リース様の親切
翌日、わたくしはアカデミーで授業を受けながら昨夜のことを思い出していた。
あのタイミングでアラームが鳴って本当に良かったと思う。だって、あの後わたくしは起き上がって戦おうとするヴィオル様を全力で引きとめるという暴挙に出たのですもの。そんな場面、恥ずかしすぎてきっと見ていられない。
考えるだけでも顔に熱が集まるのを感じて、わたくしは一人、手でパタパタと顔を扇いだ。
いけない、思い出すべきところはそっちではないわ。昨日の戦闘と記録玉で得た経験と、ヴィオル様からいただいたアドバイスをもとに、これからの学習予定を組まなくては。
アカデミーで履修すべきところはかなり先の方まで予習しているし、今日の授業の範囲ではよくわからないところも特になかった。授業に耳を傾けながらでも魔術の学習予定くらいは組めるだろう。
そう考えて、わたくしは授業用のノートに重ねるようにして、魔術関連のことをまとめて記しているノートを忍ばせた。
いくつかの授業をそうしてこなし、移動教室のために席を立とうとした時だった。
「セレン、今日はずいぶんと考え込んでいたみたいだけれど、何かわからないことでもあった?」
「えっ……」
いきなりリース様に声をかけられて、わたくしはちょっと驚いてしまった。
確かに考え込んではいたけれど、それはもっと威力のある魔術を安定して放てるようになるための学習予定をたてていたからであって、別に授業でわからないことなんてない。
「いえ、特には。授業はわかりやすかったですし、概ね理解できましたわ」
答えながら、さりげなく魔術関連の記述があるノートを手で隠す。
ノートの大部分は教科書や授業用のノートに隠れているし、記述自体他の方に見られたところで理解できるような内容はないだろうけれど、魔術に造詣の深いリース様にはわかってしまうかもしれない。
恐る恐るリース様を見上げたら、リース様は小さく苦笑した。
「どうやら違うことで悩んでいたみたいだね」
「……」
なんと答えていいかわからずに、わたくしは眉を下げる。
この前から、リース様には間の悪いところを見られてばかりだわ。わたくしの気まずさを感じ取ったのか、リース様はわたくしを安心させるように優しい笑みを浮かべる。
「責めてるんじゃないよ、だからそんな困った顔をしないで。……なにか、助けになれないかな」
「助けに?」
「そう。前にも言ったと思うけど、こっちのことなら僕にも助けになれることがあるかも知れない。困っているなら話してみてくれないか」
「リース様……」
リース様の目はとても真摯で、純粋にわたくしを心配してくれているみたい。サロンでもこうしたリース様のさりげない心遣いに何度も助けられてきた。リース様って本当に、優しい方なのだわ。
リース様の心遣いを無碍にしたくなくて、わたくしはしばし考えた。
今困っていることの中で、リース様に伝えても問題ないことがあるかしら。もしかしたら、相談してみたらなにか良いアイディアをくれるかも知れない。せっかく声をかけてくださったのだもの、頼ってみてもいいのかも知れない。
ただ、なんせ魔術のことだから、ここで話すには少々難がある。
「それではリース様、サロンに向かう時にでも相談にのってくださいますか?」
「もちろん!」
わたくしがそう言うと、リース様は嬉しそうに顔をほころばせた。
「セレンの役に立てるなら嬉しいよ。なんでも言ってくれていいからね」
同い年なのにまるでお兄様みたい。穏やかだけれど頼りになるリース様にわたくしはひそかに感謝した。
***
「で? どうしたんだい? もしかして飛べなくて困ってるのかな」
リース様と並んで歩き始めた途端にいきなりそう切り出されて、わたくしは一瞬「飛ぶ?」と聞き返しそうになってしまった。
そして、ああそうだった、と思い出す。以前リース様に風魔術の練習をしているところを見られてしまった時に、実は空を飛びたくて風魔術を練習しているのだとお話ししたのだったわ。
リース様はそのことをしっかりと覚えていてくれたのね。
確かにすごく空は飛びたいのだけれども、今はそれよりも優先すべきことがある。中級魔獣を確実に倒せるくらいに強くならないとこれまでの努力がなんの意味も持たなくなってしまうもの。
ただ、威力を上げることや安定させるといった意味では飛ぶのも中級魔獣の討伐も、すべきことは同じなのかもしれなかった。
わたくしはリース様に話してもいい部分を慎重に探りながら口を開く。
「ふふ、飛ぶのはまだおあずけですわ。バランスをとるのがとても難しいのですもの」
「そうだろうね、なんせ今に至っても空を飛ぶのは魔術師の間でも一般的な魔術として流通しているわけじゃなさそうだ。多分扱うのが難しい魔術なんじゃないかな」
「わたくしも自己流で頑張ってはみたのですけれど、体だけだと均等に風をあてるのが難しくてバランスを崩してしまうんですの。カーペットやお布団の上に乗って面に風を当てて浮かせてみたりもしてみたけれど、なかなかうまくいかなくて」
「面白い発想だね。自力でそんなことまで研究してるんだ、セレンらしいな」
正直に言ってみたら、リース様は楽しそうに笑ってくれる。その笑顔に勇気を得て、わたくしはリース様に質問をぶつけてみることにした。




