どんな顔で会えばいいの……!?
「はい、ヴィオル様」
「この姿の時はヴィーでいい」
「そんな」
「言葉も畏る必要などないぞ。猫に敬語で話しかけているところなど、うっかり使用人に聞かれでもしたら体裁が悪いだろう」
ヴィオル様のおっしゃる事が正論なのは分かっているのだけれど、この可愛らしい黒猫ちゃんがヴィオル様だと思うと、あんな風にくだけた話し方をするのも失礼だわ、という気持ちが過ぎってしまう。
「中身がヴィオル様だと分かった以上、それは難しいと思うのですけれど」
「慣れるしかあるまい。頑張れ」
事もなげに言われてしまって、わたくしは苦笑する羽目になった。ヴィオル様の中では、どうやらそれは決定事項のようらしい。
「……そう、ね。努力するわ、ヴィー」
「うむ、それでいい」
「ふふっ」
したり顔で頷く横顔がしっかり猫ちゃんで、やっぱり可愛い、という言葉が口から出てしまわないように、一生懸命に押し殺した。猫の姿でもキリリとかっこいい……なのに可愛らしいヴィオル様に、わたくしは口元が緩むのを抑えられない。
「では帰るか。セレン嬢も今日はゆっくり寝るといい」
「あっ」
「なんだ」
「スイーツを食べるのを忘れていたわ。……持って帰る?」
「!!!」
ヴィオル様もすっかり忘れていたみたい。けれどスイーツと聞いた途端に食べたい気持ちは急上昇したようで、ヴィオル様の目はわたくしのベッドサイドに置かれているバスケットに釘付けになった。
やがて、絞り出すようにポツリとひとこと。
「…… いいのか?」
「もちろん」
「すまん、ありがとう」
「どういたしまして」
手早くバスケットを持ってきて開けると、甘いキャラメルの香りがふわりと鼻をくすぐる。取り出してみると今日のスイーツはわりとシンプルに見えるクッキーだった。キャラメルは生地に練り込んであるのかしら。
ちっちゃくって軽そうだから持ち帰りやすそうで良かったわ。
クッキーをハンカチで包んであげたら、クンクンと匂いを嗅いで幸せそうな表情をする。ヴィオル様ったら、本当に甘いものが大好きなのね。
「ああ、今日も絶対に美味いと保証されているような匂いだ……」
大好きな料理長のお手製スイーツを大切そうに背負って、見た目可愛らしい黒猫ちゃんは、夜の闇へと消えていった。
その後ろ姿を見送ってから身支度を整えると、わたくしはヴィオル様の言いつけ通りにベッドに入る。
難航するだろうと思っていた魔獣討伐がうまくいったのですもの。確かに今日くらい早めに眠りについてもいいかもしれないもの。
たくさん魔獣討伐をして危険な事も嬉しいこともたくさんあった筈なのに、こうしてベッドの中で頭に浮かぶのは、さっき聞かされたばかりの驚きの真実の事ばかり。
今までも似ている、似ているとは思っていたけれど、まさかヴィーがヴィオル様本人だなんて思いつきもしなかった。道理で随分と賢くて頼もしい猫ちゃんだと思ったわ。
一人でくすくすと笑いながら、可愛らしい猫ちゃんの様子を思い浮かべて幸せな感情にひたる。
ノビをしたり、うたた寝したり、ノドをゴロゴロ鳴らしたり、どう見ても可愛い猫ちゃんだというのに、魔術を教える時は本当にとても素晴らしい先生だったわ。とてもわかりやすく説明して導いてくれたし、わたくしが落ち込んでいる時はいつだって励ましてくれた。
ダメな事はダメだとしっかり叱ってくれたし、街中で男性に絡まれた時はわたくしを庇って怯まずに戦ってくれたりもした。
そういえば、わたくしの他愛ない話も呆れながらもちゃんと聞いてくれていたわよね。
素っ気なくお顔を背けていても、ピンと立てたお耳がわたくしの方にしっかりと向いているのよね。時折ピクピクと動くものだからお話を真剣に聞いてくれていることだけははっきりと分かったもの。
それに、いつだって用意したスイーツを美味しそうに、幸せそうに食べてくれた。あのひと時は、わたくしの癒しだったわ。
素っ気ないけれど優しくて、可愛くて、勇敢で、頼もしくて、いつだって真摯な……甘いものが大好きな猫ちゃん。
あれが全部ヴィオル様だったなんて。
脳内でヴィーとの思い出をヴィオル様に置き換えようとしてみて、ふと思い出した。
待って。
わたくし、ヴィーのお鼻をつついたり、頬擦りしたりしたわ。
嫌がっていたのに無理やり足も拭いたし、ぎゅうっと抱きしめたりもしたわ。
それに……それに、わたくしったら身体中……至る所をモフモフ撫でまくってしまったわ。
それにわたくし…… わたくし、ヴィーに随分と秘密の話をしてしまった。それこそ、ヴィオル様が優しかった、素敵だった、かっこよかったと……さんざん、言ってしまった気が……。
そう考え出したら急にどんどん恥ずかしくなってきて、熱でもあるのかと思うほど体が熱くなってきた。
顔がほてる。
動悸が早くなる。
ベッドの中で悶えるわたくしの顔は、今はきっと真っ赤に染まっているだろう。
どうしましょう。
どうしましょう。
どうしましょう。
ベッドの中でひとり、バクバクと高鳴って飛び出してしまいそうな心臓の音を聞きながら、わたくしは枕を抱きしめて顔をうずめる。
ああ、どうしたらいいの、わたくし。
明日、ヴィオル様にいったいどんな顔で会えばいいのかしら。
セレン、恥ずか死ぬ回(*⁰▿⁰*)




