驚かせてしまった
困ったわ。
わたくしは学園でおとなしく授業を受けながら、手元のノートに書かれた今後の予定を目で追って、ひそかにため息をついた。
ヴィーはしばらく結界魔術を教えないと決めているようだし、それだと自然『ウインドカッター』の練習時間が限られてしまう。少なくとも一週間は様子を見ると予告されてしまっているのが辛い。ヴィーの中では、わたくしは無茶をしがちな危険な生徒であるらしい。
書物と数度のヴィーからの指導で魔術の基礎を学んだつもりになっていたけれど、危険なことの判断もできないのだから、そう思われても仕方が無い。
ヴィーが言うように、地に足をつけて一歩一歩着実に進むことが結果的に成長につながるのだと頭では理解できているのに、どうしても気持ちは焦ってしまう。
昨日最後に『ウインドカッター』を展開したときには、刃の数は四枚だった。三十枚もの刃を構築するだなんて、夢のまた夢だわ。
「はぁ……」
ノートに並んだ水、火、風、土、無の五つの曜日を睨みながら、わたくしはまたひとつため息をついた。
今日と明日……水、火の曜日は毎週サロンに行く日だから、宵九つの鐘がなる頃でないと自由時間がない。ヴィーと魔術を鍛錬することができるのはたったの二時間だけだ。
この短い時間は『ウインドカッター』の鍛錬に集中したい。それ以外の時間で精一杯疲労回復魔術の持続を練習して、無駄を省かなくては。
そして風、土の二日間は妃教育を免除いただいたおかげで自由時間は多いけれど、ヴィーもこの曜日は来ることができないと言っていた。ヴィーに結界を教えて貰える日がくるまでは、指南書をひたすら読み込むしかない。
一人だと知識を詰め込むことはできても、どうしても実践に制約が出来てしまうのよね……。
またひとつため息をつきかけて、はたと気づいた。
わたくし、もしかして今週が一番時間が作れるのではないかしら。
来週になったらきっと、ヴィーが結界の魔術を教えてくれるに違いないわ。そうでなくては困るもの。そうなるとすべての時間は鍛錬に使わないと勿体ない。
今のうちにヘリオス殿下とのお時間を楽しんでみるのもいいのかも知れない。
初めてだけれども、きっとこれが最後になるだろう、二人だけの時間。
あと三ヶ月も経てば、わたくしはヘリオス殿下のお側には立てなくなる……いいえ、そうでなければならないのだから。
わたくしは、震える手で明後日……風の曜日の予定欄に赤で丸をつけた。
この日なら元々わたくしはサロンへ行かない日なのだから、殿下と共に不在でも、サロンにいるメンバーにも不審に思われないだろう。
もちろんヘリオス殿下のご都合が最優先なのだから、まずはご予定をきかないことには話が始まらない。今日のうちにヘリオス殿下にご相談してみよう。
そうと決めてしまえば気持ちまでがスッキリする。
難題にひとつ目処をつけた気持ちになって、わたくしはようやく魔術の洗練に取り掛かった。
すうっと息を吐いて、精神を集中する。
疲労回復魔術は薄い薄い膜を張るようにわたくしの全身をくまなく覆い、ゆっくりと循環している。さすがに息をするように自然にとまではいかないけれど、今日は朝からずっと途切れずに魔術を展開できているのだから、随分と慣れてきたのだと思う。
ゆっくりと出力を大きくしてみたり、小さくしてみたりを繰り返してみたら、魔術でできた薄い膜も素直に厚くなったり薄くなったりを繰り返す。
その出来栄えに満足して、つい口元が綻んでしまった。
いけない、誰にも見られていないかしら。授業中にひとりでニヤニヤするだなんて、変に思われても仕方がない。
気になるけれど周りを見回すわけにもいかないものだから横目でちらりと周囲を流し見て、誰にも見られていないようだと安堵する。目立たないように気をつけなければ。
しばらく最小の出力を保ちながら、わたくしは魔術の知識を自分なりにまとめたノートをパラパラとめくっていった。やがて、あるページで手が止まる。
わたくしの目にとまっていたのは、ウインドカッターの項に書かれていたひとつのメモ。
『ウインドカッターにおいて重要なのは、刃の枚数と放たれるスピード。この二つの要素が高いほど、殺傷力が高まる』
スピード……。
それは、他の魔術についても大事なのではないかしら。
疲労回復にスピードは特に必要ないかもしれないけれど、このあと覚えるはずの防護壁となると話が違ってくる。きっと一瞬で防護壁を厚くしたいような場面が出てくるに違いない。
今度は出力を一気に上げて、瞬時に膜を分厚く出来るかを試してみた。
その瞬間、わたくしを包んでいた疲労回復魔術の膜が、爆発的に分厚くなる。
「!!!」
驚いてわたくしが目を見開いた瞬間。
斜め後ろでガタッと大きな音がした。
あまりのタイミングに恐る恐る音がした方を見てみたら、目をまん丸に見開いたリース様の姿が目に入る。
ああ……忘れていた。そういえばリース様は学園でも一緒の教科を受講することが多かった。うかつなことをしてしまったわ。
この反応、絶対にわたくしの魔術に驚いているに違いない。




