キャッスル襲撃(上)
号泣するエリスを何とか落ち着かせたおれは詳しい話を聞くことにした。
つい先ほどの話だ。何でもキャッスル領から使いの者がやってきてエリスに「キャッスルの町が魔物に滅ぼされ……」と言って使いの者は気絶してしまったそうだ。
どうやらキャッスルの町から休まずに来たみたいで疲労で意識を失ってしまったみたいだ。今は学校の医務室で眠っている。
それを聞いたエリスはおれに相談しようと、おれを探しに来たというわけだ。
「ひょっとしたらまだ町は滅んでないかもしれない。滅ぼされかけたと言いたかったのかもしれない」
おれの言葉に希望があることに気が付いたエリスは、少し落ち着きを取り戻した。
「そ、そうね。その可能性もあるわね。でも何もわからないから心配だわ」
「確かにそうだな。その使いの人が起きるのを待ってもいいけど、どのみちキャッスルの町には行かないといけないと思うから、今からすぐに向かった方がいいかもな」
「すぐに向かいましょう! もちろんシンタロウも来てくれるでしょ?」
「当たり前だろ。馬車より馬で向かうか?」
「その方が早いわね。そうだミーシャにも伝えておかないと」
「ミーシャさんは今どこに?」
「王城に救援を出してもらえるように要請しに行ってもらっているわ」
「そうだな。おれ達だけ行っても役に立たないかもしれないしな」
「ミーシャには書置きを残しておくわ。シンタロウすぐに向かいましょう」
「ああ」
そう言うとおれ達はキャッスルの町に急いで向かうことにした。
途中何度か馬を交換し、キャッスルの町まであと少しというところまで来た。ここまで来ると辺りから何やら燃えたような臭いがして、否が応でも何があったのかを連想させた。
エリスと共にキャッスルの町の門まで来て驚いた。城門は破壊され以前は立派だった城壁も、今はその立派だった面影も無いほど無残に破壊されている。
「お父様! お母様!」そう叫びながらエリスが馬に乗ったまま町へ飛び出した。
「エリス! 一人で行くな! 何があるかわからん」
おれはそう叫ぶとエリスの後を追った。
エリスの後を追いおれも町へ入ったが、魔物の姿は無く静かで人っ子一人いなかった。
「シンタロウ、誰もいないわ。まさか」
「いや、辺りに遺体も無いし人の気配がない。どこかに逃げているのかもしれない」
「もしいるとしたらあそこだわ! こういう時にはあそこに逃げるように言われているの」
「あそこって?」
「シンタロウがいた伝承の洞窟よ」
「ああ、あの洞窟か。確かに奥行きはありそうだったな」
おれはこの世界で目を覚ました時の事を思い出していた。あの時はあそこが何処かわからなくてとりあえず外に出てみたんだったけな。それにしてもあの時キャッスル家の人に保護してもらえてラッキーだったな。言葉も文化も教えてもらえたし。
「シンタロウ、何ぼーっとしているの? 早くいきましょ」
「ああ、ごめん。行こうか」
洞窟のある場所はちょっとした丘になっていたな。洞窟に向かおうとしていると、向こうから馬に乗った人影が見えた。
「エリス! 誰か来る警戒を」
「あ、あれはラシャよ」
そう言われおれも人影をよく見ると、確かに褐色のエルフのラシャさんだった。
ラシャさんは驚いた様子で、
「お嬢様!」
「ラシャ! 町のみんなは無事なの?」
「はい、町民もキャッスル家の皆様も、伝承の洞窟に避難されていて全員無事です」
その瞬間緊張の糸が切れたのかエリスは「よかった!」と天を仰いだ。
よっぽど心配だったんだな。おれは確信は無かったけど、どこか大丈夫なんじゃないかなと思っていたからエリスほどは動揺しなかったし、精神も乱れなかったけど。それはおれが冷血漢というわけではない。忍者の修行でそういう心を動じさせない修行もあるのだ。
ただおれは怒りという感情に対しては憤激してしまうと、自分でも感情のコントロールができない時がある。そういう時はこの間の様に、印を唱えて心を平静に保つようにしている。
「お嬢様! いつまた奴らが攻めて来るかわかりません。お嬢様も皆の元へ」
「それもそうね。すぐ案内して。シンタロウもついて来て」
おれは二人の後ろについて行きながら町の様子も確認する。おかしい。魔物に襲われたならもっと多くの建物が破壊されていてもおかしくないはずなのに、破壊されていた建物は教会や商店、兵士の詰所とやけに限定されている。まるで目的があるかのような感じを受ける。
これではまるで人族同士の戦争のようだ。魔物にそんな統率が取れた動きが出来るとは思えない。しかし王都で戦った青鬼と赤鬼は意思疎通をしていたような感じもあったな。あれが大量に出たと考えるとこうなる事もあるかもしれないのか?
