結果オーライ
「だから、人一倍頑張ろうって思っていて。サロンでの時間はできるだけお仕事にあてたいの」
「マリエッタ……」
「なんて健気なんだ」
殿方達は感動したようにマリエッタを見つめている。わたくしの手の中で、マリエッタの細い手にひときわ力が入った。
「皆さんも、昨日はあんなに頑張っていらしたのだもの。お仕事が嫌いなわけじゃないでしょう?」
「そりゃあ別に嫌いじゃないけど……」
「そうよね、良かった! じゃあ一緒に頑張りましょう? 私が困ったら、色々教えてくださる?」
「も、もちろん!」
「任せて!」
にっこりとマリエッタが笑えば、殿方達は一斉に頷いた。マシュロ様はまだ憮然とした表情だったけれど、言い返す気はないらしい。わたくしはほっと胸を撫で下ろした。
「単純だねぇ」
いつのまにかわたくし達のもとへ戻って来ていたリース様がひっそりと笑う。
「ありがとうございます、リース様」
きっとわたくしではあそこまでハッキリとは言えなかったと思う。リース様は「どういたしまして」と笑ってくれるけれど、彼のこういうさりげない優しさには助けられてばかりだ。
マリエッタはリース様にひとつ礼をしてからわたくしに目を合わせて頷くと、マシュロ様達の方へと駆けていく。
すっかりやる気がでたらしい殿方達に「早速頑張りましょう」と声をかけ、マリエッタは先陣切って昨日の続きの仕事に取り掛かった。
自分の気持ちはしっかりと伝えつつ、最終的には気分良く仕事が出来るように仕向けるだなんて、マリエッタはえらいわ。
「確かに驚くほど単純だとは思うが、やる気は出たようだから結果オーライじゃないか?」
「先輩方や殿下がくる前で良かったよ」
リンデ様が呟けば、リース様もほっとしたような声を出す。その横でラーディア様は半目でマリエッタとマシュロ様達をじっと見ている。
「でも、なんとなくムカつきますわねぇ。いっそ見つかって怒られてしまえば良かったのに」
「ははは、厳しいな。だが今回の件はさすがにマリエッタ様に同情するよ。あんなアホどもに好かれてると手綱を取るのも結構大変なんだな」
「そうですわねぇ。勉強になりましたわぁ」
苦笑するリンデ様と、口調が棒読みでちょっと怒っているらしいラーディア様。ここがサロンでなかったら、ラーディア様は言いたいことが山ほどあったに違いない。なんと言っても口元は笑みを浮かべているけれど、目が怖いもの。
「それにしてもあの方達、爵位がそれなりに高いのが厄介ですわねぇ。まぁ王宮に入ってしまえば閑職まっしぐらでしょうけど」
「だろうね。私も一緒に仕事をするのは勘弁願いたいよ」
「男性は学生時代は子どもっぽく、職に就いてからの伸び率が高いときいておりますしぃ、それを期待するしかないですわねぇ」
「それは僕も耳が痛いな」
「まぁ、リース様はしっかりしていらっしゃいます。いつも頼りにしておりますもの」
二人の言葉を聞いたリース様が肩を竦めるから、わたくしは慌てて反論する。
「そうですわぁ。さすがボーデン宰相様の弟君ですわよねぇ」
「セレン様からいつも助けてもらっていると聞いているよ。ありがとう。セレン様の友として君には感謝しているんだ」
二人の反応にリース様は一瞬驚いた顔をして、ついで嬉しそうに微笑んだ。
「光栄だな。こちらこそありがとう」
「ははは、照れているのか? 珍しい。さぁ、私達も仕事に取り掛かろう。彼らに負けてはいられない」
「そうですわねぇ。あの子達には負けたくないですわよねぇ」
「ええ、頑張りましょう!」
わたくしの声にも力が入る。いっそ腕まくりでもしたいくらいにやる気が出てきた。気心が知れた人たちがサロンにいてくれる安心感がこんなに大きいなんて。
さっきはどうなることかと思ったけれど、無事にみんな仕事に入れて本当に良かった。
マリエッタの指導は基本的にわたくしが担当することになっているから、マリエッタもタイミングを見てまたわたくしのところへ仕事を習いに来るだろう。教える時間を確保するためにも、今抱えている案件を先にさっさと終わらせてしまわなければ。
自分の机についたわたくしは、しばし一心不乱に目の前の書類の山と戦うことにした。
***
「遅くなってすまない」
ヘリオス殿下の声と扉を開ける音にふと集中が途切れる。
扉の方を見てみれば、ヘリオス殿下と先輩方が一緒にサロンへと入って来るところだった。お三方が一緒に来るだなんて珍しいわ。
「やっと顔を上げてくれた」
小さな声がすぐそばで聴こえて、わたくしはちょっぴりビクッとする。
「マリエッタ……いつから、そこに?」
「十分くらい前かしら。お姉様、すごく集中しているみたいだったから、昨日の続きをしながら集中が切れるのを待っていたの」
くすくすと笑ってそんなことを言われてしまった。真横の机にマリエッタが座ったのも気が付かないだなんて、わたくしったらどれだけ集中してしまっていたのかしら。
「ヘリオス様達、すごく遅かったわね」
マリエッタの言う通り、時計を見ると既に終業から二時間近くが過ぎていた。いつも一番乗りのヘリオス殿下にしては確かに珍しい。
「ひとまずお茶にしよう。皆にも話しておきたいことがあるんだ」
ヘリオス殿下の言葉に、わたくしは首を傾げる。
何かしら、お話って。
今回のマリエッタの動きは色々な捉え方があるだろうなぁと思いながら書きました。リンデ様とラーディア様の性格もちょっとずつ明らかになってきたかな。




