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町での騒ぎ

 ミハイルのアジトになっていた洞窟は狭く攫われた子供達もすぐに見つかった。


「領主様! 子供達が全然起きないんですが、大丈夫ですか?」

 子供達を洞窟の外に運んでいた兵士の一人が尋ねる。


「シンタロウどうなんだ?」


「町に着くころには起きると思いますよ」

 平静を装ってそう答えたがそういえば子供達も洞窟内に居たんだった。敵の事で頭が一杯ですっかり忘れてた。渡した丸薬の数も少なかったし多分大丈夫だろう。いざとなれば目覚ましの丸薬で……超苦いけど。


「よし! 子供達を運び終えたら、お前の隊は中に残っている残党の処理を」


「はっ!」


「残党はどうするんですか?」


「全員斬首だろうな、とりあえず町に連れて行ってから王都に連行するが、王都での裁判次第だが人攫いは重罪だから斬首は免れんだろうな」


「その場で処刑とかじゃないんですね」


「昔はそういう事もしていたが冤罪なんかもあったからな。王都には嘘を見破る魔道具があってそれで判定するんだ」


「嘘を見破るか。さすがは魔法が闊歩する世界、便利なものがあるんですね」


「その便利な物も使う者次第だけどな。お、どうやらここがミハイルの部屋らしいな」

 そこには洞窟には似つかわしくない豪華な扉があった。


 部屋の中に入ると何とも形容しがたい臭いが充満していた。どうやらお香と何か腐った物が混じった臭いのようだ。部屋の奥には邪神の像がありその前にはおびただしい量の血痕と動物の骨が置いてあった。


「ふむ、何かの儀式の準備をしていたな。これはひょっとして子供達もやばかったのかもしれないな」


「臭いの原因はこれですか」


「町民達にこれは見せれんな」


「ですね」

 これを見せてしまうと子供達がどんな目にあわされる予定だったのかがわかってしまうからな……。


「とりあえず使えそうな物は持って行こう」

 そう言うとマリクさんは兵を呼びに行った。




「思ったよりいい物があったなシンタロウあの部屋にあった物の半分はお前の物だ。あとで分けよう」


「え、おれ何にもしてませんよ」


「いやシンタロウの丸薬が無ければこんな簡単に子供達を救えなかっただろう。負傷者も出なかったしな。それにミハイルをやったのもシンタロウだしな」


「いや、そんな事は……」


「まあ気にするなもらっておけ。何をするにしても金は要るしな」


「そうですか。わかりました。ありがたくいただきます」


「うんうん、それにしてもシンタロウのニンジュツはすごかったな。あの火球は中級のファイアボールよりも威力がありそうだったな」


「それが本来遁術は敵の目から逃れるための術なのであんなえらい物が出る術じゃないんですよねえ。今回も本当はこれくらいの小さい火球で敵の気を逸らすつもりだったんです」

