【ヴィオル視点】思い切って渡してよかった
「……ありがとうございます。ヴィオル様にそういっていただけると、すごく嬉しい……」
揺れるイヤリングに手を添えて、セレン嬢がはにかんだように微笑む。俺を見上げた瞳が潤んで見えた。
女神か。
目の錯覚だと分かってはいるが、可愛すぎて光り輝いてみえる。こんなに喜んでくれるとは、思い切って渡して良かった。
喜びに浸る俺の耳に、無情にも鐘の音が聞こえてくる。
このままずっとこの幸せそうなセレン嬢を見ていたいが、そうもいくまい。なんせ今日は森の少し奥の方まで足を伸ばしたものだから、ただでさえ遅くなっているのだ。早々に邸へ送り届ける必要がある。
「セレン嬢、名残惜しいがそろそろ帰らねばまずい時間だろう?」
「あっ、そうですわね」
「ヴィーに送らせる。ここで待っていてくれ」
「……」
そう告げた途端、セレン嬢の顔がふと曇った。
「あの……」
「ん? なんだ?」
髪留めを外し、大切そうに両手で包みこんでから、セレン嬢は俺を見上げる。
「ご迷惑でなければ、髪留めは服と一緒に保管いただいても良いでしょうか。討伐の時の楽しみにいたします」
「ああ、そうだな」
差し出された手から髪飾りを受け取って、俺は鷹揚に頷く。
そう言われて気がついた。確かにこんな目立つアクセサリーを家に持って帰るわけにはいくまい。いつ誰から貰ったのだ、という話になること請け合いだ。俺のところで保管しておくほうがいいに決まっている。
名残惜しそうな顔でイヤリングも耳から外しているセレン嬢に、俺は手を差し出した。
「イヤリングも預かろう」
「い、いえ」
お、イヤリングはしっかりと手のひらの中に握り込まれてしまった。
「こちらは持ち帰りますわ」
「いいのか? 持っていたら侍女に不審がられるだろう」
「小さいので、ハンカチに刺しておけば目立たずに身につけておけると思うのです。こんなに素敵なプレゼント、出来ればいつだって持っていたいのですもの」
「そ、そうか……」
そんなに可愛く笑われては、もうセレン嬢の気の済むようにしてもらうしかない。そもそも持っていてくれるのならその方が嬉しいしな。
あ、だが。
「もしかしたら身に着けていないと効力が発揮されないかもしれないが」
不安要素を正直に口にすれば、セレン嬢は面白そうに笑う。
「ふふ、日ごろはそんな危険なことはないのですもの、問題ないですわ。ヴィオル様がくださった美しいイヤリングを、こうして身近で眺められればそれだけでいいのです」
天使か。
そういうことなら異論はない。髪飾りだけを預かって、イヤリングは持って帰って貰うことにした。
***
ヴィーの姿でセレン嬢を邸に送り届けた俺は、一回自宅に戻り飯を食って風呂に入って一息ついてから、また改めてセレン嬢の部屋へと向かっている。セレン嬢はセレン嬢で、やっぱり同じように飯だの風呂だのを済ませる必要があるからだ。
討伐に出た日くらいあとはゆっくり寝ればいいのにとは思うものの、そこは手を抜くことを知らないセレン嬢。さっきもまた来てねと念押しされてしまった。
セレン嬢にとっては一緒に討伐に出かけていたのはヴィオルで、部屋に来るのはヴィーだからなぁ。まぁ、猫をモフりたい気持ちもあるんだろう。
セレン嬢のおねだりにすっかり弱くなってしまった俺は、それを強く断ることもできない。疲れているというのにこうしてのこのこきてしまうあたり、俺もどうしようもないな。
自嘲の笑いをもらしつつ、セレン嬢の部屋の窓枠にたどり着き、部屋をのぞいた俺は驚きの光景を目にすることになった。
持ち帰ったイヤリングをテーブルの上に置いて、少しだけ触れてみてはふふっと笑うセレン嬢。
その表情がなんとも幸せそうで。
俺は窓を叩くこともできずにセレン嬢をしばし見守る。
窓の外で俺が見ていることにも気づかず、セレン嬢はイヤリングを持ってドレッサーに座り、イヤリングを付けて鏡をのぞき込むと嬉しそうに微笑んだ。
「……!」
心臓に特大の爆発系魔術をくらったような衝撃だった。
公爵家令嬢のセレン嬢にとっては安物だろうに、こんなにも純粋に喜んでくれている。彼女を笑顔にできる贈り物を用意できたことが素直に嬉しくて、誇らしくもあった。
しばらくそのまま窓の外でセレン嬢を見つめていた俺は、ふと自分がここに佇んでいる理由を思い出して苦笑する。
俺は何をしているんだ、いつまでもここにいても仕方がないだろうに。
ふん、と腹に力を入れて自分を鼓舞すると、俺は窓を小さくコツンと叩く。小さな物音だったが充分だ。セレン嬢がハッとした様子で振り向いた。
「ヴィー! 来てくれたのね!」
大急ぎで窓を開け、俺を小脇に抱えていつもの椅子に腰掛けて俺の四肢をグリグリっと布で拭く。そんな毎回のルーティンをこなすのもほどほどに、セレン嬢は俺をテーブルの上に立たせると思いっきり自慢してきた。
「ねぇねぇヴィー、見て見て!!!」
「む、なんだ?」
「ほら見てこのイヤリング! 石もデザインも素敵でしょう? ヴィオル様がプレゼントしてくださったの」