【ヴィオル視点】少しセーブしなければ
もはや疲労回復魔法の補助など必要なさそうだ。なんなら攻撃魔術もあっという間に覚えてしまうかも知れない。だとしたら、さっさと教えてさっさと魔獣討伐の実戦に入った方がいい。
だが、ひとつだけ気になることがある。
「いいだろう。だが、あまり詰め込み過ぎては体に障る。無理は禁物だぞ。体調は大丈夫か?」
「大丈夫よ、すこぶる調子がいいの。たくさん寝ているからかしら」
「確かに顔色もいいな」
「お肌の調子もかつてなくいいのよ。ヴィーのおかげね」
あの小道で会った時には、泣いていたせいもあるだろうが青ざめて酷く辛そうな様子だった。それが今や頬は薔薇色、髪や肌には艶が増し、瞳もキラキラしている。
今までどれだけ睡眠を犠牲にしてきたんだと軽く猫パンチをお見舞いしたいくらいだ。
「…まあ、無理をしていないならば良い。早速始めるぞ、時間は有限だからな」
「はい!」
元気の良い返事で何よりだ。
セレン嬢にめくって貰ってさっきのノートにざっと目を通したが、これだけ予習してあるならば魔術についての基礎概論も飛ばして問題ないだろう。
そして回復系の魔術は既に疲労回復魔術で基礎が出来ている。となると、今必要なのは彼女の攻撃手段の根幹となる風系の魔術だ。彼女のノートの『覚えたい魔術一覧表』トップに記されている風魔術『ウインドカッター』から教えるとするか。
彼女の密かな意思表示なのか、ノートはまさにその一覧表のページが開かれている。
俺はトコトコとノートに歩み寄り、『ウインドカッター』の文字をビシッと前足で指した。
「最初は『ウインドカッター』からだ」
「はい! 熟練すればするほど風の刃の刃が増し、ゆくゆくは上級魔術にも優る威力を発揮するとの記述がありましたわ! わたくし、まずはこれを極めたかったのです!」
キラキラを通り越して爛々と光っているセレン嬢の目の光に若干圧倒されつつ、俺は魔術を手ほどきする。
……結果だけ言おう。
恐ろしいことに、セレン嬢はものの一時間ほどで『ウインドカッター』を習得してしまった。
「……お前、凄いな」
「ヴィーの教え方が優れているのですわ」
ありがとう、と可愛らしくセレン嬢は笑う。
自分の凄さに全く気付いていないのが怖い。魔術学校に行っているわけでも、魔術を習得したことがある人間から習得の困難さを聞いたわけでも無いのだろうから仕方がないのかもしれない。
しかし!
セレン嬢、それは本当は尋常じゃなく凄いことなんだ……!
澄ました顔でちょっとひと息的に紅茶を嗜んでいるセレン嬢を、俺はこっそりとジト目で見上げた。
「ねえヴィー、中級の魔獣を一撃で倒すとしたら、どれくらいの数の刃が必要なのかしら」
何か考えているとは思っていたが、セレン嬢は予想よりも物騒なことを考えていた。魔獣を一撃で倒そうなどと、これはまたなかなか難易度の高いことを。
「相手の防御力にもよるが、中級なら最低でも三十枚は刃が必要だろう」
「わたくし、まだ出せて一、二枚だわ。鍛錬しなければ……!」
またもや令嬢らしからぬガッツポーズを決めているセレン嬢に、俺のしっぽと耳は否応なく垂れていく。いやだから、この短時間で一、二枚既に出せてるのが凄いんだと……まあ、もういいか。
紅茶を飲み干し、セレン嬢が颯爽と立ち上がる。その体には既に魔力が漲っていた。
「もう始めるのか」
「ええ、ちょっと休んだからもう大丈夫。ヴィーはゆっくりしていてね」
俺をテーブルの上に残し、セレン嬢は結界の前に移動すると、深呼吸する。
その姿を見て、俺は慌ててテーブルから飛び降り、セレン嬢の足元に突進した。
「きゃっ!?」
「待て待て、待て待て待て!!!」
「どうしたのヴィー、そんなに慌てて」
「どうしたのってお前……! 何をさらりと疲労回復魔術と併用しようとしている!?」
「ご、ごめんなさい、ダメだったかしら。防護壁と同じではないでしょうけれど、魔術を併用する練習になるかと思って」
「危ないから! 各々の魔術にもっと熟練してからでないと危ないから! 頼むから無茶をするな……!」
もちろん後々は併用して貰うわけだが、今ではない……!
「ごめんなさい。ヴィーがそんなに毛を逆立てて怒るような危険なことだと思わなかったの」
殊勝な顔をしているが、とんだじゃじゃ馬だ。習い始めたばかりの魔術二つを、いきなり併用しようとする命知らずなど初めて見た。
そしてふと、彼女の書き込まれたノートを思い出す。
魔術学園では一般的に授業で習った魔術を何度も繰り返し展開してなんとか操れるようになるのが普通だ。
だが彼女は圧倒的な予習タイプだ。多分だが、彼女はこれまでも先に自分なりに学ぶべきところを纏め、分からないところは調べ、実践出来ることはしてみた上で、授業で復習をする、というスタンスだったのだろう。
彼女に必要なのは「頑張れ」と尻を叩くヤツではない。「落ち着け、止まれ」と適切にセーブをかけることができるストッパーだ。
結局その日一日中、セレン嬢は尽きることのない集中力で『ウインドカッター』を練習していた。さすがの俺も彼女のあまりの頑張りように、逆に危機感を覚えている。
自習したいから結界を教えて欲しい、という懇願などもちろん却下だ。自習などさせたら、うっかり結界を破るレベルで魔術を展開し兼ねない。
彼女が無理だの無茶だのをし過ぎないように、適切に指導する。俺は自分のスタンスを改めてそう位置付けた。