色々考えを巡らせていると、
「シンタロウあそこよ、ちょっと懐かしいでしょ?」
エリスに話しかけられ伝承の洞窟の近くまで来ていたことに気が付いた。目線の先には懐かしい洞窟の入り口が見えていた。
「懐かしいな。おれはあそこから出て来たんだっけな」
洞窟の入り口には兵士が待機していて、おれ達の姿を見ると敬礼した。
洞窟の中へ入るとまずその明るさに驚いた。おれがここで気が付いた時にはこんなに明るくなかった。それと洞窟内部の広さにも驚いた。入口から少し入ったところで広々とした広間に出る。
おれが気が付いた場所はこの広間のちょうど真ん中辺りで、周りは土の地面だけどそこだけ石の床になっていて、石の床は薄っすらと光りを放っている。この床は特別な石でできているんだろうな。
「エリス! シンタロウ!」
大きな声で名前を呼ばれた。声の主は奥から出てきたマリクさんだった。相変わらずパツパツのスーツを着ているので、ムキムキとしたの筋肉の隆起がその姿をすごく主張してくる。
「お父様!」
親子が抱き合う姿におれの胸も思わず熱くなる。しかし母親のリーザさんの姿が見当たらないな。
「お母様は?」
「うむ、奥で寝ている。怪我した者の治療をして魔力が枯渇してしまってな」
「他に怪我人は?」
「大丈夫だ。司祭様とリーザの二人で何とかなった」
「そうでしたか。よかった」
「しかし王都に救援を頼んだら、まさかエリスとシンタロウが来るとはな、使いの者はちゃんと救援要請出来たのか?」
「使いの者は私に言伝すると、気絶してしまいましたので学校の医務室に運んでおきました。救援要請はミーシャに任せました」
それを聞いたマリクさんの顔が複雑そうな表情に変わる。
「そうか、まあ救援要請は気休めみたいなものだからな。来なくて当然、来たら運がいいと考えるべきか。何せ俺は王都の貴族連中には嫌われているからな、何かと難癖をつけて妨害してくる可能性が高い」
おれは気になって尋ねてみた。
「王都の貴族に嫌われているんですか?」
マリクさんは苦々しい顔から一転晴れやかな顔で答えた。
「ああ、俺は元々このキャッスル領から王都へ、勉強する為に行ったんだがその時、王子だった今の王と仲良くなってな、やっぱり王と個人的に仲がいいと色々やっかみもあってな。そういうのがいい加減嫌になった時に手柄を上げて希望してここに帰って来たってわけだ」
あいつには寂しいって言われたけど、俺はせいせいしたぜ~そう言いながら豪快に笑った。
「マリク様、この後どういたしますか? あの魔物達がまた攻めてくると考えられますが」
ラシャさんがマリクさんに今後の動きを確認する。
「そうだな、一度状況を整理しようか。シンタロウ達も聞いてくれ」
そう言うとマリクさんは状況を説明しだした。
「魔物達は昨日の昼頃急に現れた。「鉄喰い蜘蛛」「金槌鬼の青と赤」「鬼蛇」さらにこいつらを統率していた黒フードの人型。この人型は魔王の配下と名乗った。これは珍しい事ではない。今までも魔王の配下と名乗った者はいたが実際に魔王と繋がりがあった者はいない。だが可能性が無いわけでもないのでこれは頭の片隅に入れておかねばならない」
おれ達が話を理解しているか確認するようにおれとエリスを見てから続きを話す。
「魔王との繋がりが疑われるのには理由がある。まず統率している魔物の数が多い。全部で百体はいたと思う。それに全部が普通の武器が効きにくく、魔法も半分程度しか効かなかった」
「半分ですか?」
おれは驚いて言葉がこぼれてしまった。
