わたくし、頑張ります!
わたくしはため息をついて、もう一度、ゆっくりと疲労回復の魔術を展開して出力を調整する。
ああもう、最初から出力を絞った状態で魔術を展開できれば、出力を調整するような面倒なことをしなくても良いだろうに。きっとそのほうが魔力の消費も少ないし、時間だって短縮できる。
それが分かっていても、魔術の発動自体に慣れていないせいで、発動時に余計な時間も労力も魔力も浪費してしまっているのが悔しい。
「……よし」
これくらいで多分、今朝ヴィーに言われたとおりの出力だと思う。
少しずつだけれど、発動してから出力調整が完了するまでの時間が短くなってきている気がする。朝から何度となくこの動作を繰り返しているおかげだろう。
展開した魔術を維持しながら昨日ヴィオル様とお話した時のベンチまで小走りで駆けていくと、ベンチに黒猫の姿があった。
やっぱり可愛い。見ているだけで癒やされる……。
「ヴィー!」
名前を呼びながら駆け寄ると、可愛い黒猫ちゃんは耳と尻尾をピンと立て、わたくしをじっくりと観察している。
「うむ。魔術の質も量も合格だ。昨日魔術を初展開したとは思えぬ出来映えだぞ」
「本当に!? 嬉しい……!」
「朝から何度も鍛錬したんだな。結構魔力がへっているが」
「まだ、出力を最初から調整できた状態で発動できなくて……余計な魔力を放出してしまうの」
「そんなもの一日二日でできてたまるか。高望みしすぎずに今のペースで地道に努力すればそれでいい。セレン嬢は自分が思っているよりも充分よくやっている」
「良かった……。わたくし、頑張ります!」
先生に一定の評価をいただけて、安心してしまった。途端に、ちょっとだけ癒やしが欲しくなる。
「ねえ、ヴィー」
「なんだ」
「ちょっとだけ撫でてもいいかしら。なんだかサロンに行ったら気疲れしてしまって」
そう尋ねてみたら、ヴィーのしっぽと耳がしゅん、と垂れる。
「む……それは……仕方がないか。昨日の今日だし」
よくよく聞いたら小さな声でそんな事を呟いていた。昨日も抱っこした時にも感じたのだけれど、ヴィーは撫でたり触ったりすると体がちょっと固まるみたい。ヴィオル様はあまり撫でたりしない方なのかしら。
「いいだろう、今日よく鍛錬した褒美だ。撫でていい」
「ありがとう! ヴィー」
嬉しくて、さっと抱き上げてそのままベンチに座る。お膝にのせて思う存分ナデナデしたら、ヴィーから睨まれてしまった。
「べ、別に膝にのせることはないだろう!」
「だってこの方が癒やされるのですもの……」
「……っ」
そう言うだけで黙って撫でさせてくれるヴィーはとっても優しい。撫でられ慣れしていないからか、まだ触られることに抵抗があるみたいだけれど、ちょっとずつ慣れてくれないかしら。
滑らかな毛並みを楽しみながら、わたくしはふと思い出して先ほどのリース様の件を相談してみることにした。
「あのね、ヴィー。わたくし気になっていることがあって」
「なんだ、言ってみろ」
「先ほど、サロンでヘリオス殿下のご学友のひとりに、この魔術の事を指摘されてしまって」
「ほう、なんと?」
ヴィーがぱっと顔を上げ、興味深げにわたくしを見る。
「回復系の魔術を展開しているだろう、一定の強さで魔術を安定させようと努力しているのがわかる、と」
わたくしを見上げるヴィーの目がわずかに細められ、しっぽの先が機嫌よさげにくるんと丸められた。
「……なかなか目が利くではないか。誰だ」
わたくしは一瞬、言っていいものかを逡巡する。
ただ魔術を見極めることができた、というだけなのだから言ったところでリース様の負になる部分は特にない。なんせヴィーは先ほど目が利く、と褒めたのですもの。ヴィオル様に伝わったとしても問題ない、むしろ第三魔術師団長という地位あるお方に一目置かれるのは彼の将来において良い影響となるだろう。
そう考えて、わたくしは口を開いた。
「伯爵家の次男でリース様という方です。二年ほど魔術学校に通ったことがあると」
「なるほど、もったいないな。才が強そうだ」
「わたくし、リース様の様子から、魔術を習ったことがある方は皆そこまで分かるのかと心配になって。もしそうならば、急に魔術が使えるようになったことや、なぜ常時展開しているのかをごまかさないといけないでしょう?」
「誰でも見えるわけではないぞ。セレン嬢は俺の魔力の流れや魔術の質が見えるか?」
「よく分かりません」
自分の体の中で魔力が巡っていたり、それを魔術として体外に出すときの出力の大きさだったりは、昨夜のヴィーの特訓で意識できるようになった。それでも他者の魔力の巡りだなんて分からない。
「見るには見るセンスが必要だからな。魔術学校でも授業の一項目としてあるにはある。別に見えなくても問題はないが、見えた方が今のように色々と気付けたり、魔獣の攻撃手段を見極めたりできて便利だ」
「確かに」
「だから授業で教わるわけだが、そこまで詳細に見分けられるようになる者は少数だ。鍛錬すればいい魔術師になれる可能性が高いだろうに」
「なれない可能性もあるの?」
「その才と魔力量や適性はまた別だからな。結局は総合力だ」
「なるほど……」
リース様が特級魔術師の道を断念されたのはそのどれかが足りなかったということなのかしら。断念された理由までは知らないけれど、少しだけ気になった。
でも、それはそれとして。