【ヴィオル視点】苦い思い出
セレン嬢は少し困った顔をしたあと、ふと思いついたように言った。
「ねぇ、どうしてヴィーは家族に話した方がいいと勧めるの? なにか理由があるのかしら」
理由は昨日一応話したのだが……きっとセレン嬢が聞きたいのはそんなことではないのだろう。もっと手前の話、俺がわざわざ口を出してまで家族との関係を大切にしなくていいのかと問う理由なのだろう。
俺はしばし考えて、おもむろに口を開いた。
「俺が魔術師になろうと決意した時、浅はかな考えで親父をひどく怒らせたからだ」
「まあ」
驚いた表情のセレン嬢が、気遣うように「それは、わたくしが聞いてもいいお話?」と聞いてくる。
人に話したことはこれまでなかったが、セレン嬢には必要な話だろう。
あの時の記憶を思い出して、耳がしゅんと垂れるのを感じながら、俺はそれでもコクリと頷いて見せた。
***
あの日俺は、街で立派な身なりをした爺さんと魔術師っぽい恰好をした若い男に声をかけられ、甘いお菓子をおごってもらった揚げ句に褒められまくってスカウトされて、有頂天になっていたんだ。
だから、家に帰るなり、開口一番こう言った。
「親父! おふくろ! 俺、魔術師になる!」
「はぁ? いきなり何をいってるんだい、この子は」
「魔術師なんて言葉、どこで聞いたんだか。俺たちには縁のねぇご立派な仕事だがなぁ」
もちろん親父にもおふくろにも笑われて、兄弟たちは意味が分からずポカンとしていた。
「そのご立派な魔術師の爺ちゃんにさ、今日街で魔術師にならないかって誘われたんだ」
「はぁ? バカ言ってんじゃないよ、なんでお前が」
「俺、なんか魔力の量がすごいいっぱいあるんだってさ」
今思うとその爺さんは俺の先代の第三魔術師団長だったわけだが、その時の俺はそんなことは分からなくて、とりあえず褒めてくれて美味いもんをくれる、優しい爺さんだって程度の認識だった。
その爺さんが俺にできるだけ簡単な言葉で丁寧に説明してくれたことを、そのまま親父とおふくろに一生懸命説明すると、だんだん二人も真面目な顔で話を聞いてくれるようになってきた。
さすがに俺が考えた作り話にしては説明が詳しすぎると思ったんだろう。
「で、明日その爺ちゃんが親父やおふくろに直接話がしたいっていうから、家教えたんだけどいいよな?」
「お前、勝手に……っていうか、家に来るのか」
「うん、俺の魔力がすごいから、その爺さんがタダで魔術学校に入れてくれるって言うんだ。その説明に来るってさ」
「魔術学校って……ホントにエリートが通うようなとこじゃないか」
「待て待て待て、お前今まで魔術師なんて考えたこともなかっただろうに。そんなに簡単に決めていいのか。ちゃんと考えろ」
「考えてるって! 俺、別に仕事なんてなんでもいいし、今年は不作で家も苦しいしさ、俺が寮に入れば食い扶持が減って楽になるだろ」
言った瞬間、ゴッツイ平手が飛んできた。
「ふざけんな!」
「痛ってぇ……な、なんだよ、急に」
滅多に親父に殴られたことなんてなかったから、俺はそれまでの弾んだような気持なんか一瞬でしぼんでしまった。
「情けねぇこと言うんじゃねえよ! そりゃあ今は苦しいが、ガキを売るような真似するくらいなら日雇い五軒かけ持ってでも食わせていくってんだ!」
「あんた……!」
「親父」
怒っているはずの親父の目が悲しい色をしていて、俺は完全に自分の失言を悟った。
「そんな適当な気持ちで魔術学校に入ったところで、十把ひとからげの底辺魔術師にしかなれねぇだろうよ。お前が本当に魔術師になりたいという意思がないんなら、俺は許さんからな」
それだけ言い残すと飯も食わずに寝室に籠ってしまった親父の姿に、俺はもう何も言えなくなっていた。
丹精込めた野菜も新種の開発中だった畑も長雨の影響でダメになり、今年は通常の三割にも満たない不作の年だった。それでも不平ひとつ言わずに家族の生計を賄うために日雇い仕事で日銭をかせいでくれていた親父を楽にしたいと思っていた。
子供だった俺の考えはまだまだ未熟で、俺の不用意な言葉が、どんな思いをしても妻と子供を食わしていこうという覚悟でいた、父のプライドをいたく傷つけたのであろうことだけは分かった。
「今のはヴィオルが悪い」
「ごめん」
「明日ちゃんと謝りな」
おふくろの言葉に、俺は頷くだけだ。
兄弟たちも心配そうに世話を焼いてくれて、親父が席にいないいつもより寂しい夕食を食ったが、もう味はしなかった。
「父さんはね、魔術師になることをやみくもに止めようとしてるんじゃないからね。家のために、ってんじゃなく自分のために考えろって言ってんのさ」
「うん……分かってる」
それから一晩寝ずに考えて、本気で魔術師になろうと決めた俺は、親父にしっかりと詫び決意表明をして魔術学校に入ることになったわけだ。
それから今までずっと、最高峰の魔術師になるために努力してきた。
ガキの頃の恥ずかしくも情けない思い出だが、あの時の会話がなかったら今の俺はいないだろう。
そう話を締めくくった俺に、セレン嬢は穏やかな笑みを見せる。
「ヴィオル様が魔術師を目指す経緯には、そんなお話があったのですね」
「ああ。とはいえこれは俺の経験談で、だからセレン嬢も同じだというつもりはないんだ」
書き始めるまで私も知らなかった、ヴィオルの若き日の思い出回




