森と魔獣
ああ、どうしましょう。森がどんどん近づいているわ。
さっき戦った蝶々はたいして強くなかったけれど、森に入ればこの前のウルフの集団みたいな魔獣たちが出てくるのでしょう?
そう思えば思うほど恐怖がいや増してくる。
歩いているうちに恐怖が抑えられなくなってきて、わたくしはヴィオル様に問いかけた。
「ヴィオル様、この森にはどんな魔獣がでるのですか? 申し訳ありません、まだ魔獣の予習ができていなくて」
「ほう、セレン嬢もそんなことがあるんだな」
立ち止まって振り返ると、ヴィオル様は意外そうな声色で言う。ちなみに表情には特に変化がない。
「この森は広大だからな。入ってすぐのあたりと奥では魔獣の種類もまったく違う。今日行く辺りで言うと、そうだな……」
少し考えるように森を見つめ、ヴィオル様はわたくしに淡々と説明する。
「ウルフ系や狐、ウサギ、穴熊、鹿といった獣類はもちろん、蛇やトカゲなどの爬虫類系、鳥系、昆虫系……森と言われて思い浮かぶような生物はおおむね魔獣として出現するな」
「まぁ、普通の動物とどうやって見分ければいいのです?」
「純粋にデカいし、体から特殊な魔力を放出させているからすぐ分かる」
「あのピリピリするような魔力ですね」
「そうだ。まぁ魔獣も元々は普通の動物や生物が魔力だまりに充てられて凶暴性が増し人を襲うようになったものじゃないかと言われているんだ。今となっては何世代にもわたって交配し立派に魔獣として生態系を持っているようだが」
「元々は、普通の動物……なのですか?」
「そうだ。この森の奥に巨大な魔力溜まりがあるらしくてな。だから奥に行くほど強くてデカい凶暴な魔獣がひしめいているという構造になっている」
「知りません……でした……!」
「ああ、長年魔獣討伐にあたってきた第三魔術師団で立てられている仮説だからな。まだ陛下に報告できるほど確証がとれているわけでもない」
納得した。それほど重要なことならば王妃教育で学んでもおかしくないと思ったら、まだ検証の過程ということだろう。
普通の動物でさえ魔獣に変えてしまうような危険な場所が、王都のこんなに近くにあるだなんて。
魔法防壁にしっかりと守られ敵対する国もなく、国民との関係も良好で内乱の恐れもいまのところない、他国と比べ圧倒的に平和なこの国にそんな危険が潜んでいたなんて思ってもいなかった。
「もう少しこの森の研究が進めば、魔獣の発生の抑制や魔力だまりの解消なども提言できるかもしれんが……迂闊に手を出し過ぎると何百年と保ってきた均衡が崩れる恐れもあるからな。セレン嬢も俺がいいと言うまでは胸の内におさめておいてくれ」
「……はい」
そうかも知れない。我が国は建国以来、この森とある程度の距離を保ってきた。平時は冒険者が討伐と魔石の採取で適度に魔獣の数を減らし、爆発的に魔獣が増えたという報告があれば魔術師団が一斉討伐に向かう。
その甲斐あって、もう何十年と王都や周辺の街や村が襲われたという報告もない。そうやって我が国は長く長くこの森とうまく付き合ってきたのだから。
「そういう仮説がたったのも、最初は獣だけだと思われていた魔獣が、鳥だの昆虫だの、軟体系だの、果ては植物にまで見られるようになったというのもあるようだ」
「植物まで!?」
「ああ、まぁだいぶ奥にいかないと植物系は魔獣化はしていないようだが、気を付けておくに越したことはない」
「……わたくし、魔力を見る能力が高い人がうらやましいですわ」
「訓練するしかないな」
あっさり言って、ヴィオル様は再び歩を進める。
ヴィオル様のお話を聞いて急に不気味さを増したように思える森。わたくしは自らの気持ちを奮い立たせて森へと足を踏み出した。
***
「行ったぞ!」
「はい!」
何度ウィンドカッターを飛ばしてもあたらない。なんてすばしっこいの。
わたくしは小さなモモンガのような魔獣を相手に四苦八苦していた。小さな魔獣で攻撃力は高くない、わたくしの貧弱な防護壁でも簡単にガードできてしまう危険は少ない魔獣だ。
けれど、圧倒的に素早くてこれっぽっちも攻撃があたらない。
魔獣の方もあきらめる気はないらしく、わたくしはかれこれもう三十分もこの小さな魔獣と格闘していた。
「すばしっこい魔獣と戦う訓練にちょうどいい。頑張って倒せ」
大きな木の根元に腰を下ろし、ヴィオル様は完全に観戦モードだ。それだけこの魔獣が危険ではないということなんだろうけれど……倒せる気がしない。
だって、全然当たらないのですもの。
このままではただ無駄に魔力を消費して終わってしまう。
あきらめて、わたくしはだらりと腕を下げた。変わりに防護壁を厚く厚く展開し、衝撃にそなえて足を肩幅よりも大きめに開き身構える。
いつでも打ち出せるまでにウィンドカッターの刃を練り上げて、わたくしは機を待った。
魔獣は攻撃しなくなったわたくしに気が付いて、木々の間を飛び回るのをやめて様子を窺い、わたくしが動かないのを確認すると勢いよく襲い掛かってくる。
ガッと鈍い音がして、防護壁にはじかれた魔獣の体が一瞬無防備に空に浮く。
今だわ。
そこをめがけてウィンドカッターを発射すれば、これまで当たらなかったのが嘘のように瞬時に魔獣を倒すことができた。
ホッとするわたくしを眺め、ううむ、とヴィオル様が唸る。
「三十点」
「そ、そんなにダメでしたか……!」
「自身をおとりにするやり方は危険だから推奨しない。こいつは攻撃力が低いからまだいいが、中級とかになるとよほど防護壁の精度が高くないと吹っ飛ばされたり防護壁が破られたりして、むしろ格好の餌食になるぞ」
わたくしはがっくりと肩を落とした。
魔獣討伐の道のりは、やっぱりそう簡単ではないらしい。
100話突破しましたー!!!
100話突破したら「わーい!」って言おうと思ってたのに、前回バタバタしててすっかり忘れてて。
皆様の感想見て「あっ!!」ってなったのでした……。
お祝い感想くれた方、いつも読んでくださっている皆様! ありがとうございます!
これからも頑張ります……!




