【ヴィオル視点】どうだった?今日は
今週の休日は夜まではゆっくりしようと思っていたのだが、世の中そう甘いものではないらしい。
休日だというのに、俺は朝っぱらからもう踊りっぱなしだ。
昨日の壁番の疲れは疲労回復魔術および昏倒のおかげで綺麗さっぱりとれているが、朝から夕刻まで昼食休憩を挟んだだけでずっと特訓されればさすがに疲れる。
今回は相手が悪かったとしか言いようがない。
ブレーズ伯は完璧主義者だ。
「私が教えたというのに、夜会で無様なワルツを披露されては沽券に関わりますからねぇ」と、自ら休日を返上しての特訓を申し出てくれたのだ。しかも俺が魔術師団長なのはもちろん把握しているブレーズ伯、俺が音を上げそうになる度に体力強化と疲労回復の魔術重ねがけを指示してくる。
もう足がもつれて動けない……という物理的限界も迎えられない俺は、泣きたい気持ちで延々と踊るしかなかった。
さすがにパートナー役を務めてくれる女性は途中で替わっていたけれど、ブレーズ伯は朝からずっとつきっきりだ。立ちっぱなし、声をだしっぱなしで姿勢すらゆらがない、ダンスで鍛えているからなのか彼こそ並の体力じゃない。
「やっとサマになってきましたねぇ、これならば来週まででなんとか恥ずかしくないワルツが踊れるようになるでしょう」
「ありがとう……ございました……」
夕焼けが迫る頃、地獄の特訓もようやく終わりを告げる。
いやしかし、こんなに特訓してやっと、恥ずかしくないレベルなのか。ダンスとは奥が深い。まぁでもそうか、魔術だって本来一週間や二週間で実戦に使えるレベルにはなるまい。そもそも俺の依頼がばかげていたのだ。それを引き受け、最大限の助力をしてくれることに感謝すべきだった。
汗をぬぐい居住まいをただすと、俺はブレーズ伯に改めて頭を下げた。
「ブレーズ伯、無理な依頼に応じてくれて本当にありがとうございます。明日からもよろしくお願いします」
「おや、さっきまで死にそうな顔をしていたのに。……ですがこれならば来週の夜会が楽しみですねぇ」
さっきまでの厳しい顔はどこへやら、ブレーズ伯は柔和に微笑んだ。ダンスの相手がセレン嬢だと知られたらさらに特訓が激化しそうで怖くて言えない。
ありがたいが、これ以上は無理だ。
もう一度丁重に礼を言って、俺は急ぎ家へと帰る。宵九つの鐘の頃には、今日もセレン嬢の邸へと赴く約束になっている。飯を食って風呂に入って……意外と時間が無いな。
そういえば今日は、セレン嬢はヘリオス殿下と観劇の予定だったか。楽しめただろうか。
ヘリオス殿下とゆっくり話す機会が取れたのだから、場合によってはもしかして、もう特級魔術師は目指さないと言い出す可能性だってある。
聞きたいような聞きたくないような……微妙な気持ちだ。
「……」
ふるふると頭を振って、俺は風呂場へと急ぐ。考えたって仕方が無いことを考えるのは時間の無駄でしかない。会えばわかることだ。
お湯を頭からかけながら、俺は無心を心がけた。
***
「ヴィー!」
窓辺に辿り着くなり、セレン嬢が駆け寄ってきた。
「逢いたかったわ!」
さっと窓を開けて俺をぎゅうっと抱きしめる。そこから俺を抱えたまま椅子に座り、足を拭いていく様はよどみなく完全に手慣れている。
俺ももはや抵抗する気も無い。猫らしく体の力を抜いて身を任せる術も習得してしまった。
「どうだった? 今日は」
「それはもちろん、とても楽しかったわよ。ヘリオス殿下はとても優しかったし、歌劇は華やかで歌も清らかで感動したし……お食事も美味しかったわ」
「そうか、良かったじゃないか」
その割にはなんだか元気がない気がして、俺は足を拭かれながらもセレン嬢の顔を見上げてみた。
「なあに?」
微笑んではいるが、やっぱり瞳が寂しそうだ。
「なんとなく元気がない気がする」
「まあ、心配してくれるの? ヴィーは優しい子ね」
ぎゅうっとまた抱きしめられて、いつもよりも接触が過多なその様子にちょっと不安になる。なにか言いにくいことがあるんじゃないのか。
ヘリオス殿下とのデートが楽しかったのならば、やはり。
俺はおずおずと懸念を口にする。
「いや……場合によってはもしかして、もう特級魔術師は目指さないと言い出すんじゃないかと思っていたのだが。今さら言いにくいとか、そういうことは考えなくていいからな」
「違うわ!」
「うわっ」
セレン嬢のあまりの勢いにびっくりしてしまった。耳もしっぽもびくっと揺れて、俺の驚きをあからさまに表してしまうのが情けない。
「わたくしの意思は変わりません。むしろ強くなったくらいですわ!」
「そ、そうか。本当に大丈夫か? 吹っ切れたのか?」
「ええ! 思い出になるような素敵なプレゼントもいただいたのよ。だからもう大丈夫」
そう言ったセレン嬢の視線の先に、見慣れないガラスのペンが光る。流麗なペン軸の形も美しく、繊細な紫の色彩、ペン先の細工に至るまで技巧が凝らされている。なかなかの逸品だった。
「綺麗でしょう? 今日の記念に、って買ってくださったの」
「ああ、綺麗だ。だが、飾り棚のあんな上の方に置いていては使いにくくないか?」
「いいのよ、使わないつもりなの。……そうね、たまぁに、どうしても見たいと思った時に見る程度にしようと思っているのよ」
「ふうん……そんなものか」
意味深な言い方だが、深く聞くのも野暮な気がして俺は口をつぐむ。それにあの場所に置かれている方が、日々使ってセレン嬢の目に入るよりはよっぽどいい。
いやいや、俺は何を考えているんだ。