 おれは指でピンポン玉ぐらいの大きさを作りマリクさんに見せた。


「そうなのか。それにしては盛大に燃えていたけどな、ははっ。あれが耐性付きのローブじゃなかったら今頃消し炭だな」


「消し炭は後味悪いですね。まあ町に戻ったら遁術について色々試してみようと思います」


「それが良い。今自分が何ができるかわかっておくのはいい事だ」


「はい」


 その後、町へと無事帰還しミハイルとその仲間も牢屋に入れられた。明日には王都に向けて連行される。


「シンタロウ本当に金貨でいいのか? 使えそうな魔道具もあるぞ」

 マリクさんが金貨を渡しながら言う。


「魔道具よりもそのお金で丸薬術に使えそうな物を買いますよ」


「そうか、そうだったな。ともかく今回はシンタロウのおかげで助かったありがとう」


「いえいえ。これで少しでも恩返しができたと思います。それではおれは術の確認をしてきます」


「わかった。ご苦労だった」




 町の外にやってきた。この辺でいいかな一応何があるかわからんから誰にも見られない様にしないとな。うん、辺りには誰の気配もない。


 何の術から行くかな。とりあえず火球の術から試していくか。


「火遁:火球の術」やはりバスケットボール大の大きさの火球が現れ飛んで行った。


「うん、これはもはや遁術ではないな……はは」

 しかしこの世界は日本と違って魔物なんかもいるし強いに越した事は無いか。


「水遁:水流の術」

 これは少量の水を敵の目に向けて飛ばし一瞬目をくらませその間に逃げる術だ。

 しかしおれの目の前ではごうごうと音を立てながら結構な量の水が目標の岩に当たっていた。あ、岩が割れた。


「木遁:草結びの術」

 これは足元の草を結び追手の足を引っかける術だ。

 しかしやはりこれもおれが見慣れた術ではなく唱えた途端、草が一瞬でおれの背の高さまで伸びる。これで相手を拘束してもいいしいざという時はこれに隠れてもいいな。うんこれはあまり攻撃的ではないし遁術といってもよさそうだな。


「土遁:岩隠れの術」

 これは岩と同化して敵をやり過ごす術だ。

 おれがその辺の岩に隠れようとしたら地面が盛り上がりおれの目の前には土の壁ができていた。岩隠れがこうなるのか。土の壁の強度を確認するがかなり硬い。これなら盾としても使えそうだ。

「術解除」

 おれがそう唱えると先程の硬さが嘘だったかのように土の壁は崩れ去り元の土に戻った。


「金遁:鐘囮の術」

 これは鐘を鳴らし敵の気を逸らす術だ。

 おれが術を発動すると目の前に大きな鐘が現れ「ごーん、ごーん」と狂ったように大きな音を鳴らす。

「術解除、術解除」

 あまりの音の大きさに焦ってすぐに術を解除する。


「音でか!」

 おれの独り言も思わず大きくなる。


 これはあらかじめ置いておいた鐘を鳴らす術なんだが、急にでかい鐘が現れて大きな音を出すからびっくりした。でもこれはこれで自分の意図する場所に出現させて敵を攪乱するのには使えそうだな。


 とりあえず今日はこの辺にしておくか。おれが一番得意な幻術は対人じゃないと効果がわからないしな。町に戻ろうと用意をしていたらミーシャさんが珍しく慌てた様子でこちらに向かってくるのが見えた。


「シンタロウ様ー!」


「ミーシャさん珍しく慌ててどうしたんですか?」


「お嬢様がっ! お嬢様がっ!」


 事情を聞くと牢を抜け出したミハイルがエリスを人質に教会に立て籠っているみたいだ。逃走を図ろうとしていて馬車を用意しろだの部下を開放しろだのと要求していてマリクさんが要求を聞くふりをして時間を稼いでいるみたいだ。ミーシャさんはマリクさんにおれを連れてくるように言われたのでここまで来たというわけだ。


「まあわたくしはあなたが何とか出来るとは思いませんが旦那様に言われて仕方なく呼びにきました。お嬢様は敵の隙をついてわたくしが救出いたします」

 ふふふ、おれに事情を話して少し冷静になったのかミーシャさんはいつもの調子に戻ったみたいだ。


「案内してください。すぐに向かいます」




 ミーシャさんに連れられてきたのはおれが先程までいた所から一番近い門の近くにある建物だった。

「あそこです。あの教会にお嬢様が」


「あれか」


 教会の前には人だかりが出来ていてマリクさんと衛兵が教会の前に陣取っている。

「要求は聞くから子供達を解放しなさい」

 マリクさんが教会に向けて大声で話しかけているが教会から返答はない。


 おれに気が付いたマリクさんが声をかけてきた。

「おお~! シンタロウ! 来てくれたか」


「大体の事情はミーシャさんに聞きました。あの教会にエリスが?」


「うむ、エリス以外にも教会の子供達と司祭様が人質に取られている」


「子供達も一緒か……」

 これは気づかれない様に侵入して一撃でやるのは危険かもしれないな。

 丁度いいあれを試すか。


「今の所全員無事だと思うが、先程から返事が無いので強行突入しようかどうか悩んでいるところだ」


「わかりました。多分何とか出来ると思います。ミハイルに気が付かれずに奴の姿が見える場所はありますか?」


「東の部屋に礼拝堂があってそこには窓があるから、そこからなら気づかれずに見えるかもしれない」


「東ですね。確認してきます」



 窓にそっと近づき中の様子をうかがう。礼拝堂の奥には女神像が安置されていてその前にはミハイルがイライラした様子で子供達を睨んでいる。

 あれ? エリスや司祭様がいないな。

 疑問に思いよく部屋を観察すると隅の方の床に司祭様とエリスが倒れていた。エリスの頬はひどく殴られたのか腫れてしまっている。

 それを見た瞬間おれは印を結んでいた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 危ないブチギレてしまうところだった。印を結ぶことでおれは何とか冷静さを取り戻した。

