【ヴィオル視点】新しい風
一夜明け、昨日と同じ宵九つの鐘の頃、俺は再びセレン嬢の部屋へと向かっていた。
昨日は夜半まで特訓していたからちょっと眠い。こんな時、昏倒はきっちり八時間経たないと起きられないという縛りがちょっと面倒だ。多分セレン嬢も眠たい一日を過ごしたに違いない。
中級の魔術はさすがに一日でマスターできるものでもない。今日、明日を費やしてなんとか形になれば御の字だ。今日は昏倒できる時間に特訓を切り上げよう。そう決意して、俺はセレン嬢の部屋の窓を叩く。
軽い足取りで窓辺に駆け寄ってきたセレン嬢は、今日も嬉しそうに窓を開けてくれる。
「ヴィー、いらっしゃい!」
なんとも元気そうだ。昨日の疲れなど微塵も感じさせない。これが若さか。
「昨夜も遅くまで特訓したというのにえらく元気そうだな」
「今日はサロンでとても楽しいことがあったの! だからかしら」
「サロンで? 珍しいな」
おっと、つい正直な感想を述べてしまった。
俺がセレン嬢とこんなに近しく話すようになったのはほんのここ二ヶ月弱の話なんだから、いつものサロンのことなど知らないくせに、随分な言いようだったかもしれない。
しかしセレン嬢は特に気にした風でもなく、楽しげに笑う。
「うふふ、実は今日からサロンに女性が三人入ったの」
「サロンに? セレン嬢が特例だっただけで、あそこは確か男しか参加できないんじゃなかったか?」
「まぁ、本当にヴィーは物知りなのねぇ」
何度聞いたかこのセリフ。うっかり普通に返事をしてしまうから悪いのだが、とても気まずい。椅子に座って俺の脚を拭き拭きしているセレン嬢を見上げてみれば、セレン嬢ににっこりと微笑まれる。
もはや俺が色々知っていても、感心はしても驚きはないらしい。
「そうなの、これまではそうだったわ。でも物知りなヴィーなら知っているかもしれないけれど、今は平民や女性もかなり王宮内で活躍しているでしょう?」
「そうだな」
「それを受けて、ヘリオス殿下がサロンへの参加資格を拡大しようと仰って。今回三名の女性がサロンに参加することになったのよ」
「へぇ、面白いな」
やるではないか。
貴族出身の方がガキの頃から英才教育をうけてるし、知識の幅が広い。ボーデンみたいに受けた教育をしっかり力に変えてるヤツももちろん多い。ただ、平民や女性は狭き門を無理やりくぐり抜けて来たようなヤツばっかりだから、根性が違う。
平民や女性がもっと参画して来れば、この国ももっと活気付くだろう。
そういう意味で今回のヘリオス殿下の取り組みはなかなかに面白い。
「ちなみにメンバーは?」
「猫ちゃんにわかるかしら。タイド公爵家のリンデ様とハピスエリ伯爵家のラーディア様、それにわたくしの妹のマリエッタの三名よ」
なるほど、考えたな。
革新派のタイド家、保守派のハピスエリ家、旧家ながら中立派……というか、貿易以外に興味がなさそうなセレン嬢の父上が当主のキュミルディ公爵家、それぞれから一名を新たに選出したというわけか。
バランスよく文句が出にくい人選だ。
今回は女性の高位貴族に白羽の矢が立ったのも納得できる。いきなり平民を選出しようものなら、特に保守派の反発が予想されるからな、こうして徐々に間口を広げていくつもりなんだろう。
平民出身の俺からすれば、こういう動きはどんどん推進してほしい。
「やっぱり女の子がたくさんいると、それだけで雰囲気が華やぐのよ。リンデ様とラーディア様とはもともと仲良くさせていただいているしとても優秀な方たちなの。それにマリエッタも今日はとても頑張っていたわ。わたくし、とても嬉しくて」
「そうか、それだけ嬉しそうだということは、その取り組みはうまくいきそうだということだな」
「ええ! 三人ともとても意欲的に取り組んでくれているし、それに触発されているのか元々のサロンメンバーもいつもより仕事が捗っているみたい。滑り出しはとても順調よ」
「良かったじゃないか」
「そうなの」
言いつつセレン嬢は立ち上がり、俺に満面の笑みを見せた。
「ヘリオス殿下も満足そうだったし、この取り組みに難色を示していた方たちもうまくいきそうだと胸を撫で下ろしていたのよ」
「良かったじゃないか」
「ええ。これならばきっとわたくしがいなくなっても大丈夫だと安心したわ。だからわたくし、今日はさらにやる気が漲っているの」
「そ、そうか」
「さぁ、特訓をはじめましょう!」
セレン嬢の気迫につられるように、俺もテーブルから飛び降りる。昨日と同じく俺が三重の結界を張り終えると同時に、セレン嬢は昨日習ったばかりのウインドボムを結界内で展開し始めた。
俺は再びテーブルに飛び乗り、セレン嬢が用意してくれた俺用のクッションにまあるくなる。そしてセレン嬢の真剣な横顔を眺めながら、しっぽをパタリ、パタリと動かしながら考えた。
ヘリオス殿下の率いるサロンにも、どうやら新しい風が吹いたらしい。
そんなつもりで導入した制度ではないのだろうが、結果的にセレン嬢はさらに心置きなく特級魔術師への道を邁進することができるだろう。
無謀だと思えたセレン嬢の特級魔術師になるという目標。それが日に日に現実味を帯びていくのを、俺はひしひしと感じていた。




