【ヴィオル視点】ボーデン、どう思う?
「うわ、すご……」
さっき夜会会場で目の焦点を合わせないようにして耐えた、魅惑のスイーツたちがこんなに……!
ボーデンの殺風景な宰相執務室がスイーツビュッフェ中心にキラキラと輝いて見える。
「こらこら、みっともないからヨダレだけは垂らすなよ」
ボーデンの声にハッとした。今まで何回か呼び出されたが、こんなに厚待遇だったことなどない。
「ボーデン、何を企んでる?」
「なんのことかな?」
にっこり笑うその笑顔がますますアヤシイ。
「お前がこんなにサービスいいとなんか怖い」
「それは心外だ。慣れぬダンスで疲れているくせに、人前では好物すら口に入れられない哀れな親友を思いやってのことだというのに」
「この上なく胡散臭い」
半目で言い放てば、ボーデンは楽しそうに笑い出す。
「君は相変わらず正直だな。別に探られて困ることがあるわけでもないだろう? 気にせずに食べるといい」
「それは……そうだが」
自分で言うのもなんだが、甘いものを食っている時の俺はガードがゆるゆるだ。甘味の幸福感に満たされてうっかり口を滑らせるのが怖い。
だがしかし、警戒して食わないというのもそれはそれで、「隠し事をしてます!」と明言しているようなものだ。こいつは本当にタチが悪い。
「そういえば、あまり時間が経つと私の弟が来るかも知れないぞ」
「なに?」
「食うなら今のうちだが」
「それはまずい」
反射的にケーキに手を伸ばしてしまった。あっと思った時にはもう口に入ってしまっている。
俺の根性なし……! でも、めちゃくちゃ美味い……!
極上のモンブランケーキに思考の大部分が持っていかれる。深みのある濃厚な栗のクリームも絶品だし、生クリームは舌触りも滑らかでしつこくない優しい甘味が舌を潤す。土台のパイのサクサク感がまた絶妙だ。
セレン嬢のところのパティシエも素晴らしいが、流石に王宮の食を任されるだけはある。見事な腕前だ。
おっと、そういえばセレン嬢のところでは、プリンは出てこなかった。それもそうか、猫の姿だと食べにくいだろうしな。よし、今のうちに食べておこう。
「よくそんなに甘いものばかり次々に食べられるな」
「馬鹿だな、各々味が違うんだぞ。甘いで一括りにするな」
言い返したものの、呆れた顔をされただけで終わってしまった。不本意だ。
ボーデンはそのまましばらく、黙々とスイーツを平らげる俺を見ていたが、やがてポツリと言った。
「セレン嬢、楽しそうだったな」
「ああ、お前と踊ってる時も楽しそうだった」
「あれは……まぁ、そうだな」
チョコレートムースを口に放り込みながら、俺はボーデンの顔をチラリと見る。
「どうした、いつになく歯切れが悪いな」
「いや……ヴィオルは、どうして彼女にダンスを申し込もうと思ったんだ?」
やっぱり色々と聞き出そうと思ってやがる。とは思ったものの、用意してくれたスイーツが美味すぎたから、とりあえずは不問に処す。
「俺がセレン嬢に疲労回復魔術を教えたのは知ってるんだろう?」
「ああ、弟に聞いた。話には聞いていたが、驚くほど上達しているな」
「教えた手前、体調や上達加減が気になるだろうが。俺はこんな時でないとそうそうは会えないからな」
どうだ。夜会に出ると決めた時から考えておいた、それっぽい理由だ。
「別にダンスに誘わなくても良かったのでは?」
「ダンスでもないと二人きりで話せないではないか。まさかバルコニーで語らうわけにもいくまい」
「……ほう、なるほど。セレン嬢と二人きりで話したかったわけだな」
モノクルに触れながら、ボーデンは小さく呟いた。その考え込むような仕草を見ると俺まで妙に落ち着かない。
「奥歯にものの挟まったような言い方を……。なんだ、はっきり言え」
「分かった」
そう言ったくせに、ボーデンはなかなか口を開かない。ようやく決心したように顔を上げたボーデンは、真剣な口調でこう尋ねてきた。
「ヴィオル、君、もしかして……セレン嬢に惚れてるのか?」
「は?」
惚れる……?
この俺が、人に惚れる……?
いやいや、あり得ないだろう。俺の恋人は魔術だ。
「それはないだろう」
口にすれば、明らかにボーデンはホッとした表情をした。
「ならば良かった! 彼女は殿下の婚約者だ。君がもしセレン嬢に惚れたなんて言い出したら、私は友に『諦めろ』なんてしたくもない忠告をする羽目になったところだ」
「馬鹿だな、かれこれ十年来の付き合いだぞ。俺が魔術以外にうつつを抜かす筈がないだろう」
「そうだった。いや、良かった良かった。……ということは、彼女の一挙手一投足が可愛く見えて仕方ないとか、まるで女神のようだとか、そんなふうには思っていないということだな?」
「? セレン嬢は何をしていても可愛いだろう? ちなみに女神のようだとは思わないが、天使だとは思ったぞ」
「ヴィオル……」
「だが、俺はあの赤毛のように、あからさまに挙動不審になったりはしていないぞ。惚れるとは、ああいうことを言うんだろう?」
「私は今ほど、心底『聞かなきゃ良かった』と思ったことはないよ」
いつも人をくったような笑顔を絶やさないこいつが、なぜかめちゃくちゃ落ち込んでいる。
「そもそも人にまったく興味がない君がそれに気づくこと自体、稀有なことだろう」
言われて、確かに、と頷いた。自ら人に関わろうなんて思ったのは、そう言われれば初めてだ。
「なんということだ。二十五にもなってようやく人並みの感情を会得した親友を応援したいのはやまやまだが、私にも立場がある。……少し考えさせてくれないか」
「ちょっと待ってくれ、ボーデン。もしかして俺は……セレン嬢に惚れてるのか? ボーデン、どう思う?」
「私に聞かないでくれ……」
恐る恐るボーデンに尋ねたら、盛大なため息を返された。
「それよりもヴィオル、もしセレン嬢が君以外の男と婚姻して幸せに暮らせるなら、君は祝福できるか?」
「当たり前だ。セレン嬢が幸せなのが一番だろう」
「そうか、それなら良かった。安心したよ」
なにを馬鹿なことを、と思ったがボーデンにとっては大事な質問だったらしい。ホッとしたように笑って、ボーデンは紅茶を飲み干した。




