上級冒険者試験(中)
翌日おれは指定された昼に冒険者ギルドに来た。おれが冒険者ギルドに入ると今日はギルドの雰囲気が少し違う事に気が付く。時々こんな雰囲気になってることがあるんだよな。そう思いながらエミリアさんを探す。
おれがエミリアさんを探しながらギルド内を見回していると、カウンターの奥の扉からエミリアさんが出てきた。
「あらシン君早いわね。こちらへどうぞ」
そう言いながら今エミリアさんが出てきた扉を開ける。
エミリアさんについて行き扉を抜けるとその先にはまた扉があった。
その扉の前でエミリアさんが「ギルド長、シン君を連れてきました」
「入っていいぞ」
扉の奥から聞こえたのは女性の声だった。しかも上品そうな声だ。
エミリアさんが扉を開けおれに先に入るように促す。おれが中に入ると少し広い部屋の奥に机があり赤い髪の女の人が書類の整理をしていた。
おれはすぐにギルドの雰囲気がいつもと違った理由に気が付いた。この人だ。この人の発する魔力が周りの人間に緊張をもたらしているようだ。しかも面白いことにこれわざとやってるな。こんな魔力を放てる人が魔力の気配を消せないはずがない。
う~ん多分だけどこの商売は命のやり取りもあるから時々こうやってわざと強者の存在を見せることで気を引き締めさせているんじゃないかな。
「へぇ~」
いつの間にか目の前にいたギルド長が感心した様子でおれを見ていた。
「ばかな!」
いつの間におれの目の前に来たんだ! まったく気が付かなかった。
おれは驚いて思わず後ろに飛ぶと「きゃ」エミリアさんに思いっきりぶつかってしまった。
「エミリアは戦闘要員じゃないからそんな動きされると避けれないぞ」
愉快そうにギルド長は笑っているがそんな姿にも隙が無い。
おれはエミリアさんに手を貸しながらあやまる。
「エミリアさん大丈夫ですか? ごめんなさい」
「いえ、いきなりだったのでびっくりしただけです。それよりギルド長がシン君をびっくりさせるからですよ!」
「いや、すまんすまん。私が魔力を発している理由に気が付いていたようなのでな感心していたんだ」
「ギルド長が魔力を発している理由を? 本当シン君?」
「組合員に緊張感を持たせる為ですよね?」
「あら、正解よ。それに気が付くシン君もすごいけど、シン君が気が付いたことに気が付くギルド長もさすがですね」
「私の事はどうでもいい。とにかく驚かせてすまんかった」
そういいながら舌を出し手を差し出すギルド長は、先程の魔力を放っていた人物とは思えないほどかわいらしかった。
差し出された手を握りながらおれも自己紹介する
「いえ、おれはシンと言います」
「私は冒険者ギルドのギルド長ミュリエル・ミルド・アルマトゥーラだ。よろしくなシン。早速だがこの依頼を無事達成したら上級冒険者に昇格させてもいい」そう言うとギルド長は一枚の紙をおれに渡す。
内容は……王立魔法学校初等部五年生の実践訓練の護衛だ。毎年この時期になると初等部五年生の校外学習があって生徒達が魔物を倒すことについて学ぶようだ。
実際に魔物を倒すのは先生のようだが自分達が初等部で学んだ魔法が実際に使用される場合はこうなる事を学ぶという事みたいだが、先生と副担任とで魔物を討伐するが、万が一を考えて生徒を護衛する者がギルドから一名派遣されるみたいだな。
一名で大丈夫かなと思ったが、護衛の者はそこら中にいて常時護衛するのが一クラスにつき一人みたいだ。城の周りは兵士も見回っているしそんなに強い魔物もいないし大丈夫だろう。
しかもこっそり王城の兵士もそれとわからない様に護衛しているようだ。おれ達ギルドメンバーは念のための保険というわけだ。
「通常この依頼は上級冒険者に頼むんだがシンの実力を見るには丁度いいかと思ってな。万が一まずっても王城の奴らが護衛しているから安心していいぞ」
「おれ意味あるんですか?」
「万が一の保険だ。万が一のな」
「わかりました。受けます。えーっと日時は――明日か」
依頼票を見ながら確認する。
「お前が担当するのは初等部五年のAクラスだ。朝学校の門の前に集合だから遅れないようにな」
「わかりました」
「ところでシンその頭巾はずっとしているのか? 一度取って顔を見せて欲しいんだが、顔ぐらいは確認しておかないとな」
「私も興味があります!」
今まで黙っていたエミリアさんが急に身を乗り出してきた。
「シンいいか?」
う~ん。どうしようか顔がばれても問題ないかな。それよりもギルド長の信頼を得る方が大事か。
「構いませんよ」
そう言うとおれは頭巾を外した。
「これは! 大分若いな。エルフかハーフエルフなのか?」
ギルド長が驚いた声を上げる。
「やっぱり思った通り若いわね! それにかわいい」
エミリアさんは何やら合点がいったようだ。
「いえ。人族です。もういいですか?」
「ああ構わない。ありがとうブラックリストにも手配書にも載っていない顔だったし問題なさそうだな」
「そうですね。問題なさそうです」
二人とも問題ないと言っているが、ブラックリストや手配書を持っていなかったがまさか全部覚えているのか? 頭巾をかぶりなおしながらそんなことを思っていると。
「あらシン。不思議そうな顔ね? リストの事かしら?」
「よくわかりましたね」
「シンは顔に出やすいみたいね。そう言った意味でも頭巾をしていた方がいいわね。ふふふ」
「ギルド職員はギルド長の私を含め、全員が手配書の顔を暗記している。特殊な訓練も受けているから変装してもわかる」
「そうなの特に私達受付嬢は冒険者と顔を合わせるから必須なのよ」
