【リース視点】とんでもない話
「そうだな、貿易船を助けてみせるだなんて、早々できることじゃない。さすがセレンだ」
リンデ嬢も目を細めて同意する。
「そういえばキュミルディ公爵もその救助に同行されたと聞きましたわぁ」
ラーディア嬢がそう水を向ければ、キュミルディ公爵も我が意を得たりという様子で頷いた。
「そうそう、セレンとヴィオル君が救助に行くというものだから、私も同行したのだよ。さすがに部下の救助を二人に任せて知らぬ顔をする気にはなれなくてね」
「そこは部下に任せてくださいよ。公爵自らが救助に向かうなど」
「無事に戻ってきたんだから説教は後だ。それでな」
兄さんの苦言をさらりと躱して、キュミルディ公爵は身を乗り出して話しだした。
「ヴィオル君ときたら、こんな仏頂面の割になんとも気が利く男でな、飛んでる間色々と気を使ってくれるわけだよ」
「えっ」
つい声が出た。他人の事なんてお構いなしに見えるのに。
まさかと思って兄さんを見たら、兄さんは大きく頷いた。……どうやら本当らしい。
「ヴィオル君が細やかに気遣ってくれたおかげで、飛行している間は行きも帰りも驚くほど快適だったし、皆が食事している時でもひとり静かに離れたところに居るものだから何をしているのかと思ったら、誰に頼まれたわけでもないのに船を守る魔術を展開していてね」
「まぁ、わたくし、気が付きませんでしたわ」
「いくら凪でも魔獣の襲撃の恐れもあるからな。念のためだ」
驚くセレンに、ヴィオル師団長は何でもないことのように答えている。彼にとってそれは、ごく自然な動きだったんだろう。
「感心してヴィオル君と色々と話しこんでいるうちに、嬉しいことに彼がうちのセレンを気に入ってくれている事が分かったものでな」
「えええ!!!???」
「は?」
「っ!!!」
「あらぁ」
「こ、公爵!」
兄さんが咎めるような口調でキュミルディ公爵を止めるけど、もちろんキュミルディ公爵はそんなことで止まるような人じゃない。
「本当だから別にいいだろう? なぁ、ヴィオル君」
いたずら気にキュミルディ公爵がウインクすると、ヴィオル師団長は眉ひとつ動かさずにコクリと頷く。
それを見たセレンは、真っ赤になって恥ずかしそうに俯いた。
なにその、嬉しそうな顔。
僕も、ヘリオス殿下でさえも、青い顔でそんなセレンを見つめていた。
「やっぱり……!」
小さな、抑えたようなマリエッタの声が聞こえて振り向くと、女性陣は目を輝かせてわくわくした表情を浮かべている。
「まぁ、氷の魔術師団長がセレン様を? これはセンセーショナルですわぁ!」
「驚いたな、他人に興味がないお方だと思っていたよ」
「俺も驚いた」
ヴィオル師団長がしれっとそんなことを言う。
「魔術以外のことにこんなに心が動いたのは初めてで、自分でも戸惑っている」
美形なだけに困ったような顔が無駄にサマになっているのがさすがだ。
「きゃあ、なんだかわたくしまでドキドキしますわぁ」
「ははは、これは世の女性たちが悲鳴をあげそうだなぁ」
女性陣は突然のコイバナにきゃいきゃいとはしゃいでいる。
注目が集まるからやめて欲しい。
第一ヴィオル師団長も、自分で驚くくらいなら永遠に自分の気持ちになんか気づかないでいて欲しかった。しかも兄さん以外の人とこんなに話してる姿なんて初めて見るんだけど。
キュミルディ公爵はそんなヴィオル師団長を目を細めて見ていて、ほんとに親みたいな慈愛の空気を醸し出していた。もしかしてキュミルディ公爵は、本気でヴィオル師団長のことを気に入っているのかも知れない。
案の定、キュミルディ公爵は笑いながらヴィオル師団長の背中をバンバン叩いた。
「こいつはちょっと人見知りが過ぎるがなぁ、思っていたよりもずっと他人を思いやれる人間でね、セレンの突飛な思いつきにも柔軟に対応している。ウチのじゃじゃ馬ともいいコンビというか、お互いに気兼ねなくやれそうな男なんだ」
「じ、じゃじゃ馬……」
セレンがちょっと傷ついた顔をした。
「ははは、知らないうちに魔獣をぶっ飛ばして特級魔術師になっているくらいだからなぁ、立派なじゃじゃ馬だろう」
「自覚はありますけれど……皆さまの前で言わなくても」
セレンがまだ納得いかない顔をしているけれど、キュミルディ公爵はそれには構わず、ヴィオル師団長を穏やかな目で見てから、その場にいた全員に順に目を向けた。
「ヴィオル君の人間性が好ましくセレンとも似合いだと思える以上、私としては応援するしかないだろう?」
「ま、まだ早すぎます!」
兄さんが慌てた様子で声を張り上げて、僕はようやく金縛りが解けたような気持になった。
「そ、そうですよ。それに年の差がありすぎでしょう」
兄さんと同じくらいの筈だから、多分十歳くらい違うはずだ。セレンだって世話になった人で、しかも上司だから断りにくいだけなのかも知れないじゃないか。そう思ったのに。
「年の差? 特に気にしないがな。十なんてたいした差じゃないだろう」
キュミルディ公爵はあっけらかんとそう言うし、セレンとヴィオル師団長も一瞬ポカンとした顔をして、それから二人顔を見合わせて微笑みあった。
なんだよ、その「そう言えばそうね」って顔は……!
いよいよ60万文字を突破してしまった……!
私史上二番目に長く書いてる。
感想や評価をたくさんいただけ、書籍化やコミカライズや受賞など、たくさん嬉しい事があったお話しで、今も楽しく書けているのが本当に嬉しいです。
何事においても大人しく控えめで、影の努力はめちゃくちゃやってても自己主張などほとんどしなかったセレンが、今では随分と自由になったと思います。
読んでくださる方々のおかげで、こんなに生き生きとしたセレンになるまでを、じっくり書けたんだなぁと思います。
もうしばらく更新は続きます。
楽しく読んでいただけると嬉しいです!