【ヴィオル視点】勤勉にもほどがある
朝というには遅く、昼というにはまだ早い、中途半端な時間に目が覚めた。
壁番後の翌日だというのに昨日の疲れも特になく、ぐっすり眠ってすっきりと起きることが出来た。これまで寝る前の魔力の放出は高火力で魔力を一気に消費する高位攻撃魔術を使っていたんだが、セレン嬢のように疲労回復魔術で出力すればきっと日々の疲れも吹っ飛ぶだろうと試してみた。
めちゃくちゃ調子がいい。
疲労回復魔術などわざわざかけるのも面倒くさいと思っていたが、馬鹿にするもんじゃなかった。これから俺も毎日この魔術に頼るとしよう。
休みの日は家政婦もいないからどれだけダラダラしていようと問題ないわけだが、今日はそろそろ動き出さないといけないだろう。
なんせ、魔術を習いたくて仕方が無い、勤勉な生徒がいるのだから。
バスケットに適当に放り込まれているパンをいくつか手に取り、家政婦が作り置きしてくれていた冷え切ったスープで流し込みながら、これから訪れる予定の生徒について、ぼんやりと考える。
しかしセレン嬢には驚いた。
初日、勢いあまって本気で夜通し魔術を教えたわけだが、慣れない魔術を展開し続け疲れ切っているはずの夜明けに、出力の調整だけでなく持続しての展開までやってのけた。
驚くべき集中力だ。
あれだけ集中力を持続させられる人間は、魔術学校に通う者の中でもそうはいない。あの集中力がこれまでの妃教育で培われたものだとすると、妃教育というのは俺が思っていたよりも、随分と過酷なものなのかもしれない。
ああでも、俺の悪友である若き宰相閣下ボーデンも、その教育の内容は多岐にわたり、非常に難しいのだと力説していたような覚えがある。
マナーなんか貴族の子女はガキの頃からたたき込まれているものではないのか、と問うた俺に、ボーデンは思いっきり不機嫌な顔で「心外だ」とこぼしたもんだ。
他国との外交マナーは諸国の風習から学ぶ必要があるだとか、謁見時や王族だけの儀式に必要なマナーもあるんだとか、ひとつ反論しただけで山ほど聞かされて辟易したのだった。
俺のセレン嬢に関する情報は、ほぼボーデンからもたらされたものだが、当時はこんなことになるとは欠片も思っちゃいなかったからなぁ、聞かされた話は残念ながら半分も覚えていない。
もっとちゃんと聞いておけば良かったな。
まあ、今さら言っても仕方が無いことだ。フッと笑みを漏らし、俺は席を立つ。手早く身支度を整えて、公爵邸へと赴くために、俺は我が家を後にした。
***
「……マジか」
驚きを通り越して笑えてきた。
「どうしたの、ヴィー。何かおかしいところがある?」
セレン嬢が不安そうに訊いてくるが、そういう意味で笑ったわけではない。俺の黒い前足の前に広げられたノートには、魔術の系統図はもちろん、各属性の初期術式が詳細に記述されている。
そして自身に属性がある風属性、無属性の魔術については特に深く学習したらしく、一覧表が作られている。習得する気満々なんだろうなぁ、横軸に習得時間、派生魔術、高位魔術、注意点などなど、これから埋めていくつもりなんだろう項目が並んでいた。
疑問点やら習得優先順位やら……お、魔獣のことまで調べるつもりか。
昨日、一昨日だけで、こんなに自分で勉強したのか。指南書を渡したのは俺だが、勤勉にもほどがあるだろう。
「いや、セレン嬢の勤勉さに驚いていた」
「どう考えても時間がないのですもの。魔獣討伐の実技にはひと月ほど時間を見ておかないと心配でしょう?」
「まあ、そうだな。俺もそのつもりだった」
「自分で学べるところは学んで、時間を有効に使わないと」
いやはや、参った。しかもこの疲労回復魔術の安定感といったら……素晴らしい。魔力が全身をよどみなく循環するのはもちろんだが、循環する魔力の厚みはどこまでも一定で、俺が最初に指定した出力を忠実に再現している。
魔術を教えてから丸四日と数時間で、こんなにも上達できるものだとは知らなかった。
「疲労回復魔術も実に安定している。この短期間でここまで成長するとは思わなかったぞ」
「嬉しい……ありがとう!」
よほど嬉しかったのか、華やいだ笑顔を見せるセレン嬢。こうして笑っていると、まだあどけなさも感じるというのに、ガッツだけはそこらの高官だの騎士だのよりもよっぽど強い。
「ねえ、ヴィー。抱っこしてもいいかしら」
「む……なんだ、急に」
「しばらく逢えなかったんですもの。少しだけ癒やされたいのだけれど……」
頑張ったご褒美に、と請われると断ることもできない。ちゃんと了解を得てから触ってくれるようになっただけでも良しとしよう。
そっと近づいたら、セレン嬢が白魚のような腕を伸ばしてくる。
「いいの?」
「素晴らしい成果だからな」
抱き上げられ、毛皮にそっと頬を寄せられ、膝の上にのせられた上にモフモフ、ナデナデ思う存分撫でられた。恐ろしいことに撫でられ慣れてきて、正直めちゃくちゃ気持ちいい。ただ、恥ずかしい気持ちだけは未だに健在だった。
俺は呪文のように念じる。
猫だから大丈夫。赤くなってもバレないから大丈夫だ、多分。




