【リンデ視点】白百合とマーガレットの雑談
「まったくもう、マリエッタ様の取り巻きのお坊ちゃん達ったら、どうしてあんなにバカなのかしら。イライラしたわぁ」
「ははは、やっぱり怒っていたんだね。よく我慢したじゃないか」
サロンを出て人気がなくなるなり、吐き捨てるように言うラーディア様が面白くて、思わず笑ってしまった。
「我慢しましたわよぉ。リンデ様と違ってわたくしは猫をしっかり被っておきたい派なんですものぉ」
「そうだな、その猫は大事にした方がいい」
ラーディア様はいつも穏やかな口調でニコニコと笑っているマーガレットの花のような令嬢だと評判だが、その実短気でそれなりに口も悪い。あの笑顔とのんびり穏やかな語り口とは真逆の辛辣さがあるなんて、周囲の者は分かるまい。
知っているのはよく彼女と一緒に過ごす私やセレン様くらいのものだろう。なんと彼女は家族にも特大の猫をかぶって接しているらしい。
まぁ、セレン様だって可憐で奥ゆかしい、かすみ草のように儚げで目立たない女性だと聞いていた。殿下やマリエッタ様の引き立て役のように言われるその評に対し、セレン様と深く知り合う前から不愉快な気持ちを持っていたものだ。
しかしこうして仲良くなってみれば、儚げなのは単なる極度の寝不足だったし、確かに行動は可憐で奥ゆかしいとは思うが、その中身は強靭な精神力と弛まぬ努力で鍛え上げられた歴戦の戦士のような屈強さだと思う。花の概念におさまる気がしない。
パッと見と真実には大きな隔たりがあるものだ。
ちなみにマリエッタ様はピンクの薔薇、私は白百合だときいたことがあるが、多分世間で信じられている評と本人には同じくらい隔たりがあるだろうと思っている。
「まぁ彼らは私たちより年下だし、マリエッタ様に至っては二つも下だ。少々子供っぽく見えるのは仕方がないさ。実際に先輩方はやはり頼もしく見えるしな」
「そうですけどぉ」
「しかし近々で平民まで参画させるつもりだとは恐れ入ったな」
「それだけ殿下だって困っていらっしゃるんでしょう〜? ご自身の同学年がアレで、次の代は高位貴族は女性しかいないしぃ、先輩方が卒業されたらリース様とセレン様だけが頼り、って考えただけでキッツイものぉ」
「確かにな」
「保守派のわたくしにまでお声がかかったのですものぉ。まだまだ裏があるかも、ですわぁ」
「怖いことを言うなよ」
「まぁ、声をかけなかったら邪魔されるでしょうしぃ、軌道にのせたい制度なら革新派、保守派、中立派を全部巻き込むのは定石でしょうけどぉ」
相変わらず自身の父に対してもなかなか辛辣な物言いだ。
不幸にも保守派筆頭と言われるハピスエリ家に生まれ、旧来の男性をたて家庭を守るための教育を受けてきたラーディア様。兄君より秀でることは許されず、文官になりたいだなんて夢は口にすることさえ許されなかったと聞いている。
先日サロンに参加して欲しいと言う殿下からの依頼があった折、帰りの馬車の中ラーディア様はいつになく硬い表情で「絶対にお父様の了承を得てみせる」と宣言していた。
いつか家族をも出し抜いて自分で文官になる夢を掴むんだと、ずっと機会を狙っていたと聞かされたのはその時だ。そんな彼女にとって今回のサロンへの参画は、まさに千載一遇のチャンスだと言えるだろう。
さっき彼女が口にした通り、彼女にとって今の状況はまさに「賭け」なのだ。サロンでその才能と働きを認められれば、確実に文官への道が拓ける。
女性であるだけで力を発揮することすら許されず押さえつけられてきたラーディア様、逆に殿下の婚約者としてその将来がガチガチに固められ、膨大な責務に追われているセレン様。
二人にとってサロンは、きっと気持ちが休まることのない戦場にも等しい場所なのだろう。
「あのお坊ちゃん達、わたくしの兄の呑気さに似ていてイラつきますわぁ。貴族で男だったら自動的に優遇されて勘違いするんでしょうけどぉ、時代は変わりつつあることを思い知らせてやりたいですわぁ」
「怖い怖い」
「あら、失礼。でもぉ、お仕事中に女性にかまけているのってみっともないでしょう〜?」
「まぁ、そうだな。あれはいただけない」
「わたくし、決めましたわぁ」
不意に、それまでの愚痴のような雑談のようなふんわりした声に、強い意志が混ざる。
驚いてラーディア様を見たら、大きな紺色の瞳が真っ直ぐに私を見上げていた。口元には微笑。けれども、その瞳には決意のようなものが感じられる。
「まずはこのサロンで成果をあげて、絶対に文官への道を掴みとりますわぁ。そうすればアカデミーを卒業してもセレン様やリンデ様と、こんな風に肩を並べられますしぃ」
にっこりと、ラーディア嬢が笑う。彼女ならきっと有言実行するだろう。
「嬉しいよ。まさか一緒に文官の道を目指せるとは思わなかった。私も君やセレン様に遅れを取らないよう、精進する」
二人で誓い笑い合ったあと、ラーディア様が急にニンマリと黒い笑みを浮かべた。
「あとぉ、せっかく手の届くところにダメ坊っちゃんを発見できましたしぃ、あの方達の更生に一役買えれば本望ですわぁ。ストレス発散も兼ねて」
ゾッとした。
まさか兄君への鬱憤を、彼らで晴らそうと言うのだろうか。何をするつもりなんだ、いったい。




