ポイズンばあさん
放課後になりマルコと一緒に帰っていると、向こうから女子の集団がこちらに向かってくるのが見えた。
そのうちの一人がこちらに気が付いた途端、猛ダッシュでこちらに向かって来る。猛ダッシュしてくる人物はおれより身長が高く金髪ポニーテールでおでこを出しているスラリとした美人だ。
「マルコーーー」
そう言いながらマルコに突撃するとマルコに抱き着き、そのままマルコをを持ち上げるとくるくると回りだす。
「はわわわ姉上、目が回ります~」
マルコに姉上と呼ばれた美人さんはマルコを降ろすと「ごめん、マルコと久しぶりに会ったものだからつい」舌を出しながらそんなことを言う。ハッキリ言って可愛い。
あっけにとられてるおれにマルコが紹介してくれた。
「シンタロウこの人はぼくの姉上でタチアナ。姉上こちらはぼくの友達のシンタロウ。同じ部屋なんだ」
「マルコ! あなたやっとお友達が出来たのね! って同じ部屋! あなたマルコが可愛いからって変な事してないでしょうね!」
タチアナさんは同じ部屋に超反応するとそう言いながら迫ってくる。
「おれは女の子にしか興味はありませんから! ノーマルですノーマル」
「ホントかしらね。もし変な事したら一生使えない様に引き抜くわよ」
マルコ……君の姉さん色々すごいな……さっき可愛いって思ったけど今は残念な感じが勝ってるよ……。
「姉上シンタロウとは友達だよ! なんてこと言うんだい! 謝ってよ!」
そう言われたタチアナさんは我に返った感じで「うふふふ、私ったらつい、ごめんなさいね」
やはり舌を出しながら言う姿が可愛い。しかしあざといな。
「ところでマルコってドワーフだよな? 身長が……」
「姉上とは異母兄弟なんだ。姉上の母上はエルフだから背も大きいんだ」
「なるほど、そういう事か」
「タチアナ様ーー!待ってくださいーー!」
そう叫びながら向こうから走ってきたのはエリスとマーコさんだった。
「あれ? シンタロウ。それにマルコ君も、なるほど! それでタチアナ様が猛ダッシュしたのね」
エリスが何やら納得したような顔をしている。どうやらタチアナさんのブラコンぶりは有名なようだな。
「あれ? エリスにマーコさん生徒会の仕事?」
「そうよ、今から生徒会室で会議をするところだったのだけれど、タチアナ様が急に猛ダッシュしてこっちの方に向かったから追いかけて来たのよ」
「なるほど」
「さぁタチアナ様戻りますよ!」
「シンタロウ君もマルコ君も~またね~」
マーコさんに名前を呼ばれたマルコが顔を赤らめている。
おれは恐る恐るタチアナさんの顔を窺ったがマルコの気持ちに気が付いた様子もなく、
「仕方が無いわね。それじゃマルコまたね。シンタロウさんもごきげんよう」
そう言うと優雅にお辞儀をしてエリス達と元来た方へと戻って行った。
「嵐のような人だったな。それにしてもマルコにお姉さんいたんだな」
「うん、自慢の姉上さ。それにしてもいつも心配ばかりかけていたから友達ができたって報告出来てよかったよ」
「リード達に嫌がらせされてた事は言ってなかったのか? 生徒会に所属しているなら何とかしてくれそうだけどな」
「ただでさえ友達がいないって心配かけてたからこれ以上はね」
「そうか。まぁリード達の嫌がらせも止むだろうし、おれ以外にも友達はできるだろうさ。マルコはいいやつだからな」
「ありがとうシンタロウ」
「マルコこの後どうする?」
「ぼくは実習棟で棒手裏剣作成の続きをするよ」
「そうか。なんかかかりっきりにしてしまってすまんな」
「いや、ぼくも好きでやってるからね。それにすまんじゃなくてありがとうでしょ?」
「ふふふ、こりゃ一本取られたな。ありがとう」
「どういたしまして」
「ふー、それじゃおれは町にでもいってみるかね」
マルコと別れたおれは町へ向かうことにした。学校の門を抜け平民街の方へと歩いていく。
町の風景も目を引くが、やはり人に目が行くな。この町には色々な種族がいる。そういやクラスメイトにも猫耳うさ耳エルフにドワーフなんでもござれだったな。キャッスルの町では教会の神父様ぐらいでしか見た事が無い有翼人も見かけた。