 しかし瞬間的な怒りは抑えられても、ふつふつと湧きあがってくる怒りは抑えきれない。


「エリスを殴った代償は高くつくぞ! 幻術:無限絶望地獄の術」


 しっかりと敵の目を見る。幻術を遠方からかける場合、おれが相手の目を見る必要があるのだ。おれがかけた無限絶望地獄の術は術をかけられた者が一番絶望する幻を見せられる術だ。おれが術を解くまで永遠に……。


 術者のおれは術をかけた相手がどんな幻を見ているか見る事が出来る。少しミハイルがどんな幻を見ているか覗いてみようか。


 ◇◇◇


 俺はミハイル・シュトグリフ邪神様を信奉している魔法使いだ。

 この町にせっかく俺の部下の女を新米シスターと偽って派遣し、町の情報を集めさせていたのに、まさか子供の誘拐が失敗に終わり挙句燃やされて身柄まで拘束されるとはな、全くツイていない。

 だが領主の娘と子供が手に入ったのは幸運だったな。とりあえず子供を二、三人邪神様の生贄にして力をもらうか。


「おいお前ちょっとこっちにこい」

 子供を一人近くにこさせ目の前に邪神像を置く。


「祈れ」


 膝をつき祈っている子供の背後に回り首を掻っ切る。子供は声も上げず大量の血を噴出しながら倒れた。邪神像にたっぷりと血がかかる。

「クックック。これで一人、後一人か二人だな」


 しかし俺は少し様子がおかしいことに気が付いた俺の大好きな子供の悲鳴が聞こえないのだ。振り返り子供たちの様子を窺うが皆うつむいていて表情が見えない。


 あまりの惨劇に見ていられなかったのか。そう思い様子を見ていると子供達の頭が小刻みに震えていることに気が付く。声を出さずに泣いているのか、表情を確かめようと近づいた途端、子供達が一斉に奇声を発しながら顔を上げる。

 顔を上げた子供達の目には眼球が無く黒い窪みから血の涙を流している。お、おい一体これは何事だ……。


 思わず後ずさった俺の足に何か当たる。振り返るとそこには巨大な邪神像が血まみれで佇んでいた。

「じゃ、邪神様お助けを」

 恐怖にで思考が停止していた俺は思わず邪神様に助けてもらえる様に懇願した。


 すると邪神像が赤黒く光りだし真ん中から二つに割れ、丁度人が中に入れる空間が現れた。これは邪神様がそこに逃げ込めとおっしゃっているに違いない。


「おお! 邪神様そこに逃げ込めとおっしゃるんですね感謝いたします!」


 俺が急いでそこに逃げ込むと邪神像が閉まり俺は安堵した。これであいつらはここに入ってこれまい。少し落ち着きを取り戻した俺は辺りを窺う。邪神像の中は狭いと思っていたが意外と中は広く後ろを振り返ると外の様子を窺えそうな隙間があった。


 あのへんな子供達がどうなったか隙間を覗いてみるとそこには倒れた俺とその俺にむしゃぶりついている奴らがいた。

 ど、どういうことだ俺はここにいるのにあそこにも俺がいる。


 どこからともなく男のような女のような若いような老いたような声が聞こえてくる。

「この空間に入った瞬間お前の意識と肉体は分離した。お前の意識はここにいる間保たれるが永遠に自分の肉体が喰われる様を見続けるのだ。意識と肉体は繋がっており苦痛も同じように感じる事が出来る。永遠の苦痛の中で喜び打ち震えよ」

 そう言われた途端、体中を激痛が襲う「痛い痛い痛いイタイイタイいたいいたいたいあいあt」

「お前も好きなのであろう苦痛の叫びが。自身から聞けるとは至高の喜びではないか。ははははは」


 ◇◇◇


「うわ、おぞましいモノを見ているな」

 ミハイルが見ていたものとのリンクを切る。しかし今日一杯は術は解かないそれがエリスを殴った罰だ。


 ミハイルを無力化したおれは、窓から中に侵入しようとしたところで、バキバキバキバキと異様な音が聞こえてきたので音の発生源を探っていると、ミハイルの手足があらぬ方向に曲がっていた。


