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【書籍化&コミカライズ】地味姫と黒猫の、円満な婚約破棄  作者: 真弓りの


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安堵を覚える人

このところヘリオス殿下はサロンでわたくしと話す時、こんな風に目を逸らしたり言いにくそうに口籠ることが多い。これまではわたくしにしていた指示も、マリエッタを通して行われることが増えてきた。


ヘリオス殿下のその変化は目立つほどではなかったけれど、サロンでの席が近いリース様もチラリとそんなことを仰っていたから、気付く人は気付いているのだろう。


今後のことを考えるとこうした変化はむしろ良いことのように思える。


ヘリオス殿下はわたくしよりもマリエッタの方が話しやすいのかも知れない。もしかしたらこれまでも本当は、わたくしには言いにくくて我慢していたことがあるのかもと思うと、それが申し訳なかった。


言葉を探しているようなヘリオス殿下の様子に、わたくしはただ黙って次の言葉を待つ。せめてヘリオス殿下が言葉にしようと思っていることくらいは、最後に聞いておきたかった。


ヘリオス殿下は迷った末、小さく息をつくとゆっくりとわたくしの方へと顔を向ける。



「僕はただ……セレンが楽しそうなのが嬉しい、と……そう言いたかっただけなんだ」



少し緊張したような顔でわたくしを真っ直ぐに見つめ、ヘリオス殿下が囁いた。


仕事の話をしたかったんじゃなくて、そんな他愛もないことが言いたかったんだと気恥ずかしそうなヘリオス殿下。その思いもかけないお言葉に、わたくしは瞠目する。


曲が終わる直前、ヘリオス殿下は再びわたくしに小さく耳打ちしてくれた。



「これからもセレンが笑っていられるよう、サロンの運営を頑張るよ」


「ヘリオス殿下……ありがとう、ございます」



わたくしがサロンで気まずい思いをしていたことに、もしかして気付いてくれていたのかしら。そう思うとありがたくて、わたくしは心の底からの感謝を口にした。


互いに礼をしてわたくし達の手が離れると、ヘリオス殿下の視線がわたくしを通り越した先を見る。その時ヘリオス殿下の顔に僅かに浮かんだのは、緊張から解放されたかのような安堵の表情だった。


視線の先にいるのが誰かなんて、振り向かなくても分かる。



恥ずかしい、と思った。



その表情を見れば、ヘリオス殿下が共に居て安堵を覚えるのは、わたくしではなくマリエッタなのだとはっきり分かる。


ずっと婚約者として側にいながら、ヘリオス殿下にとって信頼し心を許せる相手になれなかった……それだけでも充分に自分の至らなさが情けないと思っていたけれど、何より落胆したのは、そんな自分の体たらくを棚に上げて、ヘリオス殿下がわたくしのことを気遣ってくれたのではと喜んだ自分自身の浅慮さだった。


わたくしったら、何を甘えていたのかしら。気遣うべきは臣下であるわたくしの方だというのに。


自分の未熟さが身に染みて、泣きたい気持ちが湧き上がってくる。


うっかり泣いてしまったりしないようにと顔を上げたら、ヘリオス殿下の向こうにひときわ黒い姿が現れた。見間違いようもないお姿に目が奪われる。


ああ。ヴィオル様だわ。



「セレン嬢」



形の良い唇がわたくしの名を呼んでくれたのが聞こえて、わたくしは沈んでいた気持ちがふっと楽になるのを感じていた。


ヴィオル様が見ていてくれると思うだけで、さっきまでの泣きたい気持ちが和らいで、不思議と心強くなる。お姿を見ただけでこんなにも安心できるのは、恐ろしい魔獣との闘いの最中、ヴィオル様がずっと見守り導いてくださったからなのかしら。


わたくし達の方へと足早に近づいて来たヴィオル様は、ヘリオス殿下へと深く頭を下げて言った。



「前回は技術が至らぬせいでセレン嬢の足をふむという失態を犯しましたので、このひと月猛特訓してまいりました。ぜひあの失態を雪ぐ機会をいただければと」



その言葉に、わたくしは目が覚める思いだった。


ああ。


そう、そうよね。本当にヴィオル様の言う通りだわ。


ただ落ち込んでいたって何にもならないもの。自分が至らなかったと気づいたなら、その失点を取り戻す努力をすればいいだけ。動揺してそんなことすら頭から抜け落ちるだなんて。


最後になるだろう夜会で、自分の至らなさに気付けてむしろ良かったのだわ。


あと数週間の短い間だけれど、この反省も踏まえてマリエッタを出来る限りサポートしよう。わたくしの持てる知識を、マリエッタが受け取れるだけ伝えていこう。


そしてヘリオス殿下がわたくしなどに気を遣ったり心配したりしなくても良いように、サロンでは極力笑顔でいるようにしよう。


前向きな決意ができたことをヴィオル様に感謝する。


そんなわたくしの前で、ヘリオス殿下はヴィオル様に「僕が許可するものではない」と言い置いて踵を返す。


わたくしの横を通り抜けマリエッタのもとへと歩むヘリオス殿下に、わたくしは深く深く頭を垂れた。



「セレン嬢」



頭をあげると、ヴィオル様がいつの間にかすぐ傍に立っていた。


どんな時でもわたくしの悩みを簡単に吹き飛ばしてしまうヴィオル様の存在が頼もしくて、今日も夜会に参加してくださったことに密かに感謝する。


ヴィオル様がくださったイヤリングを持ち歩くだけでも守られているように感じるけれど、本人が側にいてくださることは、その何倍も効果が高いみたい。

セレンと殿下の心情が難しくて難産でした…。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまですれ違うかー 殿下、なんで要件伝えるのにマリエッタ通すのそら自分よりマリエッタの方がいいと思うよセレンも セレンの負担を減らしたい、マリエッタに仕事に慣れてもらいたい、この二点からだ…
[良い点] 相変わらずの殿下で、それに磨きがかかった様に感じる [一言] 良いのかそれで? 殿下が明後日の方向に邁進してるけど誰も諌めない 側近達それで大丈夫? 妹を使って伝えるとか、もうそれないよ…
[良い点] ヴィオル、セレンと踊るためにだけに頑張った!( ๑•̀ω•́)و✧ [一言] あ〜(・ω・∪;)ね〜。コレはヘリオス殿下の自業自得ですね。 長い時間があったのに、婚約者と言う立場に甘んじ…
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