「なるほど。それにしても変装していてもわかるなんてすごいですね」
「それについては魔道具が関係してるんだがな。それ以上は言えん」
「ふふふ。乙女の秘密よ」
唇に人差し指を当てながらエミリアさんがそう言う。
「ま、なんにせよこれでシンに依頼を任せても大丈夫だな。それじゃ明日は頼んだぞ」
「はい、それでは失礼します」
おれはそう言うと冒険者ギルドを後にした。
次の日の朝おれは指定された時間通りに学校の門の前に来ていた。
門の前では先生らしき女性が点呼を取っている。
点呼が終わるのを見計らっておれは先生に依頼票を見せながら自己紹介する。
「冒険者ギルドで本日の護衛依頼を受けましたシンと申します。これ依頼票です」
「これはギルドからありがとうございます。私は初等部五年A組担当のリコリス・クラスコと言います。あちらは副担任のソワイフ・ニッドマン先生です」
リコリス先生から紹介されたソワイフ先生は男の先生で無言でぺこりとお辞儀をした。あまりしゃべらない人なのかな。
リコリス先生がこっそり耳打ちする。
「ソワイフ先生はおしゃべりがあまり得意ではありませんが、いい先生ですので悪く思わないでくださいね」
「悪く思うなんてそんな。大丈夫です」
「そうですか。それでは今日はよろしくお願いいたします」
そう言うと今度は生徒の方に向き直り、
「今日一日皆さんの付き添いをして下さるギルドから来られたシンさんです。皆さん失礼のないように! それじゃ皆さん早速校外学習に向かいます。気分が悪くなったり体調の変化があった人はすぐに報告してください」
「はーい」という生徒たちの元気な声にほっこりしながらおれも生徒達について行く。
クラスの人数は十五人ぐらいだな。ぞろぞろと先生の後について行く生徒達の後姿を見ながら、おれは異常が無いか警戒しながら後をついて行く。
生徒達の中で一人だけチラリチラリとおれの方へ振り返り、おれの事を気にしているような素振りを見せる女の子がいた。あの金髪ツインテールで毛先がくるくるしている子は……リリアナちゃんだ!
おれともあろうものがまさかリリアナちゃんに気が付かないとは不覚だった。しかし頭巾で顔を隠しているからばれないはずだけどな。
おれがギルドの仕事をしていることはエリスには内緒にしている。マルコには話しているがもう中級冒険者に上がっているとは思っていない。やっぱり危険な仕事もあるし、余計な心配はかけたくないんだ。
しかしリリアナちゃんはやはりチラリチラリとこちらを見ている。何とかごまかさないとな。とりあえず距離を置くのとあんまりしゃべらないでおこう。
十五分ほど歩いた頃、先生が皆に止まるように合図を出す。先生が止まるように合図を出した場所は、奥に森が見えていて、少し開けている見渡しの良い場所だった。先生は少し抑えた声で、
「それでは今からあのロックツリーを倒します」
先生が指さす先にはその場所には不似合いな岩が転がっていた。
「それではロックツリーについてわかる人?」
「はい!」
リリアナちゃんが元気に手を上げる。
「それではリリアナさん」
「はい、ロックツリーは見た目は岩に見えますが、岩ではなく木の魔物です」
岩に擬態した木か、それであんな場所に岩があったのか。
「はい正解です。みなさん集中して魔力を探ってみてください。あそこにロックツリーが岩に擬態しているのが分かると思います」
おれも皆と同じようにやってみたら確かにあそこ見える岩から魔力の気配を感じる、あんな魔物いるんだな。キャッスル領と魔物の分布が違うのかもしれない。
「ソワイフ先生お願いします」
リコリス先生がソワイフ先生にそう言うとソワイフ先生は大きくうなずき魔法を唱える。
「風の刃よ敵を切り裂け」ソワイフ先生がそう唱えると、風の刃がロックツリーを襲いその体を真っ二つにする。ソワイフ先生は続けざまに同じ魔法を放ちロックツリーを細切れにした。
「おお~~!」
生徒達から歓声が上がる。ソワイフ先生も心なしか得意げだ。
おれは傍らで生徒達の周囲を警戒しながら先生達の動きも観察していた。どうやらリコリス先生が子供達を守りソワイフ先生が敵を倒す役割みたいだな。ソワイフ先生が魔物を倒している間リコリス先生は油断なく辺りを警戒していた。なかなかいいコンビだ。
「それでは少し木陰で休憩にします。みんな勝手に動き回らないようにね」
魔物を一匹倒したところで休憩にするみたいだ。魔物を狩りに来ているわけではないから安全重視で行くという事だろう。そう思いながらも警戒を解かずにおれも少し休憩する。
するとトトトとリリアナちゃんが近づいてきておれの顔をのぞきながら、
「やっぱりお兄ちゃんだ! なんでこんな頭巾かぶってるの?」
「そ、そそれがしはお兄ちゃんなどという者では……」
「やっぱり声がお兄ちゃんだ!」
「いつからギルドの人になったの? この頭巾は?」
立て続けに質問されおれはついに白旗を上げた。
「リリアナちゃんには敵わないな……そうおれはシンタロウだ。実は密かにリリアナちゃんを守る秘密任務の最中なのだ。皆にはおれの事内緒だよ」
おれが人差し指を口に当てるしぐさをすると、
「わたしを守る? 二人だけの秘密?」
「そう! 二人だけの秘密。エリスにも内緒だよ」
「わかった! おねぇ様にも内緒。約束する」
何が嬉しかったのかリリアナちゃんは嬉しそうな笑顔になり皆の元に戻って行った。
マリクさんにエリスとリリアナちゃんの事は頼まれているし、あながち秘密任務ってのもウソってわけでもない。おれは引き続き周囲の警戒を続けた。