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【ヴィオル視点】頼もしい命

 俺とセレンの間に、ついに第一子が誕生した。


 子を急いでいたわけではないが、子が宿ったと聞いた時にはやはり尋常じゃなく嬉しくて、さすがの俺も声が震えてしまった。


 生まれる前、セレンはつわりは軽い方だと言ってはいたが、それでも顔が青い時もあれば起き上がるのすら辛そうな時もある。

 

 邸にいる時は侍女のリンス達が細々と世話をしてくれるし、食事もジャンがその日の体調を気遣って食べられそうな物を用意してくれる。


 しかも、必要とあらば公爵家からいくらでも応援を寄越すとも言われていた。


 俺ではこんな万全なサポートはきっとできなかった。本当に恵まれていると思う。ただただ感謝するばかりだ。


 俺なりに精一杯セレンを大切にし、日に日に大きくなるお腹を撫でてはまだ見ぬ我が子に会える日を楽しみにしていたが、いざ産まれるとなると本当に生きた心地がしなかった。


 入院の手続きをする際に、いつでも治癒魔術が使えるように立ち会いたいと訴えて、その道のプロにむしろ邪魔だと叱られてしまう始末だ。


 冷静になって考えてみればもっともな話で、俺だって立場が同じなら、門外漢が通常の連携も無視して下手に手を出してこようとするのはごめん被る。


 深く反省したものの、どうにも落ち着かず割り当てられた個室で待つのが耐えられなくて産室の前で熊のようにウロウロすることどれくらいか。


 消音魔法を使用しているらしく中の音が聞こえないのがこれまたツラい。


 心配過ぎてこっちが心労で倒れてしまいそうだと思った頃、いきなり産室の扉が開いて、勢いのいい産声が響く。


「めちゃくちゃ元気のいい女の子ですよー!」


 さっきとは打って変わって愛想良くなった女医が、満面の笑顔で産室へと招き入れてくれた。


 そこには、疲れた様子はあるものの幸せそうなセレンと、ちいちゃくってふにゃふにゃで、なんとも頼りなげなのに、爆音のような頼もしい泣き声を上げる、小さな命がいた


「セレン……」


「ヴィオル様、無事に産まれてくれました……!」


 どこか誇らしげな、満足そうな笑顔のセレン。その腕の中の赤子は急に明るくなった視界に抗議でもするかのように、顰めっ面で盛大に泣き声を上げている。


 可愛い。


 だが、弟が三人もいる俺でも、産まれたてはさすがに抱っこしたことがない。セレンの華奢な腕の中にいてさえ、さらに華奢というかちっちゃくて、触る勇気がなかなか出ない。


 泣き声は元気なのに、不思議なものだ。


 おっかなびっくり近寄って、まずはセレンの肩にそっと触れた。


「……ありがとうセレン。セレンが頑張ってくれたおかげで元気に産まれて来てくれた。頼もしい泣き声だ」

 俺を見上げて、セレンが微笑む。


 けれどすぐに胸元の赤子に目を移した。


「さっき授乳した時に、ちょっとだけ目を開けたのですけれど、ヴィオル様みたいにツヤツヤの真っ黒な瞳だった気がして……」


 もう一回ちゃんと目を開けてみて欲しい、とセレンが一生懸命に顔を覗き込んでいるけれど、そう簡単に赤子が言うことを聞いてくれるわけがない。


「お、寝たな」


「はい。さっき授乳したから、お腹がいっぱいで眠たくなったのかも」


「もう授乳したのか!」


「はい。産後すぐに授乳してあげると、赤ちゃんのためにも母体にとってもいいそうですわ」


「すごいな……」


 思わず呟いた。いや、考えてみれば子犬や子馬だって産まれてすぐに乳を飲むのだ。


 そう考えれば自然なことなのだが、目の前のこの頼りない命が、もう生きるための初仕事を成し遂げたのかと思うと驚くしかない。


 しかも、セレンに至っては子を産んだばかりで満身創痍だろう体で……健気過ぎて泣ける。


 出産中は母子共に不測の事態に陥る可能性があるため、魔術は使えないと聞く。


 今は既に回復魔術がなされているようではあるが、それでも激闘の痕跡が垣間見える。セレンは本当に頑張ってくれたのだろう。


「体を綺麗に拭いて、授乳して、健康を確認した上で、ヴィオル様にお声がかかったようなので、わたくしも少しだけ落ち着いたところなのです」


「そうか、産むだけでも大変なのに、授乳まで……」


「わたくしも初めてのことで、先生方の指示通りにするのが精一杯でした」


「だが既に母の顔をしているが」


「まぁ……そうかしら」


 照れたように笑って、セレンが赤子を愛しそうに見つめる。完全に母の顔だ。


「髪の毛がぽよぽよして可愛い」


「さっきまでは結構しっとりと濡れていたのですけれど、乾いたらこんなに細くてぽよぽよしているのですね」


 盛大に泣いていた赤子も、セレンと目が合ってしばらくするとすうっと大人しくなってきた。


「セレンに似ている気がする。可愛いな……お、泣き止んだか?」


「落ち着いてきたのかしら、うとうとしているみたい」


 すると、すぐ側で見守ってくれていた女医が、スッと腕を差し出した。


「じゃあ、赤ちゃんにはしばらく眠って貰いましょうね。疲れちゃうから」


「あ、ああ……なるほど」


 それもそうだ。


 俺がベッドから離れると、すぐに助産師が慣れた手つきで赤子を受け取り、奥の部屋へ連れて行く。セレンとふたり、名残惜しく見送っていたら、女医がセレンに優しく声をかけてくれた。


「お母さんもしばらく休みましょうね。回復系の魔術は施してありますけど、これだけの大仕事をやり遂げたんですから、ちゃんと休まないと!」


 本当にその通りだ。

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