いつの間にか静かな通りから騒がしい場所にやって来た。ここが市場のようだな。並んでいる商品を見ていると商品の近くに必ず置いてあるプレートに目がいった。こりゃいいな物の値段が全部書いてある。
例えばあそこの果物屋のスイカに似た果物の横に置いてあるプレートには銀貨二枚と書いてある。銀貨二枚というと日本円で換算すると二千円ぐらいだな。この世界では金貨が日本円で換算すると大体一万円ぐらいで銀貨が千円ぐらい、後は銅貨百円、石貨十円って感じだ。
どの店もプレートに値段を書くのが普通みたいだな。こりゃわかりやすくていいな。
市場を抜けると今度は少しお洒落で小奇麗な店が並んでいる通りに出た。ここは魔法具屋かこっちは武器屋だな。薬屋はないかな~。
お! あったここだ。とりあえず薬屋に入ってみる事にした。色々な薬草が並んでいるが丸薬作りに使えそうな道具が全くない。薬研も今は一個しかないから何個か用途別に欲しいんだよな。
店員さんに聞いてみよう。
「あの~すいません。薬研ってないですか?」
「薬研ですかな? 薬研、薬研……ああ、薬草をすりつぶしたり細かく砕いたりする道具の事ですかな?」
「それです」
「残念ながらございませんな。薬草をすりつぶしたりしておりましたのは昔の話でして、今は魔法で成分を抽出し液状にして飲んだり塗ったりするのが主流ですからな。しかし平民街の奥に昔ながらの薬師の方がおられますから、その方の店ならあるかもしれませんぞ」
「なんと! そうですか。そちらに行ってみます。あと回復薬って売ってますか?」
「ございますよ。横流し品になりますので一つ金貨五枚ですな」
「金貨五枚! それに横流し品って?」
「王都出身の方ではないみたいですな。王都では回復薬は貴族の方しか買えませんからな。当方で扱っておりますのは貴族の方からの横流し品ですな。値段は元の五倍ほどしますが仕方がないですな」
王都では回復薬って貴族しか買えないのか。庶民が買うには横流し品になるというわけか。
おれは薬師の話を教えてもらったお礼としてその店で少し回復薬を買い店を出た。
平民街を奥へと進む。さすがにこの辺りになると、道も舗装されておらず道のわきには雑草が茂っている所が何ヵ所もあった。あの雑草の中にも丸薬に使えそうな薬草が無いかなと観察しながら奥へ進む。
しばらく進むと何やら懐かしい匂いがしてきた。これは薬草を乾燥させている匂いだ! さらに奥に進むと目的の店はあった。表には薬草を乾燥させている網棚があり薬草が敷き詰められている。
「ここは期待出来そうだな! ごめんください~」
中に入ると所狭しと乾燥した薬草が置いてありおれは喜びに震える。
「なんだい騒々しいね」
奥から小柄なおばあさんが出てきた。
「ここって薬屋ですか?」
「見たとおり、薬師ポイズンばあさんの店だよ。何か用かい」
ポ、ポイズンって大丈夫か……。
「薬研が欲しいんですが売ってますか?」
「薬研? あんなもの使う者がいないから置いてないよ」
「な! なんですと」
おれは期待が大きかった分、膝から崩れ落ち肩を落とす。
おれのあまりにもオーバーなリアクションに驚いたのかポイズンばあさんが、「な、なんに使うつもりだったんだい?」と聞いてきた。
「はい、趣味で丸薬作りをしていますので薬草をすりつぶすのに何個かあればと思いまして」
「なるほどね。確かにそれなら用途別に何個かあった方が楽だね。よし! ちょっと待っときな」
そう言うとポイズンばあさんは奥へ消えた。
ポイズンばあさんが奥から小さい袋を持ってきた。
おれは薬研を譲ってもらえると期待していたので少しがっかりした。
「そんな顔しなさんな。売りもんじゃないがあたしのお古を売ってあげるよ」
そう言うとポイズンばあさんが袋から次から次へと薬研を取り出す。薬研にも驚いたが小さな袋から次から次へと薬研で出てくる光景に驚く。
「ん? マジックポーチは初めて見たのかい? これは袋の大きさより物が多く入る袋だよ。重さも変わらない」
うわ! これ異世界モノの定番のやつや!
