上級冒険者試験(上)
ギルドに戻ってきたおれは早速エミリアさんに依頼完了を報告する。ほかの受付も空いていたけどやっぱり同じ人の方がいいよな。
「エミリアさん、依頼完了しました」
「あら? えらく早いわね。あの家の庭は結構広かったでしょ? それに結構荒れてたと思ったけど」
「広かったですけど効率よくやりましたから。それにこんな物ももらいました。帰ってくる途中に食べましたけどめちゃくちゃうまかったです。エミリアさんもよかったらどうぞ」
そう言うとエミリアさんに袋を差し出す。
ガタン! とすごい音がしてエミリアさんが急に立ち上がった。あの音は椅子が倒れた音か、けど急にどうしたんだろう。
エミリアさんの方を見ると袋に手を伸ばしているが、その手が小刻みに震えている。それに目は見開いたままでおれの差し出した袋を凝視している。
ゆっくりとエミリアさんの指が袋の中のクッキーをひとつ摘み震えながらもなんとか口に運ぶ。呑み込む瞬間まですべてを味わう様にゆっくりと咀嚼し「うんまーーーーーい」と叫んだ。
おれは混乱していた。確かにラテスおばあさんにもらったクッキーはうまかった。しかし倒れた椅子も気にせず指は震え「うんまい」と叫ぶ。それほどの物だったのだろうか。エミリアさんの年上の知的で綺麗なお姉さんと言ったイメージが崩れる……。
おれの顔が引きつっている事に気が付いたのだろうエミリアさんが我に返る。
「ち、違うの。違うのよ」
そのあと顔を真っ赤にしたエミリアさんから言い訳と言う名の説明を聞いた。なんでもラテスおばあさんのクッキーは王都の名物になるほど有名なクッキーだったそうだ。
ラテスおばあさんがクッキーを作ると不思議なことに、普通のサクサクしたクッキーとは違いしっとりしたクッキーができる。今も王都で弟子が作った物が売っているがそれはなぜかサクサクのクッキーでラテスおばあさんが作るようなしっとりとした物にどうしてもならないそうだ。
なぜあれほどエミリアさんが取り乱したかと言うと、ラテスおばあさんは持病の腰痛が悪化して引退し、今は郊外に住んでいるがクッキーは家族や友人に振る舞う程度は作るが、流通させるほどは作れなくなり今は買えなくなってしまった。
そんな幻のクッキーをおれが急にどうぞと言ったものだから、取り乱してしまったというわけだ。
「やっぱり絶品だったわ。さすがラテスおばあさんのクッキー。それにしてもシン君相当気に入られたようね。今までも何度か依頼を受けたことがあるけど、帰りにクッキー持たせてくれたことなんて今まで無かったわ」
気に入られたってよりもあのメモのお返しだろうな。
「なんにせよおいしいクッキーですね」
「もう買えないから余計おいしく感じるわ」
おれは本来の目的に戻ることにした。
「エミリアさんこれ割符です」
「あ、ごめんなさい。すっかり忘れていたわ。確認するわね……はい、一致しました。初めての依頼完了おめでとう。これが報酬よ」
「ありがとうございます」
おれは報酬を受け取ると、掲示板の前で次の依頼をどうするか考える。今日はもういいかな初日だしギルドがどんなものかも大体わかったしな。
おれがイメージしていたギルドは、カウンターに受付嬢がいて酒場も併設されていて、酔っ払った冒険者達が喧嘩していたり、新人に絡んだりって思っていた。
実際にはカウンターに受付嬢がいるのはその通りだし、テーブルもあるけど酒場は併用されていないし酔っ払っている人もいない。
テーブルには修羅場を潜り抜けてきた猛者達が、次の依頼の作戦でも立てているのであろう真剣な顔で話し合っている。テーブルの猛者達は階級も高いのだろう命のやり取りをしている所為か、チャラチャラしている者は一人もいない。
男女比は今ここで見る限りは男性七に女性三と言ったところだろうか、思っていたよりも女性が多いな。
そんなギルドを出ておれはもう帰る事にした。帰りながら精霊水に必要な金貨の枚数について考えていた。
今日の依頼で銀貨五枚ってことはあと金貨九十九枚と銀貨五枚か……こんなのんびりしてたらいつまで経っても精霊水は手に入らない。
キャッスル領で手に入れたお金を足したとしても半分位足りない。それにあのお金はいざという時の為に置いておく予定だしな。
