【ヴィオル視点】一気に話が進んでいる……!
「ほう、サロンでそんな事があったのか」
「ええ、わたくし、もしかしたらヘリオス殿下が妃を決めたいという時に、このサロンでの会話が何かしら助けになるのではと思って『次代を待つ必要もないのかも』と言ってみたのだけれど」
「それはまた、踏み込んだな」
「ええ、マリエッタに叱られてしまったわ。誤解を生むって」
「ふぅん、それは……おっと」
「持っておくわ」
セレン嬢が支えてくれたから、俺は一生懸命に垂れてこぼれそうになるチーズを舐めとる。今日のスイーツはちょっと猫が持って食べるには少し難易度が高いのだ。しかしさすが料理長、味と創意工夫は天下一品だった。
なんでもこのスイーツはチーズタルトフォンデュというらしい。
きっと焼き立てを持ってきてくれたのだろう、香ばしい焼き色がついていて香りも魅力的だったし、しかも最初は普通のチーズタルトと思いきや、中には零れ落ちるほどとろりとした温かいチーズが隠れていた。
フォンデュと名がつくのが頷ける、とろける食感に満足としか言いようがない。天才か。
「しかしまぁ、まさか妹御にこの件について苦言をもらうとは皮肉なものだな」
「ふふ、妃の座を簡単に諦められるのね、と言われてしまって、ついサロンで聞いた話を白状してしまったわ」
「言ったのか!」
「ええ、エントリーしたこともあって、わたくしも少し気が大きくなっていたのだと思うわ」
「それで、反応は」
「青くなって、ごめんなさい、と謝ってくれたけれど……あの件がなかったらわたくしこそマリエッタの気持ちにも、ヘリオス殿下の気持ちにも気づかなかったのですもの。それに、わたくしが特級魔術師を目指すことにもならなかったのだから、実は今となっては感謝すらしているのよ」
チーズタルトフォンデュを食べ終えた俺は、セレン嬢を見上げる。その瞳は言葉の通りとても穏やかだった。
手をナプキンで拭いたセレン嬢は、俺の毛並みを確かめるようにゆっくりと撫でると、目を細めて幸せそうに笑う。
「こんな風にヴィーやヴィオル様との時間を過ごせたのも、あの日があったおかげだわ。感謝してもしきれないくらいね」
「そうだな……セレン嬢には辛い出来事だったと思うが、俺も、セレン嬢と出会えた事については感謝している」
言いつつも、なんとなく照れてしまって、俺はうつむいた。
しかし、そんなやりとりがサロンや妹御との間であったのなら、そのうちセレン嬢が特級魔術師になる、と判明した折にも、あれは布石だったのだと理解できる輩がいるだろう。
「そうか、ではあとは親父殿と話をつけるだけだな」
「もう言ったわよ?」
「は?」
「先ほど、お父様には相談したわ。わたくしが『折り入って話がある』なんて滅多にあることではないから、最優先だと時間を空けてくださったのですって」
「えええ!!!???」
「ヴィーが来るちょっと前にお話が終わったくらいだから、結構長く話していたのね」
仕事が早すぎないか!? いや、それでなんでそんなに落ち着いているんだ!? あ、いや、ということは親父殿は受け入れてくれたということか!?
頭の中を目まぐるしい勢いで疑問が過ぎ去っていく。
驚きで本当にちょっと飛び上がってしまった俺の背に温かい手を置いてゆっくりと撫でながら、セレン嬢はふんわりと笑みを浮かべた。
「ヴィーには全部話そうと思っていたの。聞いてくれる?」
「も、もちろんだ!」
「では、話すわね。長くなるけれど……」
「うむ、話せる部分だけでいい。詳細に頼む」
「ええ、お父様のお部屋に入ると、お父様とお母様が揃ってテーブルについて待っていてくださったの」
俺はセレン嬢の話を本腰を入れて聞くことにした。
***
「それで、セレン。話とは? お前が折り入って、というからには余程のことなんだろう」
「はい、お父様。実はわたくし、突然なのですが……特級魔術師になろうと決意いたしました」
セレン嬢の話の導入に、俺は思わず飛び上がった。
「待て! 待て、待て、待て! いきなりそのスタートか!?」
「ええ、お父様もお母様も、ポカンとしていらしたわ。とんでもない事をお願いするのですもの、単刀直入に言った方がいいかと思ったのだけれど」
「まぁ、相手の頭を真っ白にできるだろうから、先制攻撃としてはかなり有効だろうが」
「ふふ、案の定どうした急に、と興味を持っていただけたから、あとが話しやすかったわ」
セレン嬢が時折見せる豪胆さに、俺は尻尾の先が膨らんだままだ。
「そ、それで」
「もちろん大筋がブレない程度に経緯をお話ししたわよ。サロンで殿方数名が、わたくしよりもマリエッタを正妃にすべきだと進言していたことと……ヘリオス殿下もそのお気持ちがありながら、妃教育におけるわたくしの評価が高いばかりに言い出せずにいらしたことを、率直に」
その話を聞いた親父殿は、『思うところはあるが、ひとまずセレンの話をひと通り聞こう』と終始穏やかにセレン嬢の話を聞いてくれたらしい。
「だからわたくし、出来るだけ正直にお話したの」