【ヴィオル視点】モヤっとする……?
「ヘリオス殿下が好きになった人が、マリエッタで良かった」
セレン嬢が穏やかな声でそんな事を言い出すものだから、俺は我が耳を疑った。
思わず耳をピクンと動かし、俺を見下ろすセレン嬢の方へと思いっきり向けてしまう。猫の耳は便利なのかもしれないが、こちらが耳をそばだてていることも相手に分かってしまうのがいただけない。
今は別に問題ないが、聞こえていないふりをしたい時にはちょっと不便かもしれない。
見上げてみたら、セレン嬢は微笑を浮かべて俺を眺めていた。
「なぜ、そう思う」
「マリエッタがどんな子か、わたくしは知っているもの」
それは、そうだろうが。
「マリエッタはね、わたくしと真逆な子なの。本当に天真爛漫という言葉がぴったりと当てはまるような子なのよ。あの子が笑うだけで、家中が明るくなって春のように暖かい気持ちになるの」
「そんなに可愛いモンだといいけどな」
「え?」
「いや、何でもない」
心の声が漏れ出てしまった。
特にマリエッタ嬢のことを知っているわけではないくせに、なんとなく悪感情を持ってしまっている俺としては、正直に言って釈然としない。
先日のサロンでの一件を聞いた時にも、仕事を疎かにして自分と話すのに夢中な男どもを侍らせて、いい気になっている高慢な女という印象だった。すまん、正直過ぎた。
「子供の時から素直で明るくて、感情表現が豊かで表情がころころ変わるのがとても可愛らしいのよ。人の感情にも敏感で……わたくしが頑張り過ぎなんじゃないのかって今でもよく心配してくれるわ」
「それは百人中百人が言うと思うぞ」
「ヴィー、ごめんなさい。もう少しだけ、大きな声で言ってくれるかしら」
視線を逸らして呟いていたら、ついにセレン嬢からクレームが入った。
わざわざ聞かせようとは思っていないが、口から言葉が漏れてしまうのだから仕方ないだろう。セレン嬢は妹御を随分と美化しているように感じられるがゆえに、ついつい口をついて出てくるのだ。
「いや、独り言だ。で、その心配してくれる優しい妹だから、ヘリオス殿下にうってつけだと言いたいのか?」
「ええ。今日ヘリオス殿下とお話しして感じたのだけれど、わたくしとヘリオス殿下は意外にも結構似ているんだわ。殿下もわたくしと同じように、無理をしがちなお方ですもの。誰かが止めてあげないと」
おお、自覚があったのか。それならばもっと自重してほしいものだが。
「逆にマリエッタはひとつのことを我慢強くやったり難しいことを考えることは苦手だと言っていたわ。そこはきっとヘリオス殿下がカバーしてくださるんじゃないかしら。きっとお互いを助け合える、素敵な夫婦になれると思うの」
「うーむ……」
「どうしたの、ヴィー。そんなに難しい顔をして」
「いや……なんでもない」
「ふふ、そう? その割にはしっぽがとってもパタパタと動いているけれど」
「! すまん……」
またも意識無く動いてしまっていたらしい不埒なしっぽを両の前足でおさえたら、セレン嬢は声をたてて笑った。
「ああ、なんて可愛らしいの。わたくし、ヴィーのこの愛らしい姿をみるだけで元気が泉のように湧いてくるようだわ」
「それは良かった……」
俺は恥ずかしさで死にそうだが。
「ヘリオス殿下も、マリエッタを見るとこんな風に元気が出るのかしら。そうだったならきっと、とても幸せなことね」
「さすがに妹を愛玩動物のように言うのはどうかと思うぞ」
「まぁ、違うわ。そういう意味ではないの」
照れ隠しにセレン嬢のひざからテーブルに飛び上がり、うーんとノビをした俺の鼻をちょんとつついて、セレン嬢は幸せそうに笑う。
「人って大好きで大切なものを見たり触れたり……そのことを考えるだけでも元気がでるものでしょう?」
「そうなのか?」
あんまり意識したことがなかったが。
「使い魔さんは違うのかしら」
セレン嬢は小首を傾げているが、申し訳ないことに使い魔かどうかは関係ない。
「たとえば、そうね……家族であったり、恋人であったり、花であったり食べ物であったり、中にはお金や宝石だという人もいるかも知れない。その人にとって元気の源になるような『大切なもの』は人によって違うと思うけれど」
ああ、なるほど。そういう広義の意味か。合点がいった。
「マリエッタが、ヘリオス殿下にとってのそんな……『大切なもの』であるといい、そう思うわ」
そう呟いた顔は優しげで、ただ妹の幸せを願う姉の顔だった。
その姿に胸がモヤッとする。思った時には口が開いていた。
「……未練は、ないのか」
「ヘリオス殿下に? ないと言えば嘘になるわ。子供の時から夫になると思っていた人ですもの」
少し伏せられた目が悲しげで、俺の胸にチリ、と小さな違和感が生まれる。
「次のお休みに結局は一緒にお出かけできることになったから……わたくし、精一杯楽しんでこようと思うの。未練も一緒に、そこで断ち切ればいいのだわ」
眉を下げたまま、笑った顔を作ってみせるけれど、全然笑顔になっていないではないか。
断ち切る、なんて威勢のいい顔ではないと思うが。
なんとなく面白くなくて、俺のしっぽは所在なくテーブルをピシピシと打った。
「ヴィー?」
「なんでもない。時間が無いんだろう? さっそく鍛錬に入るぞ。それとも、今日は気が乗らないか?」
「と、とんでもない! やる気充分だわ!」
慌てるセレン嬢を見て、密かに「大人げない態度をとってしまった……」と反省する。俺はこっそりとため息をついて、空中に大きく丸い結界を作った。




