夜会の流儀
その夜、わたくしはベッドに入ってからしばらく、あれこれと考えを巡らせていた。
あのあと、話題を変えるために話した夜会でのダンスの流儀はなかなか勉強になったわ。
マリエッタは、次からはわたくしもダンスに誘われる頻度がかなり高まるのではないかと心配してくれていたのだ。ダンスを楽しむのは、主に独身で婚姻相手を探している方が圧倒的に多い。ゆえに、手をとる時には相手を慎重に選ぶ必要があるのですって。
「夜会のダンスって、ひとりの方と何度も踊ることはよしとされていないでしょう? だから、夜会ごとに踊る頻度でどれだけ気があるかをお互いに計っているのよ」
マリエッタも最初は誘われるままに手をとっていたらしいけれど、熱心に毎夜会必ず誘ってくる方と踊っていたら、噂になって困ったことがあったのですって。だから、夜会ごとに広く浅く、満遍なく色々な方と踊り、噂になるのを制御するのだとか。
なるほど、要は外交と同じなのかと思ったらストンと腑に落ちた。
「誰だって少しでも気が合う方、条件がいい方と縁づけるように鵜の目鷹の目で状況を見ているのよ。ダンスフロアは婚姻を視野に入れている方にとっては戦場なの」
マリエッタは力強く言う。誰と誰が踊る頻度が高くなった、テーブル席に移って会話を楽しんだようだ、ベランダで愛を語らったらしい、とダンス後の僅かな語らいの時間で令嬢達は熱く情報を交わすという。
「自分が狙っている男性との仲をわざと仄めかせて予防線をはる方も多いのよ」
なんて言うのだから、まさに情報戦だ。
そんな中ですでに婚約者がいるヘリオス殿下になぜあんなに女性が群がるのかと思っていたら、ちゃんと理由があるのですって。
「ヘリオス殿下は紳士的だし、お顔もいいし、ダンスもお上手でしょう? とにかくただ踊りたい、と言う方ももちろん多いのよ。でも自分にとても自信がある令嬢方は、将来の旦那様のために踊っているようね」
ふふ、と笑ってマリエッタは続ける。
「本人たちもどこまで効果があるかなんて分からないって言っていたけど……社交的で機転が利いて、しっかりものの妻だってヘリオス殿下に印象づけておけば、夫への心証もあがるかもしれないでしょう? ですって」
確かに我が国では女性の社会進出が増えてきたとはいえ、上位貴族になればなるほど女性は家庭を守ることが多く、まだまだ国の中枢は男性が動かしている。自然、女性は社交界で円滑なコミュニケーションをとることができ、かつ夫をもり立てるような資質が望まれるものだ。
だからこそ、効果なんてあるかないか分からなくても、未来の旦那様のために少しでも有利になることをしたい。そう思うのだろう。
実際その気持ちにはわたくしも覚えがある。妃教育に真摯に取り組んだのは、その気持ちが大きかったからだもの。
「お姉様にはヘリオス殿下という確固たる婚約者がいるから、皆の嫉妬の対象にはならないでしょうけれど、特定の誰かと毎回踊るようなことは避けておいた方がいいと思うわ」
マリエッタは、わたくしにそう忠告してから腰を上げる。そして、いたずらっぽく笑った。
「私にも、ついにお姉様に教えてあげられることが出来たみたい」
本当はわたくしに教えることが出来ることなんていっぱい持っているだろうに、そんな風にわたくしを立ててくれるところは相変わらず優しい。そんなマリエッタに疲労回復の魔術をかけてあげてから、わたくしは彼女を見送った。
お風呂に入って少しゆっくりして……ベッドに入ってから、わたくしの頭は忙しなく動き出す。
少なくともマリエッタの気持ちだけははっきりと分かったわ。
飽きっぽいところがある子ではあるけれど、好きなことのためにはそれでもちゃんと努力できる子だ。ダンスの練習だってきつい、難しいとよく泣いていたけれど、ちゃんと最後までやり遂げた。
妃教育はとても厳しいものだけれど、あんな顔ができるくらいヘリオス殿下のことをお慕いしているのならば、きっとやり遂げられるだろう。
それに今日の話を聞く限り、マリエッタなら女性のトップとしての役割をわたくしよりもきっとうまくこなせるのではないかしら。
正妃は基本的には王のサポート役だもの。わたくしが得意とする外交や実務の補佐ももちろん大切ではあるけれど、社交界で女性たちのトップとして夜会を取りしきり、臣の妻たちを掌握する必要もあるのだ。それなりに尊敬を集めなければならないとは教えられたものの、わたくしは正直に言うと夜会が苦手だった。
実務の補助はとても得意だ。相手国のことを詳細に調べ、互いに持ち帰りたい成果を並べてほどよい着地点を求める外交や貿易の仕事も好きだ。でも、不特定多数の人々の思惑が交差し、嘘とも誠とも分からない話が飛び交う中で当たり障りのない会話に終始する夜会はどうにも苦手だった。
きっとわたくし自身の劣等感も、夜会が苦手なことに関係しているのだと思う。
自信ありげで美しく、華やかに楽しげに笑い踊る女性達に、わたくしはきっと女性としての劣等感を感じていたんだわ。
もちろん方策は諸処ある。今代の王妃様も派手な方ではないから、定期的茶会を開いて個々と親交を深めているらしい。だからなのか、現在の社交界はかなり穏やかだ。
その代その代の王妃によって手法は様々で、社交界の華と呼ばれるような、美貌と最先端のファッションでリーダーシップをとる手法もあれば、噂を用いて人心掌握をしたという王妃もいる。歴史を紐解けば、お手本に出来る手法はいくらもある。問題は、苦手なことなだけに異常に疲れるという、それだけだ。
わたくしが王妃であればお茶会タイプ、マリエッタならばきっと社交界の華タイプになるだろう。
それにしても。
マリエッタが言っていたことは本当なのかしら。
今日踊った方たちが、わたくしに好意を抱いているだなんて、にわかには信じられない。けれど……もし、もしもそうなのならば、その気持ちはわたくしがヘリオス殿下との婚約を破棄したとしても変わらないものなのかしら。
わたくしも、今日踊っていた女性達のように、未来の夫になる方を探してダンスを楽しむようになるのかしら。
ふと、ヴィオル様が真剣に踊っている姿が思い出されて、頬が熱くなる。
なんだか考えるのが恥ずかしくなってきて、わたくしは慌てて全力で疲労回復の魔術を放出し、一瞬で昏倒した。




