未来を掴み取るために
エントリーする記録玉のチェーンにひとつ結び目を作って、わたくしはそれを大切にハンカチに包む。
たくさんの戦闘記録を見てきたであろうヴィオル様が選んでくださったのですもの。この中で最も合格の可能性が高い記録であることは間違いない。これでもしダメなら、わたくしの実力がよほど足りなかったということだろう。
そして、『戦闘の見た目が派手だ』と評された記録玉には結び目をふたつ作って、これはペン入れの中に忍ばせた。これはわたくしだって立派に戦えるのだということを証明できる物証でもある。大切にしなければ。
「セレン嬢はいつ父君と話すつもりなんだ?」
「お時間が取れれば明日の夜にでも。お父様がまたお船に乗ってしまう前にこのお話だけは直接顔を合わせてしておきたいの」
「随分と急だな」
ううむと唸るヴィーの姿に、わたくしは小さな違和感を感じる。
「お父様に話した方がいいと言っていたのに、なんだか浮かない顔ね」
「いや、セレン嬢が邸を抜け出していたからくりを尋ねられたら困るな、とふと思ってな」
「そうね。この計画に誰かが加担していたとなると、お話が一気にややこしくなってしまうもの。それだけはわたくしも避けたいわ」
「だろうな」
「けれど抜け出していた件については、今はもう空を飛ぶこともできるし、なんとでも言い訳できるでしょう?」
「そっちは問題ないが、邸の使用人はこの書庫に展開していたセレン嬢の幻影を見ている可能性が高いだろう」
「それは多分……様子を見たりはしているでしょうね。確かに追及されると困るわね」
「だよな。セレン嬢が幻影の魔術を使えれば一番問題ないが、あれはそもそも水属性の魔術だ。風魔術にも似たようなのはあるにはあるが…結構習得が難しくてな」
「そう簡単には習得できないということね」
「いくらセレン嬢でも一日二日じゃ無理だ」
ヴィーがそう言うくらいなのですもの、きっととても難しい魔術なんだわ。習得しておけば後々役に立ちそうだから、もちろん興味はあるけれど。
魔術がダメなら、何か代わりになるものはないかしら……と思案してみて、意外とすぐに思いついた。
「そうだわ、これが使えないかしら……!」
わたくしはさっきペンケースに入れたばかりの記録玉を手に取った。
「記録玉には視点が固定のものもあるのでしょう? わたくしが本を読む姿を写して再生すれば同じ効果が出るかも知れないわ」
「……!」
ヴィーがまんまるお目々でわたくしを凝視する。
「確かに……! それはいけるかも知れないな」
「良かった」
「魔術に頼る生活をしているとなんでも魔術で解決しようという発想になってしまっていかんな。考えれば記録玉の方が魔力もさしていらないし効率がいい。そして誰でも使える」
なぜか興奮したようにヴィーがしっぽをぱたぱたとテーブルに打ち付けている。
「完全に解決だな、さすがセレン嬢だ」
「ふふ、嬉しい。ヴィーは褒め上手ね」
「明日手持ちの記録玉を届けよう。アカデミーの授業が終わったら、サロンに行く前にいつものベンチに立ち寄ってくれ。用意しておこう」
自分で買いたいのはやまやまだけれど、先日討伐した魔獣の報奨金はまだ換金前ですもの、わたくしに自由になるお金などない。頼ってばかりの自分に少し落胆するけれど、わたくしはありがたくお気持ちをいただくことにした。
「何から何まで頼ってしまって申し訳ないけれど……でも、ありがとう」
「うむ、素直でよろしい。視点固定の記録玉は安物だからな、友人から借りたと言っても通るだろう。なんならやるから、心置きなく使ってくれ」
上機嫌になった猫ちゃんは、その後楽しく本日のスイーツを食べて、わたくしを勇気づけてから颯爽と闇の中に消えていった。
その姿を見送りながらしばらく夜風を楽しんだ後、わたくしはベッドに入ってゆっくりと明日の段取りを考える。
朝食時にお母様と執事長に頼んでおけば、近日中にお父さまとゆっくりお話しする時間は確保できるでしょうし、特級魔術師試験のエントリーは魔術師棟で受け付けてくれるはずだわ。サロンに行く前に魔術師棟に寄ればいいだけですもの、なにも問題はないわ。
そう分かっているのに、やっぱり緊張してそわそわした気持ちになってしまう。
大丈夫、きっとうまくいくわ。
だって本気の本気で取り組めば、あんなに無謀だと思われた特級魔術師の試験だって、きっと受かると言ってもらえるところまできたのですもの。
わたくしが望む未来を掴み取るために、あきらめずに頑張るだけ。
天井を睨みながら自分に気合いを入れていたら、ふと先ほどの猫ちゃんの姿を思い出す。
「……父君との話し合いが、穏やかであることを祈っている」
去り際にわたくしの手の甲にぽふりと可愛い右脚をのせて、そう言って励ましてくれた。
わたくしを見上げる真っ黒なお目目もぴんと立ったお耳もやっぱり可愛らしくてとても癒される。そしてその中身がヴィオル様本人であるという事実が、わたくしに更なる勇気を与えてくれた。