「それも売ってもらえませんか! 無理ですか?」
「もともとこれも付けてあげるつもりだったよ。薬研は重いから持って帰るの大変だろう?」
「いいんですか?」
「こんなもん王都じゃ普通に売ってるよ。これで金貨一枚くらいかね」
安っ! 四次元〇ケットが一万円って……。
「薬研込みで金貨二枚でいいよ」
「買った!」
「毎度あり~」
「ところでポイさんこんな水無いですか?」
「ポイさんってまあいい。これかい? 味を見てもかまわないかい?」
「はい。普通の水は普通の水なんですが特殊な水でして」
おれは富士の雪解け水が入った瓶の蓋を開けポイさんに差し出す。
富士の雪解け水はこれ一本しかない。雪解け水は回復薬で代用可能だがやはり効果が落ちる。
「ほうほう。少し甘いね。しかし不思議な爽やかさがあるね」
富士の雪解け水を指につけ口に含むと何やら感想を呟いている。
「こりゃ多分、精霊水だね」
「精霊水?」
「ああセス教皇国にある聖なる泉に湧いてる水の事で、聖水や上級回復薬の原料だね」
「どこで売ってますか?」
「う~んさすがにこれはうちでは扱ってないね。グスター商会ぐらい大きいところだと扱いがあるかもしれないねえ」
「グスター商会ですか!」
「あんな大きいところでも常備はしていないだろうから取り寄せになるだろうね」
「知り合いがいるんで早速頼んでみます!」
「そうかい。そいつはよかったねえ」
ポイさんは優しい表情で微笑んでいた。
その時乱暴に扉が開き男が駆け込んできた。
「先生! ポイ先生!」
「おや酒場のグランコじゃないか。そんなに慌ててどうしたんだい?」
「ポイ先生! ポイ先生! うちの娘が! うちの娘がーー!」
ポイさんが入ってきた男の頬をはたくと「落ち着いて訳を話しな!」と言った。
ポイさんに頬をはたかれた男は酒場の店主でグランコさんという人だった。グランコさんの話を聞くといつも通り酒場の営業をしていたところ酔っ払い同士の喧嘩が始まったそうだ。そこまではよくある事だったんだが一人で飲んでいた男に酔っ払いの一人がぶつかり男のコートを酒で汚したそうだ。
するとコートを汚された男は激怒し何やら魔法を放った。その魔法に給仕をしていたグランコさんの娘さんも巻き込まれた。厨房に居たグランコさんは助かったが娘さんと酔っ払い達は今も意識が戻らないそうだ。魔法を放った男はそのまま消え、他の客からその様子を聞いたグランコさんが慌ててここに来たというわけだ。
「その男の容姿は?」
「他の客に聞いた話だと、フードをすっぽりかぶった陰気そうな男で、両腕を包帯でぐるぐる巻きにしてやがったみたいです」
「その男が放った魔法はわかるかい?」
「それが酔っ払いの一人が「解毒魔法を」とだけ言って気絶しちまいやがって」
「むむむ、ってことは毒魔法を掛けられたか。どの種類の毒魔法か……厄介だね。とりあえず解毒薬を何種類か持っていく。教会の司祭様には?」
「教会の者がオレ達を救ってくれるなんてありえねえ」
「最近噂をよく聞くシスター様は分け隔てなく治療してくれるって噂だけどね。念のためにそっちにも使いをやりな」
「わかった! ポイ先生も早く!」
「今行くよ! 年寄りを急がせるもんじゃないよ」
「ポイ先生! 先生はオレがおぶっていくから乗ってくれ」
「仕方が無いね。よっこらしょ」
「あんたもそこの荷物持ってついてきな! 役に立ったら代金は金貨一枚に負けてやるよ」
「わかりました。おれシンタロウっていいます。急ぎましょう」
おれは指定された荷物を持って二人の後をついて行く。それにしてもこれ何が入ってるんだ異常に重いぞ。
グランコさんの酒場に着くと三人とも床に寝かされていた。肌の色が紫色に変色していて息苦しそうにゼヒゼヒ言っている。
「これは思ったよりまずいね。とりあえず上級解毒薬を試すよ」
ポイさんはそう言うとおれが渡した荷物の中から、緑色のドロリとした液体が入った瓶を取り出し娘さんに飲ませる。
すぐに効果は表れ娘さんの呼吸が落ち着いてきた。これはいけるのではと思われた瞬間、娘さんは解毒薬を吐き出すとまたゼヒゼヒ言い出した。
「これはまずいね。上級で効かないとなると、あとは解毒の魔法でしか……」
解毒の魔法は神聖魔法の回復魔法の一つで神聖魔法が使える者ならば修得していると言われている程度の難しくない魔法だ。
だがその神聖魔法を使える人間が限られている。セス教皇国でセス教の洗礼を受けた者しか使えないのだ。才ある者であれば有翼人以外でも洗礼を受ければ使えるようになるが有翼人と違い生粋のセス教の者ではない者が神聖魔法を使えるようになるとどうなるだろう?
