【マリエッタ視点】これは、チャンスだわ
夜会の会場に、にわかに令嬢たちのはしゃいだ声が響く。今日は随分と騒がしい、とちょっと眉を顰めながら声が響いた一角を見てみたら、なんとあり得ないことに私のお姉様がかの有名な氷の魔術師団長と踊っていた。
あまりの驚きにさすがの私もちょっとだけステップが乱れる。相手の男性に悪いから慌てて取り繕ったけど、内心はもちろん乱れまくりだ。
何がどうしてそんな事になったのかしら!
誰が誘ってもけっして踊ってくれないのだと評判の、それどころか笑った顔や話す姿を見る事さえ稀だという、あの! 氷の魔術師団長が、まさかお姉様と踊っているだなんて。
これはもう、あとでお姉様を小一時間は問い詰めたい状況だわ。
好奇心にはやる心をおさえつつ、さりげなくダンスのポジションを調整して、お姉様たちが見えやすい場所に移動した。
ああ、これは女の子たちがキャーキャー騒ぐのも分かるわ。氷の魔術師団長様って、本当に顔だけは美形よね。まあ私は喋らない、笑わない、石像みたいな人なんて御免だけど。
そんな風に切って捨てた途端に、かの氷の魔術師団長が幸せそうに破顔する。
え? うわ、いま、笑った? しかも楽しそうにお姉様と話してる?
お姉様ったらいったいどんな手を使ったら、あの石像に命を吹き込めるの!?
女の子たちのキャーッという叫び声も耳に入らない様子でダンスに興じる二人を見て、とっさに私は思った。
これは、チャンスだわ。
口に出して言ったことなんて一度もないけれど、ここだけの話、私は密かに王妃の座を狙っている。
これまでお姉様につけいる隙なんて一切なかった。
でも、見てよあの幸せそうな顔。あんな顔、ヘリオス様と踊っている時にだって見たことがない。お姉様が自分で気付いているかどうかは分からないけれど、私には分かる。お姉様はきっと、あの石像……氷の魔術師団長のことを、憎からず思っている筈よ。
もしかしたら、恋に発展する感情が芽生えているかも知れないわ。
その可能性に、私は自然と口元を綻ばせた。
そもそも私のお姉様は『完璧』と評されることが多い。
努力家で妃教育の成果も完璧。穏やかでヘリオス様をたてる優しい性格。浮いた噂ひとつない清廉さ。これ以上正妃に相応しい人物なんていないと、誰もが口を揃えて言う。
でもね、私はそうは思わないの。
お姉様は素晴らしい人よ。私にとっても自慢の姉だわ。ただ、ヘリオス様の正妃になるというその一点においては、私はお姉様は適任ではないと思っている。
だって、今みんなが評価しているお姉様の資質は全て、お姉様が努力に努力を重ねて獲得したものだわ。子供の時から夜もろくに寝ないで勉強して、きっと遊ぶことなんて考えたこともない。今が一番綺麗で華やかな年齢だっていうのに、寝不足でお肌もボロボロよ? お化粧や服なんて、侍女に任せっきりなんだから。
どんなに止めても無理ばっかりするお姉様に、なんど本気で怒ったか知れない。それでもお姉様は困ったように笑って「マリエッタは優しいのね。でもわたくしは、やらなければ」って結局徹夜ばっかりしてて。
そんな思いをして正妃になって……あんな生活、いつまで続ければいいの?
みんながお姉様が普通に出来ると思っていることは、みんなみんな、お姉様が自分の時間や体を犠牲にして作り上げているというのに。
それでもまだ、お姉様の相手がヘリオス様じゃなかったら、私はきっと心配しながらも見守ったと思う。
でも、ヘリオス様はダメだ。
だってあの二人、似過ぎているんだもの。絶対にお互いギリギリまで頑張って、いつかどっちかが折れちゃうと思うんだもの。
バカだわ。
王になるから。王妃になるから。誰よりも努力しなくちゃって二人はきっと思ってる。正しいけど……でも、そんなのきっと周りだって居心地悪いんじゃないかしら。
お姉様みたいにはとてもとても出来ないけれど、でも、王宮にはやり手のオジサマ達やお兄様達がたくさんいるんだもの。自分たちが先陣切って戦わなくても、出来る人たちを信じて頼って、助けてもらえばそれでいいのよ。
私なら、がむしゃらに頑張るヘリオス様を「ちょっと休もう」って止めてあげられる。
私なら、本当はお姉様が苦手な社交界や流行り廃りの女子トークにもストレスなく興じられる。
ねえお姉様、私に任せて。
ねえヘリオス様、私を頼って。
そう素直に言えたらどんなにいいか。
いつも平然としているヘリオス様の横顔が思い出されて、胸が苦しくなる。
ヘリオス様に初めて会った時、あまりにもお姉様とそっくり過ぎる頑張り加減に、いつか倒れるんじゃないかと心配で心配で……気がついたら、好きになってしまっていた。いつも笑ってるくせに、弱音もはけないくらいに追い詰められている、真面目で、一生懸命で、お人好しで……バカな人。
ねぇ、私じゃダメなの? 私だって、公爵家の娘だわ。
何千回と心の中で思ったセリフ。でも、そんなこと言える筈もない。お姉様が、どんなに頑張ってきたか知っているもの。
でも。
私の方がきっとずっと、ヘリオス様のことを愛してる。
お姉様もヘリオス様も、自分の役目を全うすることだけに神経を注ぎすぎて「生まれた時からの許婚」をごくごく自然に受け入れているけれど、そんなの、愛でも恋でもないじゃない。
ああもう、婚約者だなんて時代錯誤な制度、なくなってしまえばいい。愛だの恋だのに気持ちがいっていない今ならまだ、全力でむかえばヘリオス様の気持ちを私に向けることだって出来るかも知れないのに。
そんな事を思っていた私の目に、足を踏まれてよろけたらしいお姉様に駆け寄るヘリオス様の姿が映る。
どうしてよ。
口から出かかった言葉をぐっと飲み込む。
お姉様が大事にされるのは嬉しいのに、同時に悔しさが胸の中で滾っていた。
そんな私の心も知らず、お姉様は今度は宰相閣下と楽しげに踊り始める。常にはない今夜の一連の出来事を前に、私は知らず自分に言い聞かせていた。
そうよ、これはチャンスなんだわ。
許嫁なんて関係ない。誰だっていいわ、お姉様が他の誰かを好きになってくれたら私。
全力でヘリオス様をおとして見せるのに。
ここでまさかのマリエッタ視点。
好き嫌いが分かれそうな子なのです。