「うむ。個体差はあると思うが、以前シンタロウと倒した「鉄喰い蜘蛛」とは魔法の効きが明らかに違った。以前は火球一発で倒せたんだが今回は二発必要だった。魔法への耐性が上がっているつまり魔物が改良されているか、魔物の魔法耐性を上げる魔道具を使ったかどちらかだろうな。魔法耐性を上げる魔法もあるがあの数にかけて維持するのはあまり現実的ではないな」
「なるほど」
「敵の戦力はさきほど襲撃してきた奴らを割合で言うと、鉄喰い蜘蛛が四、金槌鬼の青が三、赤が二、鬼蛇が一ってところだろうな」
あの青鬼と赤鬼は金棒鬼っていうのか。鬼蛇っていうのは知らないな。
「鬼蛇っていうのはどんな魔物ですか? 弱点はあるんですか?」
「鬼蛇は名前通りで顔が鬼で体が蛇の魔物だ。弱点は顔っていうよりも、体は硬く耐性も高いから基本顔を狙う感じだ。それと気をつけないといけないのは奴が吐き出す酸だな、鬼蛇が顔を後ろに引いたら酸が飛んでくる。あまり強い魔物ではないが酸だけ要注意だ」
「酸ですか?」
「ああ、あれが鎧に付いたらすぐに脱がないと、もし体に付いたら……。ちなみに俺はギリ泣かなかったが、大の大人が泣いてしまうぐらい痛い」
マジか。大の大人が痛みで泣く姿はちょっと見てみたい気もするけど、自分がなるって考えたらぞっとするな。鬼蛇だけは気をつけないとな。
「鉄喰い蜘蛛はこの間戦ったから省くとして、金棒鬼の青鬼と赤鬼だな。こいつらは青鬼が小さく魔法が得意だ。赤鬼は大きさが青鬼の倍ぐらいあって魔法はあまり使わないが、金棒で攻撃してくる。青鬼も赤鬼も金棒で攻撃はしてくるが赤鬼の方が力が強くて、俺でも身体強化無しではあの金棒の一撃は受けきれないと思う。青鬼の魔法はあまり大した事は無いが、水魔法を使う者が多く赤鬼に補助魔法をかけて連携されるとかなり厄介になる。作戦としては青を潰してから赤を潰すのが一番安全だ」
あの青鬼と赤鬼にそんな特徴があったんだな。おれ「根縛りの術」でやっちゃったから、金棒鬼が真価を発揮する前に倒してしまっていたんだな。
「黒フードの人型については魔物の後ろにいつも隠れていたので、どのような魔物なのか魔物ではないのかなど不明だ。あいつが魔物を指揮している事だけはわかっている。魔物についてはこんなところだ。さてこれからの作戦だが、このまま救援が来るで洞窟に籠るのは悪手だな。第一救援が来るとは限らないしな」
そうか救援が確実に来る保証はないのか。あまり貯えも無いだろうし早めにここから出た方がよさそうだな。
「とりあえず魔物を統率している黒フードの人型を先に倒した方がいいみたいですね」
「そうだな俺もそう思う。あいつさえ倒せれば魔物同士の連携は無くなるし、倒しやすくなるだろう。だが忌々しい事にあいつは常に魔物に守られているから中々手が出せん」
「透明化の魔法で近づくのはどうですか?」
「ちょっと危険すぎるな。後ろからは姿が見えるからなあの魔法」
そういえばそうだった。
「う~ん」
「ラシャ何かいい案は無いか?」
「そうですね。魔物達は現在、町の西側の森に陣取っています。森の南側は草原ですので、そこに罠を張り待ち構えるのはいかがでしょうか?」
「罠はいい考えだな。土魔法が使える者は何名いたかな?」
「十名はいますね」
「それぐらいいれば落とし穴も二十は作れそうだな」
「魔法の武器を使える者は百はいたか?」
「えー、九十八名いますね」
「普通の兵士が三百名はいるから大体四百名か、よし魔物一体につき三名で対応させよう。残りは百名はここの防衛だ。それでどうだ?」
「はい、行けると思います。ですが万が一敵の数が百を超えていた場合どういたしましょうか?」
「そうだな。その場合は状況を見て撤退の指示を出す。洞窟の前に全員集合だ!」
「わかりました。それでは兵に伝令します」
今後の方針が決まったようだな。