今後はできるだけギルドに顔を出して依頼をこなし早く階級を上げるか。階級が上がれば貰える報酬も増えるだろう。確か中級までは依頼をこなしていけば勝手に上がるって言ってたしな。
それからしばらくは放課後はギルドで依頼をこなす日々が続いた。
そんなある日、エミリアさんに依頼の完了を報告しているとこんな事を言われた。
「シン君おめでとう。今日達成した依頼で上級冒険者へ挑戦できる条件を満たしたわ。上級冒険者になるにはギルド長の審査と試験に通る必要があるけど受ける?」
おれは上級冒険者になることについては少し悩んでた。上級に上がれば報酬も増えるが依頼内容がパーティ向けのものが多くなるのだ。もちろん上級でも単独で受けれる依頼はあるけど。
それに上級でも中級の依頼を受けることはできるが、暗黙のルールで上の階級の者が下の階級の依頼を受けるのはあまりよろしくないとされているのだ。
おれはあまり手の内を晒したくないし、目をつけられるのも面倒だから今まではずっと一人で依頼をこなしていた。
「ちょっと考えさせてください」
「そう、やっぱりそう言うと思ったわ。今まで単独依頼しか受けてないものね」
「あまり手の内を晒したくないんです」
「そういう人もいるから構わないけどね。けどもったいないわ。こんなに早く上級冒険者への挑戦権を手に入れたのはあなたが初めてよ。依頼者からの評判もいいわ。変な頭巾をしているけど仕事は早くて丁寧だし礼儀正しいしってね」
変な頭巾って……結構かっこいいと思うけどな。
「そうですか。それはよかった。けどもう少しでお金も貯まりそうなんですよね」
「冒険者ギルドに所属しているってことはお金は入用のはずね。何に使うの?」
「精霊水を買いたいんです」
「へぇ~変わった物を欲しがるのね。あれはかなり高いから冒険者ギルドで稼がないと無理ね。それならなおさら上級に上がった方が早いんじゃないの? そりゃ上級になるとパーティ依頼が増えるけど単独でできる依頼も結構あるわよ」
「う~ん。わかりました。上級冒険者へ挑戦することにします」
今でやっと必要額の半分位だからな、ラストパートのつもりで上級冒険者になって依頼をこなそう。
「わかったわ。それじゃギルド長に話を通しておくわ。えっとギルド長の予定は……明日のお昼からはどう?」
「大丈夫です」
「わかったわ。いつも使ってる武器を持って明日のお昼にここに来てちょうだい」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
いつも使ってる武器か……おれ棒手裏剣しか持ってないんだよな。この際だから忍刀があるか武器屋に行ってみるか。
そういやこの世界に来てから武器屋に行ったことないな。っていうより薬屋と酒場しか行ってないな……。おれの趣味嗜好がもろに出ているな。とりあえずおれは以前見かけた市場近くの武器屋に行ってみることにした。
相変わらずここは騒がしいな。そんな騒がしい市場を抜け、小奇麗な店が並んでいる通りの一角に目的の武器屋を見つけた。外から覗いてみると多種多様の武器が所狭しと並んでいる。
中に入ると店には誰もおらず、カウンターには御用の方はこちらと書いた紙の横にベルが置いてあった。勝手に見ていいのかな? 悩んでも仕方ないとりあえず一通り見て回ることにした。
店には様々な種類の武器が置いてあった。片手剣に始まり両手剣、槍、斧、ハンマー、その中でおれが気になったのは短刀で大きさがおれが扱いやすい大きさの物だ。
短刀を手に取り鞘から抜いてみて驚いた。剣身が櫛の様になっている所謂ソードブレイカーという剣だった。これは武器のくせに相手を殺傷する事より、相手の武器を破壊することを目的とした少し変わった武器だ。
おれは少し悩んだ末にこれにすることにした。金貨十枚くらいだったらうれしいけど、そう思いながらカウンターのベルを押す。
すると奥から聞きなれた声が聞こえた。
「はーい。いらっしゃいませーってシンタロウ!」
奥から出てきたのは何とマルコだった。
「マルコ! こんなんとこで一体? バイト?」
「ここグスター商会の武器専門店なんだ。僕ここで時々店番をしながらお客さんと話をして、新しい武器の着想を得たりしてるんだ。今みたいに暇なときは奥で在庫の整理をしながら実際に武器を見て勉強してるんだ」
