【ヴィオル視点】魔獣討伐の終わり
さすがに不利を悟ったらしいアシッドアント達が退却を始める。
とはいえもはや数は減りに減り、二、三匹しか残っていない。それすらもしっかりとウインドカッターで仕留めてから、セレン嬢はゆっくりと俺の側に移動してきた。前回手負いの魔獣を生かすなと指摘したのを、しっかりと覚えていたのだろう。
結果としてセレン嬢は、三十をこえるアシッドアントの群れと得体の知れない魔獣を、驚くほどの短時間で仕留めたのだった。
どこまでも真面目な弟子を労おうと見上げて少し驚く。さっきまでの勇敢な戦いっぷりが幻だったかと思うほどその顔は憔悴していた。
「乗ってくださいませ、ヴィオル様。もうこの場所には居たくない……」
「分かった」
さすがに精神的に堪えたのだろう。少しでも早くこの場から離れた方が良さそうだ。まだ僅かにカートは空に浮いているが、俺はセレン嬢の後ろに勢いよく飛び乗った。疲れ切った表情ながらもその重みをしっかりと受け止めてバランスをとる調整力はさすがだ。
よほどその場を離れたかったのか、結構な勢いで森を抜け、カートは森を見下ろす上空で滞空した。なるほど、これならばそう簡単には魔獣には襲われまい。
見ればセレン嬢の肩も腕も、小刻みに震えていた。顔は見せたくないのだろう、俯いてしまっていて俺からは見ることができない。
「よく頑張った」
その震える肩がけなげで、俺はでき得る限り穏やかに声をかける。肩をポンポンと軽く叩いてやれば、セレン嬢の手が自身のスカートの裾をギュッと握り込んだのが見えた。
自分の中の恐怖となんとか自力で折り合いをつけようとしているのが見てとれて、それが頼もしくもあり、少し寂しくもあった。
「今のはかなりいい戦い方だった。つい声を出してしまって悪かったな、あれならばそのまま記録玉を提出しても合格ラインが貰えただろう」
俺が注意を促さなくとも、セレン嬢は防護壁も展開しているのだ。もっと危ない場面はあったかも知れないが、最終的には一人でも倒してしまえたに違いない。
俺の方こそ口を出さない鉄の意思が必要なのだ。次は絶対に声を出さない。
「いえ、眼下でうじゃうじゃ動いているアリに気をとられて、周囲が全然見えていなかったのですもの。ヴィオル様が教えてくださらなかったら、どうなっていたことか」
「まぁあれだけの群れだ。正直に言って普通の魔術師なら命を落としただろうな」
「!」
俺の言葉に弾かれたようにセレン嬢が顔を上げ、俺の方へと振り返った。誇張ではない、実際に中堅くらいの魔術師がひとりであの規模の群れに遭遇すれば、命を落とすことなど充分にあり得る。新米魔術師なら確実に命はなかった筈だ。
「セレン嬢のように空に逃げることなどできないからな。あの数なら次の魔術を練るのが間に合わない」
その意味では、セレン嬢が飛べるようになっていて本当に良かった。
「さっきアシッドアント達を躱しているのを見てよく分かった。森の中を飛ぶのに無駄に旋回したり上下に動いたりしていたのは、戦闘を見越しての動きだったのだな」
「す、すみませんでした。ヴィオル様に負担をかけてしまいましたわ」
「謝ることなどない。枝を切っていたのも、同時に攻撃魔術が使えるかを試していたのだろう。よく考えて行動している。感心した」
心からの言葉だと伝えたくてセレン嬢の目を見て言えば、セレン嬢は俺をしばらく見つめた後に、本当に嬉しそうに可愛らしく笑ってくれた。
「不思議だわ。さっきまで怖くて怖くて心が折れてしまうかと思っていたのに……ヴィオル様にそうやって褒めていただけると、なんだかまだ頑張れるような気持ちになるんですもの」
ヴィオル様ってすごい、となぜか褒めてくれるが、そんな風に言われると逆に照れくさくて何も言えなくなってしまう。言葉につまってしまった俺とは違い、セレン嬢は一気に元気になったようで、最高の笑顔を見せてくれた。
「ヴィオル様、ありがとうございます。わたくしもっともっと頑張ります!」
「あ、ああ。ええと……無理はするなよ」
「はい! あ、そういえばお食事するところを探していたのですわね。すぐにいい場所を探しますので」
さっきまで震えていたとは思えないように晴れやかな顔で、セレン嬢は空の散歩を再開した。もはや任せておけば安心と思えるほど安定した飛行だ。
アシッドアントとの闘いで一皮も二皮も剥けたらしい彼女は、その日中級魔獣を探して森を飛び回り、四個もの提出可能レベルの記録玉を手に入れたのだった。
さすがの俺もちょっと引くレベルだ。
盛り沢山だった魔獣討伐を終え、改めてヴィーの姿でセレン嬢の部屋を訪ねた俺は、足を丹念に拭かれながらどう話を切り出すべきかを迷っていた。
実際、最難関だと思っていた魔獣討伐が確実にクリアできそうな今、彼女に教えることなどさほどない。なんせ本試験は防護壁を試験官の指示した強さに変動させながら長時間張り続けるという耐久系のものだ。
魔法防壁を長時間張り続けるのが主たる任務の特級魔術師としては最も重要な試験で、これに合格するのがなかなかに難しい。中級魔獣を一人で討伐できるほど攻撃魔術が得意な人材は、瞬発力に優れてはいるが持続系の魔術が苦手なのだ。
だが、セレン嬢はむしろこっちの方が得意だ。軽くコツを教えるだけで十分過ぎるほどだろう。
今俺を悩ませているのは、まったく別の案件だった。
ついに魔獣討伐フェーズが終わりまして、お話が一気に動きます!
ちなみに応援してくださる皆様のおかげで、無事に2巻の発行に向けて改稿作業に勤しんでおりますよ(╹◡╹)
2巻も楽しんでいただけるように頑張りますね。
これからも楽しんで読んで貰えると嬉しいです!!




