、適性がないものだと威力は格段に落ちるから効率は悪い。時間がない中で効率が悪いものを教えるのもどうかと思っていたんだ」
「だから、余裕があれば、と仰ったのですね」
「その通り。だが、セレン嬢を見ていて考えが変わった。サブ属性は今回は捨てる。特級魔術師になれた暁には、自分で習得していけばいいことだ」
「す、捨てるのですか……」
セレン嬢が明らかにシュンとしてしまったが、俺には確信がある。これから俺が教える魔術の方が、絶対にセレン嬢の強みを生かせる筈だ。
「そのかわり、面白い魔術を教えてやるから心配するな。きっと気にいる」
自信たっぷりにそう請負ったら、急にふふっとセレン嬢が笑った。
「どうした?」
「黒猫ちゃんは、いつもはとっても可愛いのに、時々すごく頼もしくてかっこいいのね」
「……そ、そうか……」
いきなり反応に困ることを言うのはやめて欲しい。ニコニコと上機嫌な、可愛らしいセレン嬢の顔を見ていると急に恥ずかしくなってきた。人間の姿であったなら、ゴホンと咳払いでもして目を逸らすところだが、猫の姿のままこの落ち着かない気持ちをどうごまかせばいいのやら、見当がつかない。
結局しっぽで二、三回たし、たし、とテーブルを叩いて気持ちを紛らわせたあと、俺はもう一度セレン嬢に向き合った。
「……ええと、それでだ。今日から三週かけて学んでいくことは三点。最初はウインドカッターと疲労回復の魔術併用。今日これから実際にやって貰う」
「分かったわ。任せて」
実際これはちっとも心配していない。もしかしたら今すぐ出来るかもとすら思っている。それくらい彼女の成長は目覚ましいのだ。
「魔術併用は危険が伴うから、俺がいる時しかやらないようにしよう。これで合格できたら次のステップ、さっき言った面白い魔術を教える」
「楽しみですわ!」
「防護壁は最後だ。最後の週に集中して教えるから、心配しなくていい」
「ええ、信頼しているわ、先生」
「よし。では、早速やってみよう。疲労回復魔術を展開したまま、ウインドカッターをやってみてくれ」
「はい!」
返事を口にした時には、既にセレン嬢から夥しい数のウインドカッターが繰り出され、えげつない音とともに結界へと吸い込まれていく。
ああ、うん、なんかまぁ、そうなるような気はしていた。
疲労回復魔術も、繰り出されたウインドカッターも、どちらも文句のつけようがない。安定していて魔術に揺らぎも綻びもない、素晴らしい出来だった。
ひとつの魔術を操るには強い集中力が求められる。それを二つも同時に展開するのだ。最初はどちらかへの集中力が疎かになって暴発したり、うまく発動しなかったりするものだが、この安定感たるやまるで熟練の魔術師のようだ。
「どうかしら」
「うむ、予想はしていたが、実に素晴らしい」
二つの魔術を完璧に操ってみせたセレン嬢に、俺は素直に賛辞を送った。
ウインドカッターの出力を変えながら、何度かやってみて貰ったものの、安定感は抜群で何度やってもブレない。素直にすごいと褒めれば、セレン嬢は不思議そうに小首を傾げた。
「だって他の行動をしながらでも疲労回復魔術が途切れないようにずっと鍛錬してきたのですもの。他の行動が魔術になったというだけでしょう?」
まぁそうだが。それが難しいんじゃないか……。魔術学校の生徒らにはけして聞かせられないセリフに、俺はひとつ唸ってため息をついた。
「合格だ。さっさと次の……面白い魔術を教えよう」
「本当!? ヴィー、ありがとう!」
スキップでもしそうな弾んだ声に苦笑しながら、俺は教える魔術の名称を告げる。セレン嬢は、今度は訝しげに小首を傾げた。
「ねえ、ヴィー。今、『操風』と言ったのかしら」
「言ったな。操るに風で『操風』だ」
「それって確か風の魔術ではあるけれど……戦闘魔術じゃなかったような」
そう、だからこそ面白いのだ。