「そうだったのか。さすがマルコ勤勉だな」
「好きだからね。ところでシンタロウは?」
「ああこれが欲しくてな」
そう言いながらおれがソードブレイカーを見せるとマルコの顔が真剣なものに変わる。
「シンタロウはどうしてこれを?」
「おれが扱うには長さが丁度いいのもあるけど、何より武器なのに使い方が防御よりっていうところが気に入ってる」
「武器としてももちろんそこいらの短剣にも負けないよ」
「そうなのか」
「僕が作ったからね」
「これをマルコが! すごいな……」
驚いた! おれと年齢も変らないマルコがこんなものを作れるなんて。
「このギザギザの部分の強度を上げるのに苦労したよ。おかげでダマスカス鋼まで使う羽目になったからね」
「ダマスカス鋼?」
「うん。高くは無いんだけど扱いが難しくてすごい硬いんだ。硬いくせに伸びもあるから剣にするにはいいんだけど、加工が難しくてね。熟練の職人くらいしか扱わない素材なんだ」
「それを加工できるなんてすごいな!」
「鍛冶は得意だからね。けどそのサイズのするのが精一杯だよ。熟練の職人なら片手剣ぐらいの大きさの物は作れると思うよ」
「おれにはこのぐらいの長さが扱いやすくて丁度いい」
「シンタロウに気に入ってもらえたみたいでよかったよ。それよりそれがよく防御よりの武器ってわかったね。僕が発明したんだ」
「そうだったのか。ここで相手の武器を受けて折るんだろ?」
おれはソードブレイカーの櫛部分に指を挟むと折る仕草を見せた。
「そうだよ。それなら相手を傷つけずに降参させることもできるだろう?」
「なるほど。マルコらしいな」
その時、柱時計がボーンボーンと鳴り時刻を告げる。
「ってごめん。それの値段だよね……っと本当は金貨七枚だけど友達割引で金貨五枚でいいよ」
「え、そんな割り引いてくれるの?」
「うん。実はそれ売れ残りで半年ぐらい売れてないんだ」
「あんまり人気無いのね。確かに使いこなすのは難しそうだけどな。まあ俺は短い武器の方が扱いやすいから、はいこれ金貨五枚」
「確かに、毎度あり~ああそうだ! シンタロウに会ったらこれを見せたかったんだ昨日完成したばっかりなんだ。ちょっと待っててね」
そう言いながらマルコは奥に消えた。昨日完成したばっかり? まさか棒手裏剣かな。
含み笑いを浮かべたマルコが戻ってきた。手には何やら大事そうに布に包まれた物を持っている。
「これこれ。結構いい出来だと思うんだ」
そう言いながらマルコが布をほどくと十五センチから二十センチの色々な形をした棒手裏剣があった。
おれは逸る気持ちを抑えマルコに確認する。
「マルコ見ていいか?」
「もちろん投げ心地も確かめてよ。あそこの板が的になってるから」
そう言いながらマルコが店の一角を指さす。そこは天井が高く少し広く作ってあり武器を試す空間のようだった。奥にはマルコの指さした木の板があり円形の的が赤く描かれている。
棒手裏剣を受け取ったおれは改めてマルコの腕に驚かされた。重心がどれもしっくりくる。とりあえずおれはおれの渡した棒手裏剣に一番形が近い物から投げてみることにした。
トスッと小気味よい音が鳴り的の中心に刺さる。すべての種類の棒手裏剣を投げたがおれが気に入ったのは最初の物とクナイに似た形状の物が気に入った。クナイに似た形はの物は普通の棒手裏剣だが、お尻の部分に丸い輪があってそこに紐を通せるようになっている。
「外れても回収できればいいと思ってね」
マルコが得意そうに言う。これはなかなかいいと思うな敵に投げて縛ることもできそうだ。
マルコにこれを量産できないか聞いてみる。
「マルコ、これとこれ一杯作れないかな?」
「できるよ。けど普通に買う短刀とかよりはどうしても高くなっちゃうよ?」
「いくらぐらいかな?」
「こっちの普通のが一本銀貨二枚でこっちのお尻が輪っかの奴が銀貨四枚かな」
「なるほど、それぐらいなら何とか出せそうだな。じゃあ普通のを二十本と輪っか付きを五本頼むよ」
「毎度ありーそれじゃお代は先払いで、全部で金貨六枚になります」
「ほい。よろしく」
「また出来たら渡すね~明後日にはできると思う」
「楽しみにしとくよ」
マルコはまだ店番しないといけないってことで一緒には帰れなかったけど、晩御飯を一緒に食べる約束をしておれは寮に戻ることにした。