神聖魔法の回復魔法は回復魔法の中でも特に強力だ。部位欠損すら治すと言われている。小さいころからセス教の教えを受けた生粋のセス教の者ならまだしも、回復魔法の才能があるからとセス教の洗礼を受けた者が、そんな強力な回復魔法を使える者が平民を相手にするだろうか? 否。残念ながらそれは否なのである。彼らは自分達が特別だと知っている。
おれたちが諦めかけた時、「毒に侵された方はどちらですか?」
そう言いながら銀髪を腰まで伸ばした青い瞳のシスターが駆け込んできた。
シスターはおれの顔を見ると一瞬だが驚いたような表情をしたが、すぐに元の無表情に戻った。
「シスター様! 来てくださったんで!」
グランコさんが驚いたように言う。
「はい。毒に侵された方はそちらに寝てらっしゃる三人だけですか?」
「はい、シスター様何とか助けてやってくだせぇ!」
「お任せください」
「毒に侵されし者を癒し給え」
シスターがそう呟くとグランコさんの娘さんが光りだす。光が収まると娘さんの肌の色は元に戻り、荒かった呼吸も落ち着きを取り戻した。
残りの二人にも同じように魔法を使うとあっという間に治してしまった。
「これで大丈夫でしょう。念のため二、三日は安静に過ごすようにお伝えください。それでは」
そのまま帰ろうとするシスターをグランコさんが引きとめる。
「シスター様! ありがとうございます! それでお礼はどうすればよろしいんで?」
「それでは神に祈りを、それで結構です」
「しかしそれじゃ……そうだシスター様、店に食べにでも来てください。無料にさせてもらいますんで」
「機会があれば是非に、それでは神のご加護を」
シスターはにこりと微笑むと来た時と同じようにあっという間にその場を立ち去った。
「ありゃー。あれが噂のシスター様だね。本当に平民も治してくれるんだねぇ。あたしゃ驚いたよ」
「オレ教会を見直した。そうだポイ先生も何か食べてってください。もちろん上級解毒薬のお金もお支払いしますんで」
「フン。あたしの薬は効かなかったからここのマズイ飯だけでいいよ。その代わりこの子の分も頼むよ」
「わかりました。精一杯うまいもん作りますんで!」
「っていうわけであんたもここのマズイ飯食べてきな。マズイなりに中々だよ」
ポイさん褒めてるのか貶してるのかまったく素直じゃないなあ。
「じゃあ娘を寝かしてこの辺片づけたらすぐ作りますんで」
「おれも手伝います。お役に立てなかったのでせめてこれくらいは」
「そんなのグランコにやらしときゃいいのに。それにあんたはあたしの荷物を持ってきただろう。それで十分さ」
そんなことをぶつくさ言いながらもおれとポイさんは酒場の片づけをお手伝いし、グランコさんの料理をいただいた。
グランコさんの料理は確かにおいしかった。おいしい料理とポイさんの薬草談義とで、とても楽しい時間を過ごした。
「グランコさんの料理おいしかったです。また来ますね」
「お! 気に入ってくれて何よりだ。また来ておくれよ」
「またマズイ飯食いに来てやるよ」
おれとポイさんはグランコさんにお礼を言うと酒場を後にした。
「いや~すっかり暗くなっちゃいましたね。楽しすぎて時間を忘れちゃいましたよ」
「あたしも久しぶりに薬草の話が出来て楽しかったよ。シンタロウがここまで薬草に詳しいとはね」
「いえいえおれもポイさんに色々教えてもらえてよかったです」
「それじゃシンタロウ気をつけて帰るんだよ。それといつでも店に来ていいからな。シンタロウなら大歓迎だよ」
「ありがとうございます。また何か買いに行かせてもらいます。ああ、忘れてた」
おれは金貨一枚でいいというポイさんに強引に金貨二枚を渡し、マジックポーチと薬研を手に入れるとポイさんにお礼を言うと寮へ帰る事にした。