 うわ、ボロ雑巾みたいになってるぞ。子供達がその様子を見て泣き叫んでいる。そりゃ急に苦しみだした人の手足があらぬ方向に曲がりだしたらおれだって怖い。


 幻術の効果が強すぎて現実にも影響を与えてしまうのかもしれないな。こんな惨状になるなら無限絶望地獄の術はあまり使わない方がいいかもしれん。名前からして物騒だしな。


 窓から侵入してきたおれに子供達はものすごく警戒している。「大丈夫だよ~味方だよ~」と出来るだけ優しい声で語りかける。「すぐに親御さんをつれてくるからね~」その一言で何とか警戒を解いてくれたようだ。素早く子供達の様子を窺うが子供達は全員ケガもないみたいだ。


 少し安堵したおれは急いで倒れているエリスの元に駆け寄り様子を見る。気絶しているが血も出ていないし命に別状はないように見える。司祭様も気絶しているだけみたいだな。

「よかった。すぐにマリクさんを呼んでくる」


 おれが教会の入り口から出てくるとマリクさんは一瞬驚いた表情をしたがすぐ状況を察したようで笑顔になった。


「シンタロウやってくれたか!」


「マリクさん新米のシスターを拘束してください。そいつはミハイルの仲間です」


 おれはマリクさんに先程ミハイルが幻術にかかった時に言っていた言葉を伝える。

 一人のシスターが「クソッなんでばれたのよ」と悪態をつきながら逃げようとするが、行く手を衛兵がはばむ。


「そういう事かこれで合点がいったミハイルが牢から脱獄できたのもシスターが手引きしていたのか! クソッ! 身辺調査はシスターと言えどももう少ししっかりしないといけないな。連れていけ!」


「マリクさん治療班を中へ、子供達にケガは無い様ですがエリスは殴られたみたいです」


「なに殴られただと! クソッ! ボロ雑巾確定! 治療班は俺と一緒に来い!」


「司祭様も気絶しています。ちなみに一番重症なのはミハイルです」

 おれがエリスが殴られたと言った途端マリクさんは一瞬で激高し後の話は耳に入っていない様子で中へと入っていった。


「ちなみにすでにボロ雑巾になってますよ~それと司祭様も見てあげてくださいね~」

おれはマリクさんを見送りながらそんな言葉を背中にかけた。



 結局エリスと司祭様は軽い怪我だけで済んだ。子供達も全員無事だったが怖い経験をしたので少し心配だ。

 ミハイルは一命を取り止め、その部下達と共に無事王都に連行された。おれはマリクさんからミハイルの賞金を全部もらえることになったがその賞金は教会に全額寄付した。おれにはミハイルの部屋での戦利品の半分があるし教会には孤児もいて何かとお金が入用だろうからな。



 ミハイルが起こした騒動も終わり町が平穏を取り戻した頃、おれはエリスに呼ばれ改めてお礼を言われた。

「シンタロウ助けてくれてありがとう」


「いや、エリスが無事でよかったよ」


「まさかこんな辺境でブラックリストのナンバーズが現れるなんて思ってもみなかったわ。ところで突然だけどシンタロウ、私とリリーはもうすぐ学校だけどシンタロウはその間どうするの?」


「おれか? おれは丸薬の材料でも集めながら過ごすかな」


「そう、シンタロウはこの世界の知識に興味はない?」


「この世界の? う~んまあ元の世界に帰れる方法とかが分かればいい気もするけど。さほど興味は無いかな。おれ魔法も使えないし」


「王都には回復薬がいっぱい売ってるわよ」


「なに! それは興味があるな回復薬は丸薬の要の材料の代わりに使えるけどこの町では貴重なものだからそう簡単に使えないしなあ」


「じゃあ決まりね。お父様!」


「いや~助かるよ~シンタロウ君!」


「うわ! いったいどこから」

 いつの間にか現れたマリクさんが満面の笑みを浮かべながらおれの背中をバシバシと叩く。


「シンタロウも私と一緒に魔法学校に通うのよ」


 という成り行きでおれの王立魔法学校への入学は